リョーマのプロポーズ
あの越前リョーマが帰ってきた。
ニュースが流れるとプロテニス界は騒然となった。グランドスラムも夢ではないと言われるリョーマのことである。おまけに父はサムライ越前南次郎だ。
そのリョーマがある日突然姿を消した。ファンは泣いたが、今になってひょっこり帰ってきたのである。
そして今朝――。リョーマはホテルで記者会見を開いた。
「これからは頑張ってプロテニス界に貢献するつもりです」
――などと滔々と述べた後、最後に一言、
「跡部景吾、俺と結婚しな」
と言ったものだから別室のモニターでVTRを観ていた跡部はのけぞった。樺地は何故か機嫌よさそうに僅かに口角を上げる。同席していたスタッフ達は腹を抱えて笑い出した。
「まぁ、俺様も身を固める時期だからな」
跡部は電話の向こうの忍足に言う。
忍足侑士は中学からのテニス友達で今では私立探偵なんて怪しい職業についている。本人は跡部専属だと言っていたが。
「――せやな。時期が来たってこっちゃろ。俺にしてみればちょっと早いような気もするけど。あ、そうだ。ぎょうさんギャラありがとな」
「ま、お前にはいろいろ世話になったしな」
「これからも宜しく頼むで。がっくんは馬鹿笑いしとったで」
「あいつらしいぜ」
周りの人間に馬鹿笑いされる――晒し者になるのは覚悟の上だ。
けれども周囲の人々の目は温かかった。ホモだと後ろ指差す連中もいたが、そんなのは気にならない。昔よりも同性愛に関する偏見が薄くなってきたのだ。いい時代に生まれたものである。
「取り敢えずおめでとう。式には絶対呼んでくれや」
「勿論だ」
リョーマが日本に帰って来たのは忍足の尽力もある。
受話器を置いた跡部がはぁ、と溜息を吐いた。幸せの吐息である。
見ろ! 運命の女神様! 俺様は幸せを勝ち取るぜ! 跡部景吾の名にかけて!
リョーマは跡部にウェディングドレスを着せたがっているが跡部はそれは恥ずかしいのでパスしたいと考えていた。
どう言って切り出せばよいやら……。
その時、電話が鳴った。
「はい、跡部ですが――あ」
相手はリョーマだった。
「跡部さん、仕事中? ごめんね」
「何だよ、水臭ぇな。あんなもん一時間で終わるぜ」
事実である。時間の使い方が上手い跡部と有能な秘書の樺地はもう仕事を終わらせていた。
周りは祝福ムード。仕事の量もいつもより少ない。マスコミの記者たちに笑いかけるのが仕事になっている。それは派手好きな跡部の得意分野だった。
「でも、お前も大胆発言してくれたなぁ。いろんな奴からいろんなメールが届くぜ」
それを見るのも仕事のうちである。越前リョーマとの結婚式におけるパフォーマンスに跡部は乗り気だった。
「ま、祝いの言葉ばかりではないがな」
「そんなの関係ないスよ――会えませんか?」
「そうだな。樺地に訊いてみる」
跡部はそう言って受話器の口を塞いだ。
「リョーマがさ――会えないかって。行ってもいいか?」
「ウス」
「OK。了承取れたぜ。早速行くからな」
「じゃあ会社の近くの公園で」
電話は切れた。
跡部は心が浮き立つのを感じた。多分、俺様は世界で一番の幸せ者だろう。
跡部は公園に向かった。寒い時など、逢引に使った思い出の場所である。
「待ったか?」
「ううん」
リョーマは跡部に近付くとキスを盗んだ。彼はもう『おチビ』などではなく、一人前の大人の男性だった。かなりいい男に育ったと跡部は思う。
均整の取れた体はスーツが似合いそうだ。三つ揃いを着たらさぞかし映えることであろう。
そして――身長も伸びた。もう跡部の背に並ぶ。
男前な二人の登場に女達は目引き袖引き。目が合うと「キャーッ!」と黄色い声を上げる。跡部はそんな女性陣に手を振っていた。
