白い世界で君と

「跡部、堪忍な」
 忍足のヤツが電話で開口一番そう言った。
「明日、越前とデートしたってや」
「はぁ?」
「越前がな、俺や樺地とは正々堂々跡部のことは競いたい言うねん。殊勝だろう? なぁ? それでテニスの試合やって――俺ら二人してあのチビに負けてん」
 話がどこに落ち着くのかわからない。
「越前な、俺と樺地に勝ったら跡部にデート申し込む言うねん。だから――堪忍な」
 堪忍、堪忍うるせぇぞ。
 それにしてもデートって何のことだ? 友達同士で出歩くのか?
「じゃ、電話切るからな。越前は根に持つタイプやし、くれぐれも怒らせないようにな」
「ちょっと待て、おい!」
 ガチャン、ツー、ツー。
 越前リョーマと一緒にデートって何だよ……。明日はクリスマス・イブでリョーマの誕生日だということは知ってたが。青学の選手と親交を深めろということか? リョーマにとっても、俺様と歩くより友人と集まって騒いだ方が楽しくねぇか? ――俺様は心の中で呟いた。
 俺様のことなど知らない人はいないと思っていたが、俺様を『知らない』という人がいたので言っておこう。
 俺様は跡部景吾。氷帝学園のキングといえば俺のことだ。そして、俺は訳のわからんうちに青春学園のリョーマとデートすることになったらしい。
 スマホが鳴った。リョーマからだ。一応親しい者専用の機だ。樺地用のは別にあるが、あいつとは業務連絡も多いからな。
『――もしもし』
 リョーマの聞き慣れたアルトの声がする。
「おう、何だ?」
『明日、時計台の前で八時』
「あーん?」
 電話は切れた。
 秘密の業務とかヤクの売買の連絡じゃないんだから、もう少し何か言ってもいいだろう。
 気に入らんな。何がって、俺様の知らないところで話がどんどん進んでいるらしいことが。
 忍足――黙ってリョーマに殺されろ。

 ――で、翌日の八時。時計台の前に俺はいた。全ての予定をキャンセルして。
 何してるんだろうなぁ。俺様。行く気などなかったはずなのに。それに、忍足に義理立てしてる訳でもない。
「跡部さん……来てくれたんだ。来ないかと思ってたのに……やっぱり誕生日には特別なことが起こるって本当だね」
 リョーマが来てくれた。ほわんとした笑顔が浮かぶ。こんな笑顔見たことなかったぞ。ちょっと胸の鼓動が早くなる。
 ちょっとそっぽを向くと――。
「あれ?」
 俺は思わず声を出した。リョーマも気付いたらしい。
「手塚部長……」
「手塚だな。何やってんだ、こんなところで。今日は不二とデート……とかじゃねぇのか?」
「俺も多分そうだと思ったんスけど……。イブなのに独りなんて寂しいですね」
「不二がまだ来てないだけだろう」
「いえ――何か、がっかりしているみたいです。俺、訊いてみます」
 リョーマが走り出す。
「あ、おい……たく、仕様がねぇなぁ」
 ただ、少し気がかりなのも事実だった。
(手塚と不二――あいつら確か、一部の雌猫どもに『青学のおしどり夫婦』と呼ばれていたはず)
 手塚に元気ねぇのは気になるな。不二にドタキャンされたか。
 そして――俺様はちょっと面白くなかった。リョーマが人のことを気にする、なんて。
 不二――早く来いよ。手塚の為に。そう。あくまで手塚の為だかんな。リョーマが気にしてるからではないからな。
 俺もリョーマの後を追って手塚の元に行った。

