リョーガとリョーマ

 時々あのチビのことを考える。
 越前リョーマ。俺の弟だ。
 あのチビと家族と過ごしていた時は、楽しかったな……。
 俺は叔母さんに引き取られたけれども。俺の母が弁護士を立ててきたから。
 リョーマには本当のことは言ってない。俺は、言えなかったんだ。俺が――あいつの異母兄弟だなんて。
 俺だって、当時は本当のことは知らなかった。倫子さんが本当の母だと思っていた。あの人は俺の面倒もよく見てくれたし。
 うん。俺の本当の母親は倫子さんだ。例え、俺がそう思っているだけだとしても。
 そして、テニスを教えてくれた越前南次郎。テニスの世界では知らない人はいない。あの人がいるからこそ、今の俺がある。
 南次郎は俺の父親だ。血の繋がった父親だ。
 リョーマ、俺達さ、ガキの頃、よく遊んだよな。悪さもしたよな。
 そして――ちょっとエッチな本も二人で読んだよな。
 でも、やっぱり一番テニスが楽しかったな。
 お前は真剣勝負にこだわってたけど、俺、騙しちまったな。
 騙すつもりはなかったんだ。大きくなったら真剣勝負しようって俺は思ってたんだ。
 まぁ、チビ助、お前がずっとテニスをやってるのかわからなかったけど――。
 いや、お前がテニスを捨てる訳がない。あんな楽しいことを。しかも、越前南次郎の血を分けた者同士だ。
 テニスをやめる訳がない。
 俺は――お前に会うのを楽しみにしている。
 チビ助。少しは成長したかな。
 今はもう……中学生か。早いもんだな。いくらチビっつったって、やっぱりあの頃から見ると背も伸びただろうな。
 でも、俺の記憶の中ではお前はあの時のチビ助のまんま。
 俺の出自は――もう知ってるかな。俺からは言う気にはなれなかった。やっぱり南次郎は立派な親父だから。
 チビ助もそう思っているだろう。俺はお前の父親像を壊したくない。
 親父も言ってたけど、離れていても、俺とお前は兄弟だ。
 リョーマ……子供の頃はありがとな。
 おかげで俺、充実した子供時代を送れたよ。お前はいい子でさ。
 そんで――真面目だった。いつでも真剣だった。
 テニス、上手くなったかな。
 今度は真剣勝負というヤツ、やろーぜ。
 お前もテニスをしていれば、また会える。
 俺は家を飛び出したけど、あの頃のこと、忘れたことなんてなかったよ。
 俺が思い出すのは、親父と、倫子さんと、そしてリョーマと暮らしていた時のこと。
 あの時が一番――幸せだった。
 今日もまた俺は一人でテニスコートに立つ。
 俺には何にもない。
 いくばくかの金と、ラケットバッグ以外は何にも。
 リョーマは本当の母というものを持っている。俺にもいるようだが――俺も倫子さんの息子に生まれてきたかった。
 倫子さんは俺がオレンジを好きなのを知ってて、だから、オレンジを使ったお菓子を沢山用意してくれた。
 チビ助はいつも目を光らせてたっけな。
 俺はいつもオレンジをかじっていた。オレンジは最高だぜ。甘酸っぱくて爽やかで。
 リョーマもオレンジ、好きだったよな。
 近頃、リョーマのことを思い出すことが多くなった。会える時が近づいて来たからだぜ。きっと。
「リョーマ……」
 俺はがりっと皮ごとオレンジを齧る。中の果汁が飛び散る。
 うん、旨い。
 リョーマ、日本はどうだったい? 風の便りでアメリカに来たって言ってたけど。また日本に戻っちまったようだな。
 ま、いつかは俺はお前と会える。血が呼ぶんだもんな。
 最高のテニスプレーヤーの血が。

