俺様嫌われ中番外編 ~跡部景吾への恋歌~

 跡部景吾。
 その名前の響きには、慕わしい甘さと、甘酢っぱい恥ずかしさとを思い起こさせる。
 きっかけは、父親の一言だった。
(正則。氷帝学園へ見学に行ってみないか?)
 親父が言うので仕方なくその学校へ行ってみた。
 俺の名は八束正則。海外から日本の学校へ行くことになった。
 まさか、八束グループの未来のリーダーが青春学園でもないだろうと言うことで、氷帝学園に通うことになると思った。一応編入試験も受けるが、親父は氷帝に多額の寄付をしてある。ほぼ決まりそうだった。
 俺は親父といろいろ回っていたが、故意に親父達を置いて勝手に散策し始めた。
「きゃー、跡部様よ!」
「氷帝、氷帝!」
 ――ん、何だ? 騒がしいな。
 そう思って俺はテニスコートを人垣の間から覗く。そこで、出会ってしまった。跡部景吾に。
「俺様の美技に酔いなー!」
 何だか訳のわからない迫力があった。それに、鍛え上げらた無駄のない体つきに俺も滅多に見ない美貌。日本人にこんな美しいヤツがいるなんて――。
 俺はテニスにはあまり興味がない。昔は好きだったが、親が忙しくなって相手にしてもらえなくなった為、やめてしまった。――その頃の思い出を俺は封印していた。
 習い事はいっぱいしていたのだから、テニススクールにも入ってみるかと母に訊かれたが、そこまでの熱意はなかった。
 ――しかし、この男は欲しい、と思った。男子からも女子からも人気があるであろう。
 俺は――酔ってしまった。跡部景吾の美技に。
 けれど、テニス部に入ると言う選択肢はなかった。俺は勉強でもスポーツでも、何でも一番でありたかった。俺は、自分が通っていた学校では一番優秀で、一番スポーツが得意だった。
 その俺も、跡部には敵わない。本能的にわかった。
 気安く跡部の名を呼んで笑っている部員にも嫉妬を感じた。
 俺は跡部が帰ってしまってからも、じっとその場に立ちすくんだままだった。

「転校生の八束正則君だ。皆、仲良くするように」
 氷帝の生徒は皆揃って、「はい」と答えた。
 さてと、まずは仲間作りからだな。――このクラスには跡部がいる。これは嬉しい偶然だった。
「よぉ。八束でいいか?」
 跡部は気さくに声をかけて来た。俺も彼のおかげで気分良く過ごすことが出来た。――ほんのしばらくの間は、だが。
 跡部に群がる生徒がうざい。
 ――そう感じるようになったのはいつのことだろう。俺はそいつらとも表面上は仲良くしていたが、正直辛かった。
 そこで俺は能力を発揮することになる。
 俺には妙な才能があった。ルーマー・ポリティクスの才能だ。前の学校でサッカー部のキャプテンの評判をじわじわと落とし、自分がキャプテンになったこともある。
 この才能は親譲りだと思う。
 跡部のような圧倒的なカリスマはないが、この才能で俺はのしあがって来たのだ。
 跡部にもこの才能は有効だろうか。俺は考えた。俺の力をもってすれば、跡部の周りの人間を追い払うことは可能だ。
 俺は早速跡部の取り巻きに近付いた。そして、様々なことを聞き出した。
 跡部は俺を頼るようになった。俺を信じてのことではない。そんなことわかってる。俺の能力を買っていたのだ。
 だが、俺は跡部に恋をしていた。
 跡部は思った以上に優秀だった。テニスは全国区クラス。勉強はいつもトップだった。
 まずは反跡部派を手なずけた。跡部はああ言うたちだ。反感を持っている者も多い。俺の人気は高かったので、向こうから近付いて来た、と言う事情もあった。
 自分からは何もせず、跡部の悪口に一旦は頷くふりをしながら、
「でも……」
 と、お前らこのままじゃ跡部に歯が立たないぞ、と言うことを言外に匂わせる。他にも様々なテクニックを駆使した。親跡部派にも跡部に対する疑心を植え付けた。
 けれど、その時はあまり表立って行動することはなかった。親跡部派にも反跡部派にも、俺の子分を作った。他の学校にも。その子分が噂を広める。
 持ち上げて、その上で跡部の評判を落とす。これだけで数ヶ月もかかってしまった。
 しかし、苦労はした。跡部はあの通りの性格だからだ。あけすけで、堂々としている。黒い噂もない。反跡部派の人間だって彼のことは一応認めている。だから反感を持つのだ。況してや、一般の生徒に、彼へ疑いの目を向けさせるのは至難の業だった。
 ――だが、やがて時が来た。
 跡部景吾を失脚させる。
 その後、甘い言葉で誘惑して、跡部を俺の物にする。
 俺はキングの座などどうでも良かった。跡部がキングであることに固執した為、それを俺が奪ってやろうとしたのだ。
 どうせテニスでは負けるだろうが勉強では跡部と競えるほど、俺は成績が良かった。教師達からの判定も芳しかった。
 徐々に跡部は孤立していった。一部の者を除いて。その中に、邪魔な氷帝テニス部の元レギュラー陣もいた。
 この頃から、俺は前に出て行くようになった。敵でもいい。跡部に俺の存在を知らせる為に。
 苦労が実を結んだと言うのに、俺は虚しくなった。跡部様、跡部様言ってても、お前らの信頼はその程度かと。
 跡部もこゆるぎもしない態度に見えたが、結構堪えていたらしい。
 ある時点を超えてからは、跡部に対する反発がどどっと噴出した。
 だが、跡部は物思いに耽ることは多くなって来たものの、俺に靡くことはなかった。まだその時期ではない、と俺も思っていたのだ。
 俺は頻繁に跡部に接触するようになった。跡部を愛したい。だけど、跡部の顔を見るとむかつくので、嫌がらせを多々していた。その時の跡部の表情は俺を昂ぶらせた。
 跡部の傍に、テニス部の元レギュラーが侍っていることも多くなった。跡部を護る為だと言う。
 俺は跡部の耳元で、『壊してやる……』と囁いた。俺も狂気に陥っていたのだろう。
 しかし、それも終わりの日がやってくる。