「手塚部長!」
「――越前、と跡部か」
 手塚が白い息を吐く。――てか、俺達も白い息だけどな。今日はいやに寒い。雪でも降るんじゃねぇか? リョーマは人の心配してるし。俺様はリョーマに心配されたことないけどな。半ば自棄になってドヤ顔する。手塚が言った。
「お前らが一緒なんて珍しいな。――最近はそうでもないか」
「俺達、今からデートっス」
「で、デートか……」
 まぁ、そういうことにしてやってもいいぜ。……って何考えてるんだ、俺は。
「手塚部長は不二先輩とデートでしょ?」
「不二か――。サボテンの具合が悪いから由美子さんに診てもらっているそうだ。自分もついていると言ってな」
 あー、手塚のヤツ、サボテンと両天秤にかけられてしかもサボテンに負けたんだ。……ショックだろうな。俺、今日来てよかったぜ。落ち込んでるリョーマなんて見たくねぇもんな。
 待て待て。リョーマが落ち込むとは限らねぇよな……。
「手塚部長。俺達と出かけましょ!」
 リョーマが手塚に抱き着いた。あ、何だこの感覚。どろどろした感覚は……。
「いいのか? お前には跡部が……」
「いいっスよね。跡部さん」
「――ああ」
 手塚は友達だし、人数は多い方が楽しめるだろう。……なのに何だ? 本当は断りたかった、なんて――。
「行きましょ、跡部さん、手塚部長」
「ああ……」
「行くか……」
 すっかりリョーマに仕切られている俺達だった。

 ショッピングモールで買い物した後はクリスマスツリーを眺めた。
「すごいなぁ……」
「俺の家のクリスマスツリーの方がすごいぞ」
「ほんと? 見てみたいなぁ」
 あ、やっとこっち向いた。
 さっきまでリョーマのヤツ、『手塚部長、手塚部長』って付き纏ってたもんなぁ……。リョーマにやっと声をかけられただけで嬉しいなんて、ほんと、どうかしてるぞ、俺様。
「よし、明日は家族でクリスマス会だからお前達もお情けで誘ってやる」
「お情けって何だよぉ」
 リョーマが笑う。手塚の表情もいささか和らいでいる。手塚は表情筋が固いのだ。
「悪いけど俺は遠慮しておく。――良かったな、跡部。こんな楽しそうな越前は初めて見る」
「楽しい……? そいつはお前のおかげだろう?」
「いや……お前の方をよく見てたぞ」
 越前が、俺のことを……? 俺はリョーマが手塚を好きなんだとばかり思ってたけれど――。
「気付いてないんだな」
 はぁ、と白い溜息を吐いて、手塚は「岡目八目」と呟いた。何のこっちゃ……。
「心底わからないって顔してるな。越前も苦労するはずだ。尤も、今は俺も苦労しているが」
「不二の件でか」
「不二は俺よりサボテンがいいんだろうな……」
 俺には手塚がどことなくいじけているような気がした。こう言っちゃ何だけど……あの手塚がいじけているなんておかしいぜ……。
「手塚ー」と不二の声がした。
「不二!」
「手塚、探したよ。由美子姉さんにも場所占ってもらったし」
「連絡くれればよかったじゃないか」
「ああ、そうだね」
 手塚は一瞬にして元の手塚に戻った。まぁ、さっきだって手塚はいじけてんの表にはあまり現さなかったが。
「あ、不二先輩。来てくださってありがとうございます」
「何の。こちらこそ、手塚の世話をしてくださってありがとうございます」
 不二、それだとまるで女房の台詞に聞こえるぜ。手塚は俺とリョーマにお辞儀をしてから自分で買った荷物をぶら下げて去って行った。不二と一緒に。
「あ、雪だ」
 リョーマが指を差す。十二月の雪は都内では珍しい。ここもホワイトクリスマスだな。リョーマ。嬉しそうだな。
 そうそう。今日はリョーマの誕生日だったな。ハッピーバースデー、リョーマ。――俺はこっそり買ったプレゼントの箱を渡した。

後書き
りょまたんに構ってもらえてなくて手塚に嫉妬する跡部様が書きたかったのです。
りょまたんもそれを見越して手塚に纏わりついているとしたらかなりの確信犯ですね(笑)。
『白い世界で君と』は、リョーマの誕生日ソングです。リョーマの誕生日は12月24日なのです。
2015.12.21

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