一日遅れのバレンタイン
「絶対リョーマくんだよ!」
「ええー、俺だと思うけどなぁ……」
大きな声で話しているカチローと堀尾の声が聴こえる。部室のドアは開いていた。
「ちぃーっす」
俺は荷物を抱えて部室に入る。
二月十四日――バレンタインデー。俺は沢山チョコをもらってしまった。
「ほら、やっぱり!」
「越前、すげぇなやっぱ」
俺の名前は越前リョーマと言う。
「そ……そう?」
俺にはぴんと来ない。日本人はイベント事が好きだって聞いてたけど、こんなに好きな人にチョコをあげる習慣が根付いてしまってるとは――。
「ねー、一番はやっぱリョーマくんだよね」
「越前、一個くれよ」
「あ、どうぞ」
どうせ義理チョコとかいうものだろう。俺は特に義理っぽいのを堀尾にやった。
「堀尾くんは鈴木さんからチョコもらったんだからいいじゃない」
「俺、チョコ好きだもん」
「ほらほら、騒いでないでコートに来な」
パンパンと男子テニス部の監督、竜崎スミレ先生が手を叩く。
「はぁー、今日も運動したした」
「そうだね」
「早くレギュラージャージ着れるといいなぁ」
堀尾、カツオ、カチローの三人はそんなことを話していた。俺は用もないのでチョコを不二先輩がくれた紙袋に詰めて先に帰ろうとすると――。
「リョーマくん!」
聞き慣れた声。竜崎桜乃だった。同じ中学一年生。長い三つ編みがトレードマーク。竜崎スミレ監督の孫。女テニの部員だがうちの監督と違ってテニスは下手。
「何?」
「あの――渡したいものがあるんだけど……」
やっぱ、またチョコか。でも、竜崎は嫌いではないのでちょっと嬉しかった。
「いいよなー、越前のヤツ。ヒュー、ヒュー、憎いぜ、この」
「やめなよ、堀尾くん」
囃し立てる堀尾をカチローが止める。まぁ、堀尾がお調子者だというのは知ってるんで今更だ。いつも一緒にいる堀尾達テニス部の三人は俺に優しい。
でも、俺だって見世物にされる謂れなどない訳で――。
「あっち行かない?」
「あ、うん……」
竜崎が大人しくついてきた。こういうところもスミレ先生とは違う。
「あのね、リョーマくん」
人気のないところで彼女は言った。
「チョコ、作ってきたの……初めてだから美味しいかどうかわからないけど……」
「そう、ありがと」
緑の袋をピンクのリボンで止めてある。可愛いラッピングだ。竜崎、意外とセンスいいな。
このチョコは真っ先に開けるとするか。手作りみたいだし。
「あ、あの……リョーマくん!」
「何?」
「――何でもない」
「言いたいことははっきり言いなよ」
――あの人みたく。
「何でもないの。ごめんね」
竜崎は行ってしまった。優しいし可愛いしもっと積極的だといいんだけどな……。
あの子、俺のことどう思ってるんだろ。俺、あんまり竜崎に優しくした覚えないんだけどな。あの子からチョコをもらうなんて考えもしなかった。
それに俺はもう――。
(ごめんよ)
俺は心の中で竜崎に謝った。――そう、俺にはもう、好きな人がいる。
今日はあの人に会いたくないなぁ。あの人は車でご送迎されてんのかな。うん、そうに違いない。
俺が密かに自分を納得させていると――。
「よぉ、リョーマ」
――会ってしまった。
俺の好きな人。跡部景吾。男同士だからって俺は気にしないんだけど、好きな人に会うのは嬉しい反面気恥ずかしい……。
「何? 今日車じゃないの?」
「うん、まぁ、たまには歩いて帰るのもいいかと思って。ここの景色大好きなんだ。俺」
そんな跡部さんのことを俺は好きで――。ちょっと景色に嫉妬した。
「アンタ、チョコは?」
「あーん? 雌猫のチョコなら樺地に持って帰らせたぜ」
「じゃ、その袋は?」
俺の持っている紙袋とそっくりだった。俺のは不二先輩が「そのままだと持って行きにくいだろうから、これあげるね」と言うのでお言葉に甘えて譲ってもらったものだけれど。
不二先輩は俺よりもっとモテた。女生徒だけでなく、男子にも人気が高いと聞く。中性的な外見の一応男の先輩だ。
桃先輩は今日は橘さんの妹とデートだし――。閑話休題。
「ああ、これは、俺の友達からのプレゼントだよ」
跡部さんは優しい顔付きになった。ファンより友達か。まぁ、わからなくはないけどね。
「お前にも何かやりたかったんだけど、忘れてきちまってなぁ……」
「え?! 俺に?!」
「――うん。テディベアなんだけど、お前にそっくりなヤツがあったんだ。お前男だし喜ばねぇかもしんねぇけど……」
「是非ください!」
俺は意気込んでそう答えた。
「わ……わかった」
「俺も何か持って行きますんで」
「じゃあ、明日の朝、この場所でな」
「はい!」
今までのバレンタインデーの中で一番嬉しかった。
竜崎……。
俺は、何となく竜崎の気持ちがわかったような気がした。好きだなんて軽々しく言えない彼女に改めて好感を持ったけれど、俺は跡部さんが好きだから――。
家に帰った後、俺は残りのチョコは家族に渡して、竜崎のだけ胃の中に納めた。美味しい――というか、あったかい味がした。
朝――俺はいつもより早く出て(勿論、桃先輩には送ってもらうのを断っておいて)、花屋に来た。
あの人に似あうのはやっぱりこれだよな。赤いバラ一輪。情熱の赤。跡部さんにぴったり。俺は花びらに口づけした。いい匂い。あの人の匂いに――似ている。
俺の方が早く来たと思ったのに跡部さんは既に先に来ていた。
「待ってたぜ。リョーマ」
「あ、跡部さん……これ」
「――俺の一番好きな花じゃねぇか。わかってんな。お前」
当たり前でしょう? 俺、アンタのこと考えて選びましたから。――勿論、その想いはひっそりと胸の中に閉まっておく。
「ほら、約束のプレゼント」
――跡部さんは俺に青いテディベアを渡してくれた。
「あ、ありがとう……」
これは一生の宝物にしようと思った。テディベアって高いのは高いんだよね。
「10月27日がテディベアの日って愛好家達には言われてんだが、バレンタインの贈り物にしても構わねぇよな」
あー、パソコンで調べた時、そんな記事を見たような気がする。
「――つか、本当は今日はバレンタインデーじゃないんだけどね」
「一日遅れのバレンタインだな」
そう言って跡部さんが笑った。今、俺は見られたモンじゃないほどにやけていることだろう。
後書き
去年、跡部様の誕生日記念テディベアが発売されたんですよね。確か。
今月インフルエンザにかかっちゃってバレンタインデーの準備ができませんでした……。ハーレムとサービスの誕生日祝いたかったよぉ。
これは、以前書いた話です。
2016.2.15
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