「雌猫達が煩いかな」
とはいえ、リョーマも満更ではなさそうだった。
「雌猫といえば、怖いメールが来てたぜ。『貴方は私と結婚するべきです。今すぐ越前と別れなさい』って」
「何それ」
リョーマが、ぷっと笑った。
「もっと怖いのもあったぜ」
「俺のところにもそんなものは山ほど来たよ。有名税ってヤツだね。まぁ、お祝いのメールが多かったけど」
財閥の御曹司とプロテニスプレイヤー。しかも男同士。これは歴史に残る結婚になるぞと跡部は思った。
まぁ、歴史になんぞ残らなくても構わないが。リョーマが自分のところに帰ってきたというだけで。
子供は産めないけど跡部は幸せである。
跡部は一通りの家事はできるし料理はプロ級でさえある。樺地に教わったのだ。けれど、どうしてもいつもは樺地に頼ってしまう。
――樺地頼りから卒業しねぇとなぁ、俺も。
樺地はしばらくは寂しいだろうがあの男はいい男だ。いずれ人生の伴侶を見つけて幸せになるに違いない。
――今の自分達のように。
「ねぇ、考えてくれた? ウェディングドレスの件」
「ありゃあいくら何でも変じゃねぇか」
「跡部さんなら何着ても似合うよ」
「せめて王子様スタイルにしてくれ」
「王子様なんて年じゃないくせに」
「そうだったな。俺は王様だ」
中学時代から王様と呼ばれ続けて来た跡部である。整った顔立ち。高い身長。よく通る甘さを含んだ声。何をやっても様になる王様。
そんな俺様と結婚できるとは越前も恵まれたヤツだな。
跡部はふぁさっと跳ねた髪を掻き上げた。
しかし、ウェディングドレスなぁ……いくら俺でも考えちまうな。
「披露宴でネタとして着るのはどう?」
リョーマはまだドレスにこだわっている。
「俺はすっかり色物じゃねぇか」
「最初からアンタは色物でしたよ」
「あーん?」
年下が生意気言うなと言わんばかりに跡部はリョーマを睨みつけた。リョーマは平然としている。彼は元々心臓は強い方だ。
「お前が着ればいい。似合うぞ」
「よしてください。出会ったばかりの頃とは違うんですよ」
「桃城からお前の中学時代のドレス姿の写真が届いたぞ」
「……桃先輩め……」
「ちなみに祝賀ムードだった。手塚と不二からもメールが来たぜ」
「俺のところにも来たっス」
手塚からは『幸せにな』。これだけ。それでも嬉しかった。不二からは『今度は僕達の番だよ』と――。その時は是非招待して欲しいものである。
友達っていいもんだよなぁ。
跡部の顔がにやけてしまう。リョーマも優しくなった。
リョーマ、大切にするからな。この俺様が幸せにしてやる。年上のプライドにかけて跡部は誓った。
「俺、跡部さんのこと、幸せにします」
「今、俺も同じようなこと考えてたぜ」
自分達の間にはテレパシーでも通っているのだろうか。そうなっても不思議ではないな、と跡部は思う。
「それからな、リョーマ。俺様のことは景吾と呼べ。結婚するんだから」
「へぇ……跡部さん越前姓を名乗ってくれんの」
「いや。お前が跡部リョーマになるという方法もあるぞ」
二人はお互い将来のことを話し込む。話題が一瞬途切れた時、今度は跡部の方からリョーマにキスをした。
不意打ちは卑怯だとリョーマは怒るふりをした。自分だってやったくせに。跡部は苦笑を禁じ得なかった。
後書き
リョ跡未来編。sweet sorrowシリーズの続きです。
そういえば、もうすぐ六月だなぁ……。ジューン・ブライドという言葉が浮かびました。でも、そういえば、この話って舞台はいつなんだろう……。
リョーマのプロポーズ、跡部様もさぞかしびっくりしたろうなぁ……。
2016.5.22
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