Sweet sorrow 11

「俺、日本に帰ります」
 越前リョーマがお辞儀をした。
「逃げる必要がなくなったので――皆さん、お世話になりました」
「大人しくなったなぁ。あの越前リョーマが」
 忍足が伊達眼鏡の奥の目を見開いた。
「それより清浦はどうすんねん」
「俺様の影武者として雇うのはどうだ?」
 と、跡部。
「それはアカンて。みんな混乱してまう」
「じゃあ、俺のところに来れば?」
 リョーガはさも何てことないと言うかのように提案した。
「リョーガさん……」
「ええアイディアかもしれんな」
 忍足も同意した。
「俺は金持ちじゃないから贅沢はさせられないかもしれないけどな。どうだ?」
「わかりました。俺、リョーガさんのところでお世話になります」
「うっわー、丁寧語を使てる跡部みたいで気色悪いで」
「忍足、言い過ぎだぞ」
 跡部が窘める。
「ま、標準語を使っている忍足みたいだな」
「……跡部、それどういう意味や」
 そして――リョーマ、跡部、忍足の三人は帰って行った。リョーガと清浦を残して。

「お帰りなさい、跡部さん」
「ただいま、樺地」
「樺地さん、ちょっと話いいですか?」
 リョーマが言う。
「ここでは何なんで」
 樺地は黙って跡部の方を見た。
「いいぜ。リョーマ。少しの間樺地貸してやる」
「はい」
「あー、仕事溜まってんだろうなぁ」
 跡部は伸びをする。リョーマと樺地は二人きりで人気のない場所へ移動した。
「樺地さん、本当は邪魔者が帰って来たと思ってない?」
「ウ……?」
 樺地は首を傾げる。本当にわからないようだ。
「アンタも好きなんでしょ? 跡部さんのこと」
「――好きです」
「じゃあ、嫉妬とかしない? 俺とか忍足さんとかに」
「好きは好きですが――恋とかそういうんじゃなくて、憧れなんです。だから、越前さんが帰って来てくれて、今ほっとしています。元気な跡部さんが見れて」
 樺地が嬉しそうに口元を綻ばせる。リョーマは頭を掻いた。
「アンタには敵わないなぁ」
 リョーマが苦笑する。
「アンタ、本当に跡部さんが好きなんだね。俺より心が広いや。――アンタが跡部さんの傍にいてくれて良かったと俺、思うよ」
「――ウス。ありがとうございます」
「じゃ、帰ろっか」
「ウス」

「おう、お前ら帰ったか」
 跡部が元気良さそうに言う。
「機嫌良さそうだね」
「ウス」
「リョーガと清浦からメールが来てたぜ。――二人とも元気そうだった」
 跡部がスマホを見せた。
「俺んところにも。――あの二人、恋人になったのかなぁ」
「さぁ」
「兄さん、きっと清浦さんに一目惚れしたんだ。だから連れて帰ったんだ」
「まぁ、そうかもしれんな」
「兄弟って、好みのタイプも似るのかなぁ」
「そうかもな。俺は兄弟がいないからわからんが。あ、樺地は弟みたいなもんだな」
「ウス」
「跡部さんが弟じゃなくて?」
「馬鹿、俺の方が年上だろうが」
「でもやってること見てると跡部さんの方が弟みたい」
「何馬鹿言ってやがるんだ、リョーマ! おい、笑うな、樺地!」
 リョーマは樺地の方を見たが、いつもの顔と同じだった。
(笑ってんだ……)
 リョーマは何となく奇妙な感じがした。跡部には樺地の気持ちを察することができるんだ。それがインサイトってヤツなのかな。
「忍足にも礼をしなきゃな。くそっ、きっと法外な調査費要求されるんだろうな――まぁ、跡部家じゃはした金だがな」
「跡部さんの金に関する考え方は間違っていると思います」
「――ウス」
「何だ、樺地まで。俺の味方はいねぇのか。そういや、マイケルにはタダでテニス教えたそうだな、リョーマ」
「あんまり下手だったからね」
「ふん、なるほど。お前も充分お人好しじゃねぇか」
「下手なプレイ見るとほっとけないんですよ。性分なんだね」
「お前は本当にテニスが好きだからなぁ」
「あ、そういや、俺、プロに戻ることまだ皆に言ってませんでした」
「そうだな――今回のことでは叩かれるかもしれんが、まだお前も若い。プレイで悪評を吹っ飛ばせ!」
「はい!」
 リョーマは跡部なりの励ましを心地よく受け取った。
「やっぱり本物は違うな」
「そうだな。清浦と俺とは違うだろ」
「――清浦の方がいいヤツでした」
「何だとこの……」
「でも、俺は跡部さんの方が好きです」
 リョーマのストレートな告白に跡部は赤くなって答えた。
「あー、今日は一緒に食事するか? 樺地、悪いがお前は抜きでリョーマと話したい」
「ウス」
「そうだね。俺も今日は跡部さんと話し合いたいところです」
「ウス」
「樺地、お前は俺様の家に行け。ミカエルも歓迎してくれるだろう」
「ウス。――そういえばミカエルさんが言ってました」
「何を?」
「跡部さんの笑顔が我々の元気の素だと。俺もそう思います。そして、跡部さんを笑顔にしてくれるのは越前さんです」
「樺地さん……」
「ウス」
 今度は樺地は傍目にもわかるように微笑した。
(跡部さんの周りにはいい人ばかりだな――)
 リョーマは思った。跡部は時々横暴だが、王様として気高く、皆に気を使いながらも民草の上に君臨している。疲れないかな――とリョーマは思うが、だからこそ身近な人が支えてくれているのだ。
 リョーマも背筋を伸ばして、テニスコートへ――自分のいるべき場所に帰って行こうと誓った。

後書き
『Sweet sorrow』シリーズは一応これで完結です。読んでくださった皆様方、ありがとうございます。実は番外編もあるんですけどね。去年書いたシリーズです。未来編の基になった話です。
そう、テニプリリョ跡未来編はまだまだ続きます。でも、いっぱい載せたいものがあるから、いつ掲載するかはわかりませんが(笑)。
若干視点のがちゃつきが気になる……。今更ですがね。今度からはもうちょっと気をつけます。書いて行くと粗も見えてくるものですね。
2016.4.26

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