由美子姉さんのラズベリーパイ

「裕太元気にしてるかしら……」
 由美子姉さんがほぉっと溜息を吐く。まぁ、由美子姉さんは占い師なんだから占えばわかるのだろうけど、そういう問題じゃない。
 裕太はこの不二家の末っ子だ。僕達は皆で裕太を可愛がっている。僕にはブラコンの気もあるらしい。
 由美子姉さんも裕太のこと気にかけているけど、裕太は姉さんのことが苦手だもんなぁ……。そのことも由美子姉さんはお見通しな訳だが。
「周助、ルドルフに電話した?」
「したよ」
「どうだった?」
「皆で楽しくやっているみたいだよ」
 裕太と話していたら、受話器を弟から奪ったのか観月が出てきたんで、ムカついて切っちゃったんだけど。
 裕太は僕達の可愛い弟だ。
 ――そんな弟が観月に懐いているのは腹立たしいけれども仕様がない。でも、僕にだって嫌いなものは嫌いと言う資格がある訳で――。
 観月はじめは嫌いと言うより苦手かな。裕太が由美子姉さんを苦手に思っているのとは別の意味で。
 でも、裕太は由美子姉さんが焼くラズベリーパイは大好物なんだ。
 甘党だからね。裕太は。辛党の僕と違って。
 僕も由美子姉さんのラズベリーパイは好きだ。
「今度裕太に言ってあげたら? ラズベリーパイ作って待ってるよって」
 ごめんね、姉さん。こんな当たり障りのないアドバイスしか出来なくて。
「そうね。それが楽しみで裕太も帰って来てくれるものね」
 由美子姉さんは立ち直ったようだ。
「裕太が帰って来た時には特大のラズベリーパイを焼くわね。周助、その時はあなたも手伝って」
「はいはい」
 僕もつられて笑顔になる。裕太が喜ぶのは嬉しいことだ。
 でも、裕太は何で由美子姉さんのことが苦手なのだろう……。
 僕だったら、まぁ、わかる気はする。同性だし、ライバルだし。
 由美子姉さんはこんなに美人で気立ても良くて優しいのに……裕太のことに関しては、由美子姉さんもちょっと自信失いかけてんだ。
 あまりにも素敵で女らしいところが苦手なのかなぁ……。
 そりゃ、由美子姉さんはちょっと魔女みたいなところがあるけど。僕だって陰では魔王と言われているし(越前から聞いた)。
 でも、占い師ってどこかエキセントリックというか、そんなものじゃないかな。
 裕太は一本気で、妖しいところなどひとつもない。だから、僕らは裕太に惹かれるんだ。
 今でも裕太は僕には心を開いてくれる。テニスのおかげだろう。僕も、裕太のことは全身で護りたいと思う。
 今では、僕にも裕太の他に護りたい者が出来ちゃったけど。
 手塚……。
 僕は心の中で想い人の顔を浮かべる。僕なんかが護らなくったって、手塚は充分強いけど、それでも弱気になることぐらい、あると思うんだ。
 ――閑話休題。
 裕太を傷つける者は、男でも女でも許さない。
 裕太もいずれ恋をするだろう。由美子姉さんの占いによれば、裕太には既に心惹かれる人がいるみたいだ。
 あ、だから苦手なのかなぁ。裕太は。由美子姉さんのこと。――占いで何でも見透かされる訳だから。
 僕は嫌じゃないけどね。なるほど。そんな考え方もあるんだって思う。
 前述の手塚は占いは超心理学だと言ってたけど、どういう意味だろう……。
 裕太が僕達の他に心を開いている人物。それは僕には観月はじめしか思い浮かばない。
 ……あの男に裕太を取られるのは、何か嫌だな。
「姉さん。裕太のことだけど、占ってあげてみてよ」
「そうね……学校で虐められていないかそのうち占ってみようかしら」
「裕太は虐められる心配はないよ。いい子なんだし」
「それもそうね……でも、裕太が嫌がるから、私に出来ることはラズベリーパイを焼くことぐらいかしら」
 由美子姉さんのラズベリーパイ。サックサクのほっこほこ。
 焼きたてのそれを食べれば、二度と他のラズベリーパイを食べたくなくなるくらい、美味しい。
 僕達はいい姉を持って幸せだ。
 甘い甘いラズベリーパイの誘惑。これには流石の裕太も敵うまい。
 裕太はそれを唇の端に食べかすつけながらせっせと食べるんだ。冷めないうちに。僕達はいつもそれを見守っている。今は裕太はルドルフの寮だけど、帰ってくればね。
「姉さん」
「なぁに?」
「――いつもありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
