Sweet sorrow番外編 1

 リョーマ様……。
 リョーマ様が失踪してから数ヶ月が経とうとしている。リョーマ様は今どこにいるんだろう。無事でいるといいけど……。
 弟達も大きくなって手がかからなくなった。
 そう言う時、思い出すのはリョーマ様のこと。
「小坂田……」
 堀尾が恐る恐る、と言った感じで話しかけて来た。
 私は小坂田朋香と言うの。堀尾はクラスメート。親友の桜乃とクラスが離れたのは残念だけど。
「何、堀尾」
「元気出せよ……」
「うん」
 堀尾の言葉に少しちょっと気持ちが上向く。
 でも、私の心はリョーマ様のものだから……。リョーマ様の不在が私にリョーマ様の存在を意識させる。
 そりゃ、リョーマ様が他の誰かと一緒に暮らしていることも有り得るけど。だって、リョーマ様いい男だもん。周りが放っておかないよね。
 私は目元を拭った。
「ありがと、堀尾」
「ああ……」
 堀尾が思ったよりイヤなヤツでないことは長い付き合いの私にはよくわかる。
 でも……ああ、リョーマ様……。
 どこにいてもいい。元気でいて。誰と暮らしていてもいいから早く見つかって。
 私はもう、リョーマ様が彼氏になってくれる夢は見ない。こんなに離れ離れになってしまったんだもの。私のことなんてとっくに忘れてる……よね。
 でも、記憶の一隅に留めておいてくれてたら嬉しい。私のこと。
 リョーマ様……彼と一緒にいた頃の私は何と子供だったんだろう。彼の孤独をわかってあげられずに、ただ自分の理想を押し付けていた。
 リョーマ様がいなくなったのは私のせいだろうか。ううん。馬鹿だね、私。そんな影響力、私にあるわけないじゃない。
 私はただのファンだもの……。
 でも、リョーマ様がどんどん強くなって有名になっていくのを見るのは嬉しかった。
 リョーマ様にとって私は、人生のほんの少しの時間を共有した、それだけの存在に過ぎないのよ。
 堀尾が妙に心配そうな顔でこっちをうかがう。
「小坂田、変わったな」
「そう?」
「前は――もっと元気だったのに」
 好きだった人が失踪したんだもん。元気になれ、という方が無理よ。
 でも、堀尾が心配してくれてるのもわかった。
「あの頃の私は――煩かったんじゃない?」
「ああ、うん……だけど、あの頃の方が小坂田らしくて好きだったな。あ、勿論、今の小坂田も悪くねぇけど」
 堀尾が慌てて台詞の後半部分を付け足す。
「小坂田、今日、一緒に帰らねぇか?」
「悪いけど……」
「そっか」
 堀尾が行ってしまう。呼び止めたい。だけど……私にはリョーマ様がいるから……。
 堀尾が私を好きらしいのはわかっている。でも、今の私にはどうすることもできない。
「朋ちゃん……」
 桜乃――竜崎桜乃が声をかけてくれた。私の小学校時代からの友達。いつも二人で笑い合ってた。
「桜乃……」
 私はきっと力ない笑みを浮かべていたことだろう。
「朋ちゃん、帰らないの?」
「私、電話するとこあるから」
「一緒に帰らない?」
 桜乃の心遣いが痛いほどわかる。堀尾に似たところもある。こんな私に堀尾も桜乃も優しい。二人とも苦労したせいか。
 桜乃だったら、一緒に帰ってもいいか……。
「そうだね。帰ろ」
「電話は? 私は待ってるから」
「うん。――ありがと」
 私はあるところに電話をかけた。

『はい、跡部です――』
「あ、跡部さん? 小坂田です」
 電話口の向こうで相手が溜息を吐くのが聴こえた気がした。
『ああ、リョーマのことか……』
 跡部さんも憔悴しているようだった。そんな人ではなかったのに。
『リョーマはまだ見つかんねぇよ』
「そうですか――」
『おい、もっと元気出せよ。お前は元気だけが取り柄だった――って聞いてるぜ』
「アンタこそすっごいナルシーだったって聞いてますけど」
 すると跡部さんはくすくす笑った。
「な……何よ……」
『いや、ほんのちょっとだけお前の元々の性格が出てきたのが嬉しくってさ』
 まるで堀尾のようなことを言う。私ってそんな元気な女の子だったっけ?
 わからない。昔の私のことがわからない。きっとあまり考えないで行動してたんだろう。
「跡部さんも結構いい人ですね」
『そうかな。……リョーマを見つけ出すのが俺の仕事だと思っている』
「…………」
 私は少しの間黙ってしまった。
 そう言ってしまえるのはどうしてなの? 跡部さん。もしかして、あなたもリョーマ様のことが好きなの?
 ――そう訊きたかったが、訊けなかった。
『好きだ』と言われたら――何か、憎んでしまいそうで。リョーマ様も跡部さんを好きだったらどうしよう。心労がまたひとつ増えそうで――。
「リョーマ様のこと、心配してくださってありがとうございます」
『いや、小坂田の為に心配してるわけじゃねぇんだけど……』
 そうだよね。でも、私は――。
「私は、リョーマ様に幸せになって欲しいから」
『お前もいいヤツだな。――本当にリョーマが好きなんだな』
「ええ。愛してます」
 するっと言ってから、ぼっと顔から炎が出てくるような気がした。何言ってんだろ。私。それに――跡部さんから『リョーマを愛している』と聞かされたら何言うかわからないのに、自分は平気で口にしてしまうなんて――。
 まぁ、今のは跡部さんから水を向けられたというのもあるけど。
『そうか――』
 跡部さんは何を言おうか逡巡しているらしかった。あれでも人の気持ちを考える人なのだ。跡部景吾という男は。
 跡部さんとよく話し合うようになったのはつい最近。リョーマ様のことを調べているうちに友情が芽生えたのだ。或いは同志愛と言うやつか。昔からの知り合いではあったけれど。
 きっと、跡部さんはリョーマ様が好き。愛かどうかはわからないけど、リョーマ様を想っていなけりゃ、あそこまで必死に探したりしない。
 でも、跡部財閥の力をもってしてもどこにいるかわからないなんて――。
 もう! リョーマ様ったらどこ行っちゃったのよ! ――私はリョーマ様にも苛立つ。
『――済まねぇな。まだリョーマを見つけらんなくて。跡部の力って何なんだろうってこの頃思うよ』
 そう言った跡部さんの声は力がなかった。
「う、ううん。跡部さんの責任じゃないから。リョーマ様はきっと事情があって私達の前に出てこれないだけよ」
『そうだな。なぁ、小坂田――リョーマが死んでないって、信じてるか?』
「勿論!」
 何があってもどこかで野垂れ死にするようなリョーマ様じゃない。
『俺も。越前リョーマは必ずどこかで生きている』
 跡部さんが力強く言い切った。跡部さんの言うことだったら、私も信じられる気がする。さすが、キングと呼ばれているだけのことはあるわね。
「私、友達待たせているから、切るわね」
『ああ、お前も元気でな』
 跡部さんとの通信を切った後、桜乃のところへ行った。桜乃は私のことを気遣ってくれている。私達はいろいろな話をしたけど、リョーマ様の話題にはあまり触れなかった。

後書き
『Sweet sorrow』シリーズ番外編です。今回の主人公はちょっと大人になった朋香ちゃん。
跡部様が出演するところがブレない私(笑)。
2016.4.28

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