あなたとモーニング

 朝、目覚めると、そこには光があった。
 眩しいなぁ……。
 とても綺麗な夢を見ていた気がする。それに、とてもいい匂い。天国だろうか――ここは。
「ん……」
 声が洩れた。
「よぉ、お目覚めか。リョーマ」
 低いイケボ。跡部さん――跡部景吾――が隣りにいた。
 ああ、ここ、跡部さんの家だな。でもって、ここは跡部さんのベッドだな。
「おはよ……ございます」
 俺が挨拶すると、跡部さんは何とも愛情のこもった声で(愛情がこもってるいるように聞こえたのが錯覚でないと嬉しい)、
「おはよ」
 と返事してくれた。そして、笑う。跡部さんの笑顔なんて、俺にとっては貴重で……。
「リョーマって、呼んでくれるんスね」
「越前の方がいいか?」
「――リョーマでいいっス」
 俺の名前は越前リョーマ。青学の皆からは越前って呼ばれることが多いけど。
 いけない。顔がにやけてしまう。それにしても、どうして俺は跡部さんのベッドにいるんだっけ?
 ああ、そうだ。跡部さんに誘われて、今日は手塚部長もいないから好きなことをしようと思って、やっとベッドで一緒に寝るところまでこぎつけ――そこで眠ってしまったんだっけ。
 うわぁ……! 勿体ないことをした! 『据え膳食わぬは男の恥』という諺も日本にはあるみたいなのに、俺は、せっかくのチャンスを……!
 ふぅー、俺もまだまだだね。
 ま、いいや。まだ機会はいくらでもある!
 それに俺、ゆうべは跡部さんのベッドで寝たんだからね。跡部さんだって満更でもない、と思いたい。
「お前の寝顔、可愛かったぞ」
 そう言って跡部さんはくしゃっと俺の髪を乱すように撫でる。
 あー、そうですか。
 俺はさぞかし河豚みたいに膨れてることだろう。いつまでも年下のチビと思っていたら大間違いなんだからね。
 跡部さんはいつぞやのピンクのネグリジェを着ている。俺様で男らしい性格と体格なのにそんな格好が似合うのは跡部さんくらいだ。
 何か、やっぱり、昨日は……勿体なかったなぁ……。
 でも、俺と跡部さん、男同士で何をする訳でもない、と使用人さん達も思っていることだろう。坊ちゃんに新しい友達が出来たと微笑まし気に思ってたりして。
 ――俺は狼なんだよ。跡部さんも、跡部さんの使用人も気付いていないだろうけど。俺、どっちかっていうと女顔――いやいや、中性的な顔立ちだもんね。
 跡部さんがリンリンとベルを鳴らす。メイドが入って来た。
「おはようございます。景吾様。朝食をお持ちしましょうか?」
「ああ」
 跡部さんはすらすらとメニューを言った。俺が聞いたことのない料理ばかりだ。
「言うまでもないと思うが、リョーマにも何か持って来てくれ。リョーマ、何か食いたいもんは?」
 ――アンタ。
 ……じゃなかった。
「俺も跡部さんと同じでいいっス」
「別にいいんだぞ。何頼んでも」
「だって、跡部さん家の食事って何食べても美味しいもん」
「その台詞、料理長に後で伝えておくな。いいだろ?」
「ウィース」
「じゃあ、頼んだぞ」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
 そう言ってメイドは部屋を出て行った。礼儀が行き届いてんなー……。流石跡部家のメイド。
 跡部さんだってお坊ちゃんのはずなのに口の悪い俺様属性ってどういうこと?
「跡部さんはこう言う風に扱われるのって、気疲れしないの?」
「んー。小さい頃からこうだったからもう慣れた」
 へー。俺が何も出来ずに眠り込んでしまったのには、ひとつにメイドさんや執事さんに対して気を遣っていたからなんだけど。お坊ちゃん扱いというのはどうしても慣れない。
「お前、昨日は借りてきた猫みたいだったぞ」
 そう言って跡部さんは笑う。んなろ、今からでも襲ってやろうか。俺は猫でも生意気な年下のチビでもない。そういうことを跡部さんに思い知らせてやろうか。
 俺と跡部さんは二つ違う。俺が跡部さんと同じ年だったら、跡部さんはもっと俺のことを意識してくれただろうか。
 ……俺を一人前の男として認めてくれただろうか。
 ま、俺が跡部さんより年下なのは仕方ないよね。
 しばらくすると、メイドさん達が朝食を持ってきてくれた。
「ねぇ、跡部さん。――いつも朝食メイドさんが持ってきてくれるの?」
「うーん。部屋でとりたい時はそうするな。要するに、気分だ」
「――こんな生活してると人間ダメになってしまいそうな気がする」
「そうか? まぁ、その代わり、俺様には貴族の義務というヤツがあるからな」
 確かに、二百人以上いるテニス部員を束ねるのは楽ではないだろう。氷帝学園の生徒会長もやっているし。
 ノブレス・オブリージュ。それは確かに俺の知らないことだ。
「跡部さんも大変なんスね」
「俺様の場合、これが日常だからな」
 跡部さんはどういう世界で生きているのだろう。俺はそれを知りたくなった。そして、跡部さんの知ってる世界で生きている、俺の知らない人間達に嫉妬した。
 でも、今は、今だけは――俺は傍にいるから。
 跡部さんの朝食の食器の傍には新聞が置いてある。メイドさん達が気を効かせて持ってきたのだろう。
 俺、前言撤回するっス。こういう生活は精神がタフでないとやってられない。だからこそ、気を失ってまでコートに君臨するという真似ができたのだろう。
 何と呼ぶのか知らないけど、美味しそうな匂いを漂わせているスープを一口啜る。――旨い。
「美味しいっスね。これ」
「俺のも飲んでいいぞ」
「でも、そしたら跡部さんの分が……」
「いいから。お前は少し肉つけろ」
「跡部さんだって痩せぎすのