忍足クンは心配性

「はー……」
「ん? 跡部、今、溜息吐かんかったか?」
「アーン? 気のせいだろう?」
 そして跡部景吾はにやりと笑う。
「俺様が疲れるなんて有り得ねぇだろ。忍足(おしたり)、お前が心配しなくても俺様は大丈夫だ」
 いつだったか、立ったまま気絶してたやんか。越前に隙を見せたりして。
「跡部……もう少し俺ら頼らんか?」
「そうだな。そうしてもいい……」
 そして跡部は目を瞑る。――そのまま寝てしまった。
 俺はそっとその寝顔を見つめる。綺麗な寝顔やんなぁ……無防備で。俺みたいなモンに襲われても知らんで。
「頼ってくれよ。なぁ、跡部……」
 俺はその整った寝顔に話しかける。
 跡部景吾は無理しとる。
 あのカリスマ、美貌、加えて財閥の御曹司という肩書きまである。跡部の父は頼りにならんらしいから、将来は跡部グループを引き継ぐことになるんだろう。
 ちょっと設定盛り過ぎちゃうか、と思わんでもないが、世の中にはそういうヤツもおるんやね。俺は跡部、おもろいから氷帝に来て良かったと思うよ。跡部に会えたしな。
 でも……今の跡部は働き過ぎと違うか?
 子供の頃から……と言っても、中学に入ったばかりの頃から責任感を人一倍持っとるヤツやったからなぁ。負けん気も。
 子供の頃の跡部は目なんか大きゅうて、抱き締めたいほど可愛くて――でも、今の跡部が嫌なんと違う。
 むしろ、今の方が好きなくらいや。
 俺は、見守るしかないんか? 跡部が壊れる日まで。
 嫌や! 絶対、そんなの、嫌や!
 跡部……俺が守ってみせる!
 俺は、ソファに凭れ掛かっている跡部を抱き締めた。ほんと、線が細いやんなぁ、こうしてみると。普段のやんちゃぶりが嘘のようや。
 跡部景吾は努力家や。でも、そんなもん一部の人しか見とらん。
 ましてや、跡部に憧れる女生徒達なんて――。まぁ、俺も似たようなモンかもしれへんが。
 なぁ、跡部。
 俺やダメなのか? 俺じゃ、頼りにならんか?
 まぁ、跡部には樺地がいるけどな――。
「跡部……」
 俺は泣いた。跡部の背負っているモンの大きさに。そして、跡部が一生懸命それを担おうとしている健気さに泣いた。
 樺地には敵わないかもしれんが、俺も跡部が大好きや。宍戸や岳人やジローもおる。日吉やチョタもおるで。
 それらを束ねるのはしんどいかもしれへんが……みんな、跡部が大好きなんやで。
 だから、笑っていてくれ。しんどいかもしれへんけど。できることなら何でもするから。何でもする言うても、何にもできないかもしれへんが。そんな自分が歯痒い。
「よぉ……」
 跡部……。
「何で泣いてんだ。侑士……」
 こんな時に名前呼びなんて卑怯や。けれど、ちょっと嬉しかった。俺の方にちょっとは気が向いたかもせぇへん。
 跡部……好きや。胸が締め付けられるくらい。
 アンタがどこまで行くのか、俺は知らない。その果てを思うと俺は心配になる。
 跡部が遠くへ行ってしまいそうで……。
 元々、中学が一緒で同じテニス部員というだけの縁なのに。因みに跡部は部長や。何でもトップをやりたがるヤツやから。
 いいヤツなんや。俺様で、時々アホで、でもいつの間にか人心を把握していて――。
 俺もアンタに魅了された男の一人や。
 できることなら一緒にいたい。
「跡部……」
「濡れるだろ、バーカ」
 と、言いながら、自分の胸に俺の顔を埋めさせる。そんなところが心憎い。男やから真っ平の胸やけどあったかい。俺の眼鏡、ぶつかって痛ないやろか。
 跡部、アンタのこと考えると、胸が苦しゅうて、苦しゅうて……。
 きっと、これは恋。
 恋ばかりでもあらへんな。独占欲とか、心配とか、そんなモンが入り混じってる。
 前に青学の乾に、
「恋でもしてるのか?」
 と訊かれたが、正にその通りや。その時は空気読まんヤツやな、と怒りを押し殺しながら笑っていたが。
 でも、俺がこれからどうしたらいいかなんて、きっと乾のデータでもわからへんで。
 俺の進む道は俺しかわからへんのや。
 そして、俺の進む道も多分跡部次第で……。
「頼ってぇな。景吾」
「――景吾?」
 しまった。思わず名前呼びしてしもた。まぁ、仕方ない。跡部も俺のこと侑士と呼ぶもんな。
「もっと……周り頼ってぇな。アンタが無理する度、心配するヤツらがここにはごまんとおるんやで」
「知ってる。でも、俺様を必要としている人間がたくさんいるんだ」
 その台詞を聞いて、つい山口百恵の『いい日旅立ち』を思い出した俺は古い人間やろか。――まぁ、誰でも知っとる有名な歌だわな。
「――まぁ、だけど、ありがとな、侑士」
 だーかーら、名前呼びは反則やって! ――嬉しいけどなぁ。
「まだ余裕ありそうやな。跡部」
「当然。こんなとこでへばってられないもんな。お前もいるし」
 ――ああ、こんな殺し文句……跡部は罪な男や。
「すまんなぁ。俺、頼れ言うたのに結局は俺が跡部に頼っとるやん」
「いや。頼られると元気が出る」
 そう言う跡部は生まれながらのリーダーや。ヒーローかもしれへん。跡部は特別な男や。
 けれど、ヒーローも疲れる時ぐらいあるんやないか?
 だから、その時こそ俺……いや、俺らの出番や。
 ――ん?
 跡部……寝とる。
 それほど疲れとったんか。それとも、俺といてもリラックスできるようになったんか? そやったら――嬉しい。
 俺は跡部には敵わんけど――せめてサポートできたらええやんなぁ。
 がちゃっ、とドアが開いた。樺地だ……。
「あ、樺地……」
 樺地は何も言わず扉を閉めた。
 何やろ。逢引き中や思たんやろか。まぁ、当たらずといえども遠からずやけどな。俺がそう思てるだけかもしらんけど。
 俺は樺地にも敵わんと思う。樺地は跡部の親友や。腐れ縁かもしらんがな。
 俺やったら絶対キレてるところを、樺地は上手くカバーしている。文句ひとつ言わん。元々無口な男やけどな。樺地は。
 樺地も跡部が好きや。でなければ、こんなについてくるはずないで。
 跡部の周りには自然と人が集まる。それがカリスマ言うもんかもしれへんがな。
 跡部は女にもモテる。俺も結構モテる方や自覚しとるが、やはり跡部は別格や。
 ファンの女の子達は跡部に雌猫呼ばわりされても怒らない。それどころか、
『私達は跡部様の雌猫です』
 と、堂々と宣言する始末や。まぁ、みんな喜んどるんやからそれでええのかもしれんなぁ。
 跡部は愛すべき人物やからなぁ。憎めないちゅーか……。
 跡部がお祭り好きなのは否めんが、もう少しテンション落としたらどうや、と思う時がある。賑やかさが好きな俺かてそうなんやから、他の人間はもっとうざがっていることやろうな。
 いつか、パンクするんやないやろか。跡部は。この間はテニスコートに王国も作ってしまったんやからなぁ。滅茶苦茶やなぁと思うんやけど、跡部やからこそできるんや。
 ほんま、どこまで行くんやろな、この男は。
 いつか生きたまま天国へ行くかもわからへん。
 これ、身近な人間にとっては冗談ごとやあらへん。いつかふっとこの世界から跡部が消えてしまうんやないかと、俺はハラハラしとるんや。
 跡部やなかったら、これは夢の中の話、で片づけられるんけどなぁ、跡部やからなぁ……。
 いずれ、思いも寄らなかったサプライズが彼の周りで起こったりして……。
 なんせ、跡部景吾は国を作った男やからな……。国王様やからな。
 でも、実際の跡部はまだ中学三年生なんや。そりゃ、いろいろ環境とか実力とか盛り過ぎや思うけど。
 ――俺は、跡部を支える役に立てればそれでええ。たまには、今のように休ませることができればそれでええ。

後書き
跡部の心配をする忍足クン。
盛り過ぎは『もりすぎ』と読みます。ま、跡部様に関してはどんどん設定が大きくなってますから。
私、今テニプリ小説書きためているのですが、えりょをする話がほとんどない!
自分でもびっくりですが、考えてみると彼ら中学生だもんねぇ……。
それともこの年になって無償の愛に目覚めたか?!
忍足クンが跡部様の心のオアシスになってくれたら嬉しいです。
2015.7.15

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