押し殺された恋心

 はぁ~。疲れた~。それもこれも跡部の決めた練習メニューがキツ過ぎるせいや。
 いや、メニュー自体はそんな大したもんやあらへん。ただ……。
 練習中の跡部は目に毒やねん。きらめく汗。その可愛い口から飛び出す美声。嬉しそうなガッツポーズ、綺麗なドヤ顔……。
 あー、このまんま寝ろやなんて神様も何て殺生なんや……。
「腹心の友……か」
 つまらん約束してしもうたなぁ。俺は樺地の顔を思い返す。樺地が抜け駆けしないのに、俺だけ跡部に想いを告げるわけにもいかない。跡部は跡部で斜め上にかっとんだヤツやしなぁ……。
 樺地ももっとズルいヤツなら良かったんや。でも、あいつは忠誠心が服着て歩いているヤツやもんなぁ……。他にもライバルは多いし。
 一度は降りた勝負やけど……これって逃げやろか。もう一度リターンマッチできへんやろか。
 俺は跡部を欲しい。
 あの顔を、あの姿を見る度に心が震える……。
 声だけは無駄にエロいとダチに言われてきたから(全く、なんつーダチどもだ)耳元で囁いたらころっと落ちないやろか。……無理やろな。
 ふー、俺も優柔不断つーか、恋に臆病なんやな。今初めて知ったわ。
 樺地は友人や。あいつも跡部が好きや。俺が抜け駆けしても――あいつやったら許すやろな。
 だから出し抜けへん。いっそのこと樺地が越前みたいなガキやったら話はもっと簡単だったはずや。それに――跡部が好きなのは樺地や。あの顔が、あの姿があの声が、全部樺地のものやと思うと……。
 今日も俺は眼鏡を外す。鏡の中の俺は泣きそうな顔をしていた。全く……なんちゅー顔しとんのや、俺。
 俺は気が小さい。ここまで脱落せずに読んでくれとるヤツにはわかるやろけど。眼鏡だって伊達眼鏡だ。この眼鏡をかけていないと俺という気がせぇへん。
 この眼鏡を外してくれんのが跡部やったら……。
 あかん。俺の体の一部分が反応しよってる。跡部……。
 ――その時、電話が鳴った。
「よぉ、忍足」
 跡部が受話器の向こうで言った。なーんの悩みもなさそうな声。俺は跡部のことが一瞬憎うなった。
 でも、嬉しくないわけではないので。
「跡部……」
 と、返してやった。
「元気ねぇな。おい、恋か」
「まさか」
「だよなぁ。それだったら俺が気付かないわけがない」
 気付かないから困るんや。インサイトでも俺の恋心は見抜けんらしい。
 押し殺された恋心。生まれることを拒まれた恋心。殺しても殺しても生まれる恋心。
 このままで俺は跡部と話すんか? 蛇の生殺しやん。
「忍足、今日の練習な……」
 電話越しに跡部の唇が動く――のがわかるような気がする。ああ、もう悶えまくりや、俺……。このまんまや変態まっしぐらや。
「なぁ、聞いてんのか、忍足……」
 俺の声も無駄にエロいかもしらんが、跡部の声も充分エロい。腰にクる声や。
「聞いてないんならこれ以上話すのも無駄だな」
「い、いや……ちゃんと聞くで」
「明日、青学との練習試合があるだろ?」
 …………。
 忘れとったぁぁぁぁぁぁ!!!
 何や、俺、素でボケとったわ。どうかしとるわ。
「――忘れてたのか」
「すまん」
「いや、それでこそいつものお前だ」
 俺、跡部の中でどんな評価下されとんのやろ……。勿論、ボケやろな。跡部なりの。全然うまないけど。つか、地味に凹むんやけど。
「どうした、忍足。今のは冗談――」
「そか。冗談か」
 なら、俺も冗談言ってもいいかな。
「俺が練習試合の相手に勝ったら――ほっぺにちゅーしてもらおか?」
 そんで、その後跡部が怒るやろ? そしたらうっそぴょーん、というつもりやったんや。
 ――イヤな沈黙が流れる。
 ほら、跡部、はよ怒りぃな。ついツッコミ待ちしてまうやんか。関西人の悲しい性や。
「――わかった」
 えええええ?! わかったって、ええんかいな。いや、顔がニヤけてしまうんやけど。
「本当にわかっとんのか?」
「ああ。イギリスでは珍しいことじゃなかったしな。俺も乳母にされてたし」
 流石は跡部。死角はなかったか――!
「ホンマやで、ホンマやで!」
 もう目的がズレとるような気もするけど、俺は百パー乗り気になった。
 そして当日――。
