俺様の愛した男
「何だ、てめーら、だらっとして」
テニス部のキャプテンだった跡部景吾が部員の忍足侑士と向日岳人に呆れていた。跡部も忍足達も三年なのでもうテニス部は引退しているのだが。先生も後輩も彼らが部室に集っていても見て見ぬふりをしている。彼らあっての氷帝テニス部だったのだから。
「今日の授業、しんどかったんやもん。あの先公ええ人なんやけど話が長いのが玉に瑕やな」
と、忍足。
「向日は?」
「侑士に付き合ってだらっとしてる」
「ったく、どいつもこいつも」
因みに芥川慈郎が寝ているのはいつものことなので跡部は敢えて触れない。彼もまた引退している。
「――ウス。遅くなりました」
「おお、樺地か。少しの遅刻なんて気にならねぇよ」
――樺地崇弘は首を傾げた。彼は今度三年になるので、鳳達と力を合わせてテニス部を引っ張って行く立場になる。新部長は日吉若だが。
「済まながる必要はねぇからな、樺地。忍足や向日に比べればマシだ」
「ちょっ、跡部! 俺達を比較対象にすんなや」
「そうだぜ。クソクソ跡部!」
忍足と向日の反論に跡部がはーっと溜息を吐いた。
「樺地、お前だったら俺様の苦労、わかるだろ?」
「――ウス」
「あー、樺地、そっちにつく気か?」
「無駄だぜ、侑士。樺地はいつだって跡部の味方だ」
「――ウス」
うっせーなー、もう。――静かにして欲しいと跡部が願っていると。電話が鳴った。跡部が受話器を取る。
「はい、もしもし」
『もしもし。岬だけど』
「おー、公平か!」
口調ががらりと変わって明るくなるのが跡部自身わかる。
「誰だ? 公平って」
向日がこっそり忍足に訊く。
「岬公平や。青学に通っている跡部の数少ない友人や」
「数少ないは余計だ。――久しぶりじゃねぇか」
跡部は忍足を軽く睨むと電話に戻った。
『跡部――青学の噂について知ってるか?』
「あーん? 噂? わりぃが俺様は忙しいんだ。噂なんぞにかかずらっている暇はない」
『――越前のことなんだけど』
越前とは、越前リョーマのことであろう。自他共に認める跡部のライバルである。尤も、相手はライバル以外としての目でも跡部を見ているらしいのだが――。
「あいつがどうかしたのか?」
『俺もデマだと思うんだけど――女子マネージャーがこの時期入ってきたのは知ってるか?』
「ああ。随分中途半端な時期に入ってきたもんだと思ってたけど」
『そのマネージャーがさ――越前に乱暴されたって』
「何だって?! てめぇまさか本気で越前がんな馬鹿なことをしたと信じている訳じゃねぇだろうな!」
『だからデマじゃないかと。因みにテニス部員は全員そんな噂は信じていない』
「当たり前だ! 越前がそんな非道なことをするか! 越前リョーマは俺様の愛した男だ!」
するっと舌が滑ってしまった。
今、俺は、何と――? 俺様の愛した男? リョーマがか?
俺は今、『俺様の見込んだ男』って言うところだったんだ。それが、愛した男、だと――。
忍足がわぁっと泣き真似をした。
「ひどいやん、景ちゃん。俺という者がありながら!」
「げっ、侑士跡部狙いだったのか。引くなぁ……」
向日が眉間に皺を寄せる。
「ああ。すまん。ちょっと電話切ってもいいか公平」
『――わかった』
「越前には言うなよ」
『おう』
公平がくすっと笑ったような気がした。
でも、やっぱりこいつは言うんだろうな。昔からそういうヤツだからな。
跡部は岬公平の性格を掴んでいた。
取り敢えず電話を切る。
「跡部さん――」
樺地がぼそっと呟く。
そうだ。俺様には樺地がいる。それなのに――。
「ああ。今のは――リョーマが俺の愛した男って言うのは……」
「――ウス。わかってます」
「樺地……」
「きっと、越前さんも喜んでくれると思います」
樺地は草食恐竜のような優しい瞳で包み込んでくれる。
「俺も、祝福します」
「樺地……あ、でも、お前のことも愛してるからな」
跡部は動揺しながら言う。
「ウス。わかってます」
「樺地ー!!」
跡部は樺地に抱き着いた。一度目の「ウス、わかってます」と二度目の同じ台詞ではニュアンスが僅かに違うのは跡部にはわかる。
「あー、馬鹿馬鹿しい馬鹿馬鹿しい」
向日がテニス部の部室を出ようとする。
「そうやな。俺らいない方がええやろ」
「でも、跡部って越前と樺地のどっちが好きなんだ?」
「さぁなぁ。俺にもようわからんて」
季節は廻り、冬も近くなって来たある日、岬公平から電話があった。
『跡部、ごめん』
「――んだよ」
『越前に言っちまった。あのこと』
「あのこと?」
『越前なぁ、すっげぇ喜んでた。お前が『リョーマは俺様の愛した男』だと言ったこと聞いて」
あー、やっぱり伝わってたか。
「あ、あれはつい舌が滑ってだな――」
『それは越前本人に言うことだね。まぁ、俺も悪かったんだけど――ああ、わかった、今代わるよ』
「あ、もしもし、公平? もしもし?」
『跡部さん!』
聞こえてきたの公平の声ではなく、息を切らせたリョーマのそれ。ああ、嫌な予感……。
『跡部さん、俺のこと跡部さんが愛した男って言ったんだって?』
「あ、ああ――でも、あれは……?」
『俺、嬉しいっス! 例え冗談でも愛していると言ってくれて!』
跡部はずるずると豹の毛皮を敷いたソファーからずり落ちそうになった。
『でも、本当だったらもっと嬉しいっス。本当はどう思ってるんスか? 俺のこと』
「あーん?」
覚えてろよ公平! ――跡部は心の中で数少ない友人に毒づく。
リョーマに質問責めにされて跡部はすっかり疲れてしまった。
電話が終わると、跡部は気分転換にテニスコートへと向かった。
何だかテニスコートに立つのも久しぶりのような気がする。昨日も来ていたのだが。空気は冷たく、冬の香りがした。日吉からは『いつまでここに居座る気ですか』と嫌味を言われた。
――氷帝学園でも越前リョーマと跡部の仲があれこれ取り沙汰されるようになるのはちょっとした後日譚である。
後書き
リョ→跡(?)です。樺跡でもある?
岬公平クンはモブキャラですが、確か他の話にも出てたはず。
読んでくださった方、ありがとう。
2017.1.19
追記
この話に出てくる場面に似たシーンが『俺様嫌われ中 13』にも出てきます。
良かったらそちらの方もお読みください。
2017.1.22
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