 ――親父が逮捕された。俺の周りの環境は一転した。
 その日、俺はクラスメートから暴力を振るわれていた。
 それを助けたのは、何と跡部だった。
 跡部……。
 跡部は一人残らず助けるつもりだったらしい。この俺でさえも。キングは一人の民草もおざなりにしない。敵対しようとしたこの俺でさえも。
 どうしてだ? 跡部は俺を憎んでいたはず。俺だったらこの機に乗じて跡部を攻撃し――跡部を自分の物にしようとしただろう。
 ああ、この男は、本当のキングなんだ。俺ですら全く相手にならない――。
 青学の越前リョーマもこの男に好意を持っているらしい。俺の子分が調べ上げた。
 氷帝の学生があんなにお前に熱狂するの、わかる気がするぜ、跡部。
 跡部はテニスに俺を誘ってくれた。
 こいつは馬鹿だ。
 俺のしてきたことを許してしまう馬鹿。性的嫌がらせも含めた嫌がらせをあげつらわない馬鹿。――テニスが世界共通言語と信じて疑わない馬鹿。
 こんな馬鹿に惚れた俺も馬鹿だ……。
 そして、跡部に惚れた自分を誇らしく思った。
 俺も、まるっきりのあきめくらじゃなかったのだな。
 いろんな感情が混ざり合って、俺は声を立てずに涙の滴をこぼしながら、眠りに落ちて行った……。まるで、子供に戻ったかのように。

 跡部、お前は最高の俺の友達だよ。俺が友達じゃ……嫌か?
 ――嫌だろうな。俺が跡部の立場だったら嫌だ。こんな、いつ裏切るかもわからんヤツ。
 ああ、でも、俺に裏切られても、跡部は露ほども感じないんだろうな。
 あいつを俺の物にしたかった。俺にない物を持っているから。
 俺はテナンだ。憎しみの貌であいつを愛していた。
 美しいからだけじゃない。魅入ってしまったからじゃない。
 跡部は……本気で俺と向き合いたいと望んでくれたんだ。
 テニスか……。
 昔、やったきりだったからどこまでできるかわからないけれど。同じ人間だ。できないことはないはずだ。
 跡部に負けても、それはそれでいい。俺は、テニスが好きになれそうな気がした。
 コーチのチビ――越前リョーマは生意気で気に入らないけど。実力があったにしても。
 久々のテニスで汗を流し、何となくいい気分でタオルで顔を拭いていると――。
「ほら」
 越前が冷えたPontaを渡した。ちょうどいい。喉が渇いていたところだったんだ。でも、こう言う時はスポーツドリンクじゃないか?
「越前君。――ありがと」
「おうおう、しおらしいじゃねぇの。八束」
 うるさいな。跡部のヤツ。
「跡部さんがさ――八束さんのことも友達だって言うから……」
 友達か……。越前に対する嘘だったとしても嬉しかった。俺も友達だと思っていたからかな。
 越前はテニスラケットで缶を打ってゴミ箱の中に入れた。俺も真似をした。大きなゴミ箱だったからか、案外簡単に入った。
 俺は自分が楽しさを味わっていることに気が付いた。そうなんだ。これが楽しさなんだ。――テニスも捨てたもんじゃないな。そして、改めてテニスに出会わせてくれた跡部。あの時恋に落ちたのは、お前があんまり美しかったから――でも、きっと俺にもそうなれる可能性があったからなんだろうな。

後書き
跡部様嫌われ、番外編です。今回はモブキャラの八束正則が主人公です。ちょっとBL入ってます。 でも、テニスをすればみんな友達なのさ~。 野球でもサッカーでもバスケでも……スポーツは国境も越えます。まぁ、母の受け売りなんですが(笑)。
八束はそんなに嫌いではないキャラです。私の中にも八束みたいなところはあるし。 皆様、読んでくださってありがとうございます。
2016.12.6

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