リョーマの幸せ

「うっ……」
「気が付いたか」
 手塚部長の低い声が聴こえた。――俺、どうしたんだろ。
「あ、あの……」
「越前、お前――何で酒なんか飲んだんだ?」
 そっか。俺、間違えて多分ワインを――Pontaにしては変な味だなとは思ったけど……。
「すみません……俺、Pontaと間違えたようで……」
「そうか……まぁ、お前が訳もなく飲酒するとは考えにくいからな。もう少し寝てるか?」
「いえ……」
「そうだ。跡部が来ているぞ」
「――跡部さんが!」
 俺はがばっと跳ね起きた。
「今もこの家にいる」
 そういや――ここは俺の部屋だ。ええっ?! でも、跡部さんがわざわざ――?
「よぉ、リョーマ。目が覚めたか? 水だ」
 跡部さんは結構気が利く。何だかんだ言ってやっぱり200名の氷帝軍団を束ねているだけのことはある。
「ありがとうございます」
 俺は水を受け取った。
「あのな、越前――お前がどんな付き合いを跡部としようが勝手だが――いや、やはり中学生らしい健全な付き合いをするべきだとは思うが――その、人前でキスは……」
 手塚部長が言いにくそうに言う。
「え?」
 跡部さんはバツが悪そうな顔をしながらそっぽを向いている。
「俺、跡部さんにキスしたの?」
「――そうだ」
 手塚部長が頷いた。――思い出した。あの時、つい酔いに任せて……。うわ、恥ずかしい!
「跡部さん、こっち見ないでください……」
 跡部さんが来てくれているのは嬉しいけど――俺、人前で跡部さんにキスしちゃったんだなぁ。意識がはっきりしている時はともかく、酔っている時になんて――最悪じゃん。
「俺の親父のワインを一気に空けたそうだからな。お前」
 跡部さんが顔を逸らしたまま告げる。
「あ、じゃ……親父さんに謝っといてください」
「それぐらい自分で言え――つっても言いにくいか。親父は気にしてねぇけど。中学生で飲酒ってのはやっぱりまずいよなぁ」
「跡部、ありがとう。越前のこと、内緒にしてくれて」
「それぐらい何でもねぇよ。手塚。下手したらこっちに火がつく。それに――リョーマも俺の大切なライバルだしな」
 ああ、跡部さんは俺をライバルとしか見てはくれないのか。だったら俺は跡部さんの最高のライバルでいよう。それとも、跡部さんの最高のライバルは手塚部長だっけ?
 ――だったら俺は、手塚部長にも負けない!
 それにしても……下がうるさいな。
「下で何かやってんの?」
「ああ、ちょっと皆で騒いでいる」
「皆――来てるの?」
「ああ。お前のことは俺達の連帯責任だと言って桃城が――それからお前のお母さんと菜々子さんがご馳走作ってあいつらに振る舞っている」
 手塚部長の言葉に俺は納得した。二人とも来客をもてなすのが好きだからなぁ……。
「まぁ、一番騒いでるのはお前の父親だがな」
 ――あ、それも納得。
「なぁ、リョーマ。七年か八年くらいしたらお前も大人になって酒も飲めるだろ」
 跡部さんがこっちを向く。俺ももう跡部さんの視線を平気で受け止められるようになってきた。
「それが何か?」
「大人になったら一緒に飲もうな」
「うん……」
 その誘いが俺には嬉しい。
「それはいいが、越前。お前は明日から500周だ」
「げぇっ!」
 ――手塚部長、鬼っス。
「俺も付き合ってやる」
 跡部さんが言う。それだったらいいかな……いやいや。まぁ、それだけのことはしてるんだけど。
 でも、親父はよく酔っぱらってるのに、俺は未成年というだけで罰せられるなんて不公平過ぎるよ……。
「不服か? リョーマ」
「いえ。跡部さんが付き合って走ってくれるのは嬉しいですけど、何か不公平な気がして……」
「俺もトレーニングになるし、不公平とは思わねぇよ」
「いえ、不公平というのは親父に対してで――親父はあんなに飲んべえなのに……俺は一杯のワインを飲んだだけでダメだなんて……」
「規律を守る為だ。仕方ねぇだろ。それに酒の飲み過ぎは体に良くないぜ。親父さんにも注意しとけ」
「はい……」
 俺の父親のことまで気にかけてくれるなんて、本当は跡部さんていい人なのかもしれないな――。
「じゃ、俺は下で待ってるからな。気分が良くなったら来てくれ」
 そう言って手塚部長は去って行った。俺は下の乱痴気騒ぎよりも跡部さんと二人きりでいた方がいいなぁ……なんて。でも、何話せばいいんだろう。――やっぱりテニスの話かな。
 だが、その時――俺は頭痛を覚えて頭に手を当てた。
「大丈夫か?」
 跡部さんが俺の腕を握る。
「あ、うん……」
「二日酔いか? いいから寝てな」
「ん……」
 俺は布団を被ってそのまま寝てしまった。跡部さんの、「いつもこんなに素直だと可愛いのにな――」という声が聴こえたような気がした。