 俺はものすごく練習試合に遅れてしもた。昨夜は全然寝付けなくて。眠りについたのは朝方で、寝過ごしたせいや。オカンによれば、いくら起こしても起きなかったらしい。
 俺は跡部から祝福のキスではなく懲罰のビンタをもらった。
 まぁ、基本やな。この話の流れは。
 それにしても俺、外してはいけないとこで外したんちゃう?
 宍戸にも、
「跡部さんにしばらく話しかけない方がいいよ」
 と言われたしな。けど、そういうわけにもいかんやろ。
 でも、俺、ほっとしとるんや。
 跡部にほっぺにちゅーなんてされたら、俺、死ぬんとちゃう?
 つーか、越前に殺されるて。
 越前リョーマ……こいつも跡部のことが好きや。俺、まだ死ぬのは嫌や。花の中学生。勉強に友達づきあいに恋に部活にといろいろ楽しいことがあるのに。
 越前がニヤニヤしてんのは俺が跡部に思いっきり怒られたのを見られたからやな。
「――たく、たるんでるぜ。忍足」
「面目ない」
 確かに悪いのは自分やからな。自爆してもうた――俺が一番嫌うはずの展開や。
「貴様のその腑抜けた態度にはお仕置きが必要のようだな。乾」
 他校生を呼び捨てにするんはどうなのかと思うんやが。――でも、俺も他校の連中呼び捨てにしとるしな。それに跡部は王様やし。しかも、皆に祝福されるではなく、傷ついて尚もがく、傷だらけの王様……Sの越前に火ぃ点くわけや。
 それでも王様には変わりない。俺様属性の癖に跡部には生まれ持った気品がある。
 それが、俺も跡部に惹かれる理由のひとつや。……ん? 跡部に惹かれる理由はいくつあるかって? 数えたことはないけど、千はあるんちゃうか?
 こうしてのんびり喋っとるけど、俺は今、とってもピンチらしい。せや。俺の野生の勘が告げとる。乾貞治、この男は危険やと。
 乾が逆光の中からぬっと現れる。いつぞやの不気味な液体を漲らせたコップを持って。その液体の色は例えると――藻の色? しかも、川底のきったない藻の色や。
「これを飲むんだ」
 乾が不気味な汁を近づける。うわっ、何やこの臭い。納豆に似とる。それにどやって運んで来たんや。
「さぁ、飲め」
 跡部が勧める。この野郎――後で仕返ししたる。……何をどうすればいいか咄嗟には思いつかんが、絶対仕返ししたる。浪速の人間は大人しゅう引き下がらんのが常やで。
「俺も飲んだっスよ」
 なっ……越前もか。そういうことなら引っ込みもつかんなぁ……。因みに跡部も飲んだことがある。それはこの目でよう見とった。
「結構美味しかったよ」
 不二がニコニコ笑う。いっつも笑うとるけれど、何考えてるか分からん分だけ手塚や跡部より不気味や。
「忍足、ここは我慢してくれないか。跡部に頼まれたんだ。――忍足には普通の手段は通じないと」
 手塚が言う。――通じますから普通の手段にしてください! ……あかん。つい東京訛りになってもうたわ。こっちにいて長いしなぁ。
 えい、わても男や。ここはひとつ腹据えようやないの。
 俺は乾汁(そう呼ばれているそうだ)を一気に飲んだ。
「うっ……」
 俺は猛スピードでトイレへと駆け込んだ。
 越前もやけど――跡部も血も涙もない男やんなぁ。何であないな男に惚れたんやろ……俺。
 やっぱ顔か? いや、顔だけやあらへんけど……。俺は跡部を支えたい。
 けれど、滅茶苦茶に傷つけたい気持ちも確かにあって……。俺もサド気質やからな。
 しかし、こないなマズイジュース作る乾も相当なサドやな……間違いあらへん。きっと楽しみながらこれ作っとるんやで。
 帰ってきた俺に待っていたのは、どうだ、マズ過ぎて悩みも吹っ飛んだろ、と言う跡部の台詞やった。跡部なりに気にかけてくれとんのか? 例えフリだけだとしても。
 ああ、だから――俺は跡部から離れられへんのや。

後書き
忍→跡です。
この頃はまだ全体的にはリョ跡にしようか樺跡にしようか迷っていた頃です。……どっちも書きたいかな。
書き溜めた小説はリョ跡シリーズっぽくなってきてるけど。
乾汁って美味しいのかな。美味しいという人もいるみたいだけど。不二先輩以外にも。
2015.8.21

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