 裕太はきっと反抗期なのだろう。小学生の頃は、美人の姉を友達に自慢していたくせに。
 もっと子供の頃なんて、
「ゆみこ、おねえちゃん、しゅうすけ、おにいちゃん」
 と、小さな紅葉の葉っぱのような手を広げて、僕達を追いかけていたのにね。
 子供の成長するのは早いものだ。僕だって、今では中学三年生だ。つまり、裕太よりひとつ年上だ。僕達は年子なのだ。
「それにしても、急に改まっちゃってどうしたの?」
「父さんも母さんも、由美子姉さんも裕太も――大事な家族だからね」
「周助。あなたも家族思いね」
「姉さんこそ」
「お礼にラズベリーパイ焼いてあげましょうか?」
「いいよ。――裕太が帰って来た時で」
「あら、遠慮しなくていいのに。材料なら揃ってるわよ」
「姉さん……」
 僕は姉さんのラズベリーパイは好きだけど、裕太程ではない。裕太なんか、姉さんの焼くラズベリーパイには夢中なんだ。僕には、ラズベリーパイにはそれ程の執着はない。由美子姉さん、それを知ってて――。
 やっぱり占い師だけのことはあるな。僕のことなんかすっかりお見通しで、冗談を言ったり揶揄ったりする。
「周助。あなたにも恋人が出来たら、とっておきのラズベリーパイ焼いてあげるわよ」
 あんなに美味しいラズベリーパイを焼くくせに、由美子姉さんは他の料理は苦手なんだ。――僕も味覚が変だと言われるけど。
 裕太。皆、君が帰ってくるのを待ってるよ。
 本当は青学に戻って来て欲しいんだけどね。ルドルフなんか辞めて。あそこには観月はじめなんて人もいるし。
 僕が観月にケチをつけると、
「そうじゃない! 観月さんはそんな人じゃない! あの人はもう、生まれ変わったんだ」
 と、必死になって弁護するから、僕としては観月が裕太の意中の人なんじゃないかって、つい勘ぐってしまう。
 由美子姉さんも、
「裕太、大丈夫かしら……」
 と、心配していた。そんなことを思い出していたら、僕も心配になってきた。
 けれど、裕太は可哀想だ。この家にいれば、由美子姉さんのラズベリーパイをきっちり三時のおやつに食べられるのに。
 ――やっぱり裕太は由美子姉さんがそんなに苦手なのだろうか。それに……僕のことも。
 この間、僕が思い出し笑いをしていたら、
「何笑ってんだ? 兄貴。……気持ち悪い」
 と言っていた。昔はあんなに可愛かったのに。声なんて女の子みたいでさ。
 でも、憎まれ口を叩かれても、裕太は今でも大事な可愛い弟だ。由美子姉さんにとってもそうなのだろう。
 いつか母に言われたことがある。
「あなた達は二人して、裕太を甘やかしてるわね」
 ――と。
 裕太は今は反抗期なんだ。だから憎まれ口も叩くし、家族から離れようとだってしたりする。
 もうちょっとすれば、しみじみと話をする機会もあるのだろうけれど。
 でも、由美子姉さんのラズベリーパイには反抗できないようだ。
 いずれ、食卓を囲んで家族でそのラズベリーパイを食べながら、お互いの学校の話をできるといいな。それから、由美子姉さんのことも受け入れてあげてよね。裕太。
 いや、裕太は由美子姉さんに反発はしていないんだった。異性として意識するから苦手な訳で――。
 あれ? 僕は矛盾したことを考えてしまったかな。裕太は由美子姉さんが占い師で何でも占って解決するのにもうさん臭さを感じているのかな? それとも――。
「姉さん、前から言おうとしてたんだけど、姉さんちょっと化粧濃いんじゃ……」
「まぁ、失礼ね。そんな生意気言うなら、周助にはラズベリーパイ焼いてあげないわよ」
 ――う。僕も由美子姉さんのラズベリーパイは好きなんだけどな。あくまで『由美子姉さんの』とが付く。
「それとも、周助の弱点でも占ってあげましょうか?」
「――ごめんなさい」
 占ってもらうのは別段構わないけれど、弱味を握られることになるのか――。裕太。やっぱり君は正しいよ。由美子姉さんはいい性格をしている。普段は優しいけれどね。

後書き
由美子姉さんのラズベリーパイ、私も食べてみたいです。
裕太クンは可愛いと思います。
由美子姉さんはアニメにはちゃんと顔が映っているようですね。美人さんです。
2017.1.29

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