リョーマも中学二年生

 跡部景吾は面白くなかった。友人の忍足侑士が跡部の側近の樺地崇弘とどこかへ出かけてしまった。しかも、どこへ行くのか内緒だと言う。
 ――俺達は友達じゃなかったのかよ!
 跡部は憤懣やるかたない。
 こうなったら、俺様も友達呼んでやる! 俺にだっててめーら以外の友達ぐらいいるんだぞ。
 今日は練習はないし、俺も出かけていいだろう。跡部はそう決めた。
 跡部はスマホを取り出す。できるだけ気取った声で。
「あー……もしもし?」
「もしもし、跡部さん?」
 受話器の向こうからは弾むような若い声が聞こえた。

「でさー、忍足のヤツが樺地と一緒にどっか行ってさー……さっき樺地に電話したら、『自分も内緒です』と言いやがったんだ。いつからてめーらは俺に逆らうことを覚えたんだって話だよな」
「ふぅん……」
 電話で呼び出された越前リョーマは何となく面白そうに話を聞いている。いたずらっぽい顔がそこにはある。
 リョーマも中学二年生になる。跡部より二つ年下だ。
 いつもだったら、
「デート中なのに他の男の話しないでよ」
 と、怒りそうな彼なのだが、自分以外の男どもと上手くいってないのが嬉しいらしい。そんなリョーマの独占欲など知らぬ跡部は滔々と喋り続ける。
「話し中のところ悪いんだけどさ、それ、溶けない?」
 リョーマは自分のスプーンで跡部のパフェを指し示す。
「それとも、それ俺が食べる?」
「誰がやるか!」
「ケチ! 大金持ちのくせにケチ!」
「うっせーよ、ガキ」
 自分もガキのくせに――とリョーマの大きな目は言っていた。
 チョコレートパフェは生クリームのところが美味しいのだ。もっと美味しいお菓子もあるが、跡部は安っぽいクリームの味もそれはそれで好きなのだった。
 リョーマがじーっとこちらを見てる。
「……何だよ。一口ぐらいならやらねぇでもないぜ」
「アンタの食べ方、様になってると思ってさ」
「……一口食うか?」
「『あーん』してくれる?」
「――わかったよ」
 やっぱりまだまだガキだな、と思いつつもリョーマのおねだりがちょっと嬉しかったりする跡部であった。
「あーん」
 リョーマがぷっと笑った。
「――何がおかしい」
「いや、アンタの『あーん』、変だなと思って。それじゃ喧嘩を売っているみたいだよ」
「……うるせぇ」
「――気に障った?」
「変でいい。忍足にも言われた。『あーん』のアクセントが変だって」
「あっそ」
 急につまらなさそうになるリョーマ。取り敢えずぱくっと跡部のパフェを食べる。
「ん、美味しい」
「俺の家に来れば、もっと旨いもんがあるけど」
「何それプロポーズ?」
「馬鹿言うな」
「甘い……」
 リョーマが紅い舌を出して唇についた生クリームを舐めた。跡部の胸が高鳴った。
「間接キスだね」
「……お前、そういうことすらっと言って恥ずかしくないか?」
「全然」
 この帰国子女が。そうは思ったものの、跡部自身も帰国子女なのであった。彼はイギリスの学校にいた。
「食べたら外出ようよ、跡部さん」
 パフェを平らげた後、リョーマに促され跡部は店を出た。
「暖かくなってきたよなー」
 眩しげに空を見上げる。陽光にも風にも何となく爽やかさが伴う。――忍足と会ったのも、こんな日だったなぁ。跡部がつい、追憶に浸る。
「跡部さん、跡部さん」
「――おう」
 去年の春は越前リョーマという少年がこの世にいることすら知らなかったのだ。リョーマはライバルで……友達だ。時々おかしなことを言うが、所謂普通の友人関係を築いて来なかった跡部にとっては、そういうもんなんだと気にならなかった。
 それにしても――リョーマも成長した。
 しなやかについた筋肉。伸びた身長。まだ声変わりは迎えていないのか、アルトがかった声は相変わらずだが。
「何見てんの? エロい目で」
「な……エロいって、んな馬鹿な……! てめーみてぇなガキ……!」
 跡部は狼狽えた。
「いいよ、そんな目で見て欲しかったし」
 やっぱりこいつはおかしいと跡部は思う。
「だって、てめぇ声変わりまだだろ。そんなガキをそんな目で見るかよ」
「――渋いイケボになって跡部さんの耳元で『好きだ』と囁いたら、跡部さん落ちるかな」
「――馬鹿野郎」
 だが、その実、自制心に些か自信のない跡部であった。
「ねぇ、跡部さん、景吾って呼んでいい?」
「ダメだ」
「どうして? 跡部さんだって俺のことリョーマって呼んでるじゃん」
「てめえが呼べつったんだろが」
「そうだったっけ?」
 しれっとリョーマが嘯く。
「日本には長幼の序というしきたりがあるだろうが。年上は敬え」
「年寄りは労われ、の間違いじゃない?」
「――誰が年寄りだ」
 跡部はリョーマを小突こうとしたが、リョーマがそれをかわした。そして、上から目線でこう言った。
「まだまだだね」
「――お前の先輩はつくづく苦労してると思うぞ。お前のことで」
「じゃあ、跡部さんの後輩も跡部さんのことでさぞ苦労してるんでしょうね」
 結局、リョーマの跡部を呼ぶ呼び方は『跡部さん』のままになった。今のリョーマにゴリ押しする気はないらしい。
「一言多いんだよ、てめぇは」
「跡部さんに言われたくないなぁ。口開かなければ美形なのに」
「俺様が美形なのは宇宙の真理だ」
「……宇宙まで引っ張り出してくるとはね」
 リョーマは帽子をずらした。
「――やっぱり手塚を呼ぶべきだったか……」
 跡部のその言葉にリョーマはぴくっと動いた。
「ダメ! それダメ! 手塚先輩は不二先輩とデートっス!」
「アーン? ……あの二人、そんな仲なのか。わかったよ。無粋な真似はしねぇ。今日はお前を呼んで良かった」
 跡部が笑うと、リョーマは少し赤くなったような気がした。
「ずるいっスよ。――突然のデレ」
「何か文句あっか? アーン?」
「そんなんじゃないけど……お願いがあります」
「何だよ」
「恋人繋ぎで――あそこの角まで歩いてください」
 跡部は変な注文だなと思ったが、リョーマは今まで付き合ってくれたので、お礼の意味を込めて「いいぜ」と言って相手の手を取った。
 あったかいな、リョーマの手。思いがけない気持ち良さに跡部は目を細めた。リョーマもどこか嬉しそうだった。

後書き
リョ跡ベースの未来捏造編シリーズです。
跡部様は高校生という設定です。
『君と出会った日』のスピンオフ(?)作品です。いや、本来ならテニプリの主人公はリョーマなんだから『君と出会った日』がスピンオフなのか? そもそもこれは未来を妄想して勝手に書いてるだけではないか?
……まぁいいや。
このシリーズはまだ続きます。宜しければお付き合いください。
2015.11.19

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