桜乃ちゃんのシンデレラ・リバティ

「竜崎、ヒマ?」
 あ、リョーマくんだ。
「今、部活終わったとこだけど」
「話があるんだ」
 私達は校舎の裏に向かう。女テニの皆が意味ありげにニヤニヤと笑っていた。もう……私とリョーマくんはそんな関係じゃないんだって。
 ――そうだったら嬉しいけど。
「今日、ハロウィンだよね」
「あ……うん」
 お母さんが忙しいおばあちゃんの代わりにかぼちゃ料理作って待ってるんだ――。
「跡部さん家でさ、ハロウィンパーティーやるんだって。友達一人は同伴で行かなきゃなんないんだから。男でも女でも構わないとさ」
「え、それって……」
「予定があるんだったら別口当たってみるから」
 跡部さん家でパーティー……リョーマくんと。朋ちゃんが聞いたら羨ましがるだろうな……。
「朋ちゃんも一緒でいい?」
「小坂田? まぁ、一人でなけりゃ何人来ようが一緒なんじゃないの? 跡部さん家、無駄に広いし。ちょっと遠いけど」
 私は朋ちゃんに電話した。

「――あーん。弟達が行くなってうるさいのー! 桜乃ゴメン! 跡部家のハロウィンパーティー行きたかったぁ。しかもリョーマ様と一緒なんてほんと羨ましい」
「そうなの……」
 電話を切った後、私は少しほっとした。――朋ちゃん、私の方こそ……ゴメン。
「制服でいいのかな……」
「いいんじゃない? 仮装して来いとは書いてなかったし」
 リョーマくんが跡部家のチャイムを鳴らす。メイドさんが出て来た。
「こんばんは……」
「まぁ、可愛いお客さん。どうぞ中へ」
「はぁ……」
 メイドさんに連れられて私達は邸に入って行った。どうしよう。豪勢。シャンデリアがピカピカ光ってるよぉ。
「よっ。リョーマ。そっちは」
「竜崎桜乃です。宜しくお願いします」
 私はぺこりと頭を下げた。
「跡部さん、派手な服着て何やってんの?」
 リョーマくんが訊く。
「ん? 今日の俺様はキングだ。しっかし味気ねぇなぁ。二人とも制服なんて」
「あは、は……」
 私は思わず身が竦んだ。
「まぁ、そんなヤツらの為に貸衣装屋が来てるんだけどな。めいっぱいドレスアップしてもらってこい!」
 跡部さんがどんと私達の背中を押した。

「まぁまぁ。可愛いお嬢さん。何が着たいの?」
 服がずらっと並んでいて、目がちかちかしそう。
「あの……何でもいいです」
「何でもいいのね。――じゃ、私が選んであげるから。これなんかどう?」
 私はスタイリストさんの選んだ服を見てあぜんとした。

「お、お待たせ……」
 私が着せられたのは妖精の衣装。うーん。恥ずかしいよぉ。もっと胸が隠れるのが良かったかも……。胸が小さいのがバレちゃう……。おばあちゃんは大きいのに。
「へぇ、似合うじゃん」
「り、リョーマくん……」
「馬子にも衣装って諺、ほんとだね」
 んもう、リョーマくんたら……。
「ああ、こいつ、彼女の変身にビビってんだよ」
「別にビビってなんか……」
「こいつは今までの雌猫とは違うようだぞ。離さないでおきな」
 ――跡部さん、そういうことはもうちょっと小さな声で喋ってくれないかしら……。
「それに、竜崎は別に彼女じゃないっスから……」
「料理、何か食うか? 和・洋・中……よりどりみどりだぜ」
 跡部さん、リョーマくんの話全然聞いてない……。でも、いい人だってのはわかる。
「その前に写真か? この日の為に腕の立つカメラマン呼んだんだぜ。おーい、木村さーん」
 跡部さんは強引。でも、その強引さが嫌いじゃない。本当は優しい人だってわかるもの。
 リョーマくんはぶっきらぼうだけど。私はやっぱりリョーマくんの方が身近に感じる。正反対の二人なのに、どこか似たものを感じはするけれど。

「はい、いいですよぉ」
 カメラマンさんが言う。ふぅ。疲れた。緊張した。――リョーマくんは涼しい顔しているけど、緊張しなかったのかなぁ。
「後で額に入れて送りますので住所書いてください」
 私は差し出された紙にペンを走らせる。
「越前くん、だったね」
「はい」
 リョーマくんが呼ばれた。
「せっかくのご馳走を前にして写真撮影なんてね。お腹空いて来たんじゃないのかい?」
「そういえば……」
 恥ずかしいけど、私も……。
「ここのかぼちゃ料理は絶品ですよ。私、さっき食べましたから。仕事の合間を縫ってね」
「そうですか。どうもありがとうございます」
 王子様スタイルのリョーマくんが答えた。リョーマくん、いつもよりかっこいい……。
 私とリョーマくんは料理を選ぶ。どれも食べていて幸せになる味。私がリョーマくんの後ろについて行こうとすると――。
 どんっ!
 誰かに突き飛ばされた。
「気をつけな! チビ!」
 ふぇ~ん。チビなのは本当だけど、今ここで言わなくたってぇ~。
「立てる? 竜崎」
 リョーマくんが手を差し伸べてくれた。本当の王子様みたい……。
「うん!」
 音楽と照明が変わった。皆がダンスを始める。
「踊ろうか。竜崎。それとも、食事の方がいい? 何人かまだ食い意地張ってる人もいるよ」
「ん。いいの。このままで……」
 私はリョーマくんにぴったり寄り添った。
 リョーマくんにはテニスしかないのはわかってる。でも、例えリョーマくんに他に好きな人がいても……。私はリョーマくんが好き。
 この思い出は消えない。私が生きている限り。ハロウィンの魔法が解けるまで、今は――今だけはシンデレラ・リバティ。
 それにしても――。
「リョーマくん。ダンス、上手だね」
「お袋にいい加減に教わったんだけど……跡部さんも上手だよ」
「すごいね。跡部さん、何でもできるんだ……」
 私がそう言うと、リョーマくんはふい、と顔を背けた。何かまずいこと言ったかなぁ、私……。

 ――夢のような時間は瞬く間に過ぎて行った。お母さん、待ってるだろうな。一応遅くなるって連絡はしたけれど。
「送るよ」
 リョーマくんが言ってくれた。紙袋には私が跡部さんからもらった妖精のドレスが。お土産と言って渡してくれたの。リョーマくんも今日着た王子様の服を持っている。
「安く払いさげてもらったから持っていけ」――と言われて。
 つまり、今日の衣装を跡部さんはタダでくれたのだ。とても、気前いい人だと思う。
 私の隣をリョーマくんが歩いている。もうすぐ終わる――シンデレラ・リバティ。

後書き
リョ桜です。私がリョ桜書くのって珍しいような気がする……。普段はリョ跡よく書いてるもんね。
跡部様がいなかったらリョ桜にハマったかも。 ハロウィンおめでとう!
2016.10.31

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