 そして――。
 俺は日本に来た。ぶらぶらしているところを拾われたのだ。
 チビ助に会えるかな。そんな期待もなくもなかった。けれど――。
 リョーマは俺のことを覚えていなかった……。
 薄情なヤツ~。
 まぁ、子供の頃の記憶なんてそんなもんだ。
 初めてお前に会う時、俺はガチガチに緊張していた。リョーマはいい弟でほっとした。
 けれど、お兄様を忘れるなんて許せねぇぜ。
 俺は久しぶりに親父に電話した。
 リョーマにも事情はあったらしい。何でも、軽井沢で記憶喪失になったとか。記憶喪失って……どんな生活をしてたんだ。リョーマのヤツ。
 それにしても、せっかく慰めてやろうと思ったのに、覚えてねぇとはなぁ……兄さん、がっかりだぜ。
 でも、リョーマはチビはチビなりに育っていた。まだまだガキだけどな。
 そしたら、俺がお前の前から消えた訳を聞かせてやる。俺との真剣勝負に勝てたらな。
 リョーマ……成長したお前と会えて嬉しかったよ。
 生意気そうなところは相変わらずだったけどな。男はそれでいい。負けん気が強いくらいがちょうどいい。
(兄ちゃん……)
 チビ助が子供の時の、ボーイソプラノの声を思い出す。
 俺がお前を忘れてたって、俺はずっとお前の兄貴だと思っていたよ。
 いつか教えてくれねぇか? お前が日本でどんな活躍をしたか。どんな仲間と巡り合ったか。
 いや――テニスに言葉はいらねぇ。
 いつか親父が言ってた台詞だ。
 確かにテニスに言葉はいらなかった。でも、俺はふざけてばかりいて――チビ助と本気で戦うことをしなかった。あの頃のチビ助は弱かったし、それに――真剣にやって負けたらかっこわりぃじゃねぇか。
 こう見えても俺はカッコつけなんだよ。
 クラスメート達も俺のこと、
「お前、結構かっこつけてるよな。テニスでも、普通の生活でも」
 と、言ってたからな。
 連れションへの誘いだってかっこいいとか言われてるもんな。
 だから、俺はモテた。でも、女も好きだけど、やっぱりテニスが一番だよな。
 チビ助も可愛かったから、女の子にキャーキャー言われてたな。俺と遊んでいる方が楽しそうな笑顔見せてたけど。
 チビ助。お前、かっこよくなったな。女が放っておかねぇだろ。
 彼女くらいいるんだろ? ん?
 そのうち、その辺のことも聞かせてくれよな。ま、関係結ぶにゃまだはえぇけどな。俺の方が早熟だったし。
 DVD観たけど、お前、上手くなったよな。
 お前の通っている中学――青春学園だっけ? 親父の母校さ。
 あの学校、全国大会で優勝したんだって? やるじゃん。お前の活躍もあったんだろ?
 でも、お兄様の目から見たら、お前はまだまだだぜ。やっとスタートラインに立ったばかりだ。
 俺は、まだ、お前に負ける訳にはいかねぇんだよ。
 でも、やっぱりテニス続けてたって知って嬉しいぜ。お兄様としては。
 子供の頃、お前は負けても負けても勝負を挑んで来たっけな。俺としちゃ、適当に相手してやったけど――チビ助はそれでも諦めなかったもんな。
 そんで、今もやっぱり、あの時のままなんだろうな。
 俺の時間は止まっていた。お前に再会するまで。お前と会って――時が動き出した。
 俺を救ってくれたのはお前だ。
 子供の時も、そして今も――。
 リョーマ。お前みたいな弟がいて、俺は自慢に思う。
 越前リョーマ。お前は俺の弟なんだぜ――そう言って日本中を駆け回りたい。カッコ悪いからやんねぇけど。
 面構えも逞しくなったじゃねぇか。もう少しすれば、俺のようにいい男になるぜ。俺よりもいい男になるかもな。――いや、それはねぇか。やっぱり俺の方がかっこいいに決まってる。
 だからさ――チビ助。テニスでは俺を打ち負かす程強くなってみせろよ。
 ――チビ助は真剣勝負と言うワードで俺を思い出したらしかった。
 やっぱりテニスで語り合う他ねぇんだよ。俺とお前は。そう言う運命なんだ。
 俺にとってはテニスしかなかったんだ。お前もそうだろう? 目的も手段もテニス。テニスがなけりゃ、生ける屍みたいなもんよ。俺達兄弟は。
 さぁ、始めようぜ。真剣勝負。

後書き
2020年5月のweb拍手お礼画面過去ログです。
ちょっと描写不足かな、と思ったところもあったんですけど……。まぁ、余白を読んでください(笑)。
リョガリョ。でも、リョーガにはリョーマのいいお兄さんであってくれると嬉しいな。
後、リョーガの境遇は私が考えました。母が、「リョーガってリョーマと母親違うんじゃないの?」と言っていたので。
それにしても、リョーガの一人称とは言え、リョーガの名前が本文中に出て来ないとは……!
2020.06.02

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