 翌日、俺は青学の校門で待っていた。跡部さんと手塚部長が一緒に来た。俺はちょっといらっとしたが、そういえば、手塚部長には不二先輩がいたんだっけ。良かった良かった。……あ、でも、手塚部長は不二先輩と過ごしたかったかな。手塚部長が言った。
「来たか。越前」
「はい。俺も悪かったんだし……」
「俺も――まさかお前が親父のボルドー飲んだとは思わなかったし」
「すみません! 手塚部長! 跡部さん! もう二度としません!」
 俺は二人に謝罪した。間違って飲んだ酒は不味かったし、大人になるまでもう二度と口にしない! 大人になって跡部さんと酒酌み交わせるようになるその日まで……。
「それにしても、お前、酔うと人に絡むんだな」
 跡部さんが口元を歪ませる。余裕綽々といった笑みだ。くそっ。また跡部さんに弱味握られた。悔しい。
「俺、跡部さんに何かしましたか? キス以外に」
「俺様に喧嘩売った」
 それはいつも通りだと思うんだけど――まぁいいか。
「何て?」
「青学の奴らのところに行けと言ったら、据わった目で『跡部さんは俺が邪魔なんだ』と言った」
 あちゃ。でも、確かに今の俺だったら言いそうだな。ほんのちょっと前の俺だったらそんなこと絶対口にしないんだけど。
「あのな、リョーマ。俺はお前が邪魔な訳じゃない。ただ、青学にはもう二度と会えないかもしれないヤツもいるだろ? 卵みたいな頭したヤツとか」
 ――ああ、大石先輩か。でもよく知ってんな。河村先輩も中学卒業したら寿司屋の修行に身を入れるって言ってたもんなぁ……。
「跡部さん、あざーっす」
「いやいや。俺も言葉が足りなかったかもな。俺もお前といたかったんだぜ」
 その言葉が俺にはちょっと嬉しかった。顔に出てたら困るから帽子を目深に被ったけど。

 それから、俺は跡部さんと手塚部長とグラウンドを走った。跡部さんはなかなか足が速い。俺も足の速さには自信があるけど。俺達は規則正しく白い息を吐く。
「おう。リョーマ。この俺様についてくるなんてやるじゃねぇの。あーん?」
「――どうせ加減してるんでしょ」
「そうでもないぜ。ペース配分はしてるけどな」
 そうだね。なんてったって500周だもんね。流石に一日では回りきれないので、何日かに分けて走らせるつもりらしい。
「こら、そこうるさい」
 ――手塚部長に注意されてしまった。不二先輩がいないから苛立っているのかな。俺に付き合ってくれるのは有り難いけど、早く不二先輩に会いたいんだろうな。貴重な時間を割いてくれてありがとう、手塚部長。
 それから跡部さんも一緒に走ってくれてありがとう。

後書き
山之辺黄菜里さんから聞いたのですが、今は未成年の飲酒に対しても厳しくなっているそうです。グラウンド500周走るくらいじゃきっと甘いのかな、と思いますが。
バレたら手塚も跡部様も責任取って退部したりして。リョーマはどうなるんだろう……。レギュラー落ちは確実ですかね。
まぁ、リョーマの飲酒はアクシデントみたいなものですからね。きっと二度目はないと思います。
リョーマはテニスを愛してますから、それをむざむざ放り投げるような真似はしないでしょう。
でも実は……私は未成年の時、お酒を飲んだことがあります。すみません。こんな偉そうなこと言える資格ありません。さすがに中学生ではなかったけれど。
パプワ小説でも未成年の飲酒シーン書きましたしね。
大石先輩や河村先輩が青春学園を卒業してもまた機会があれば会えますよね。
2015.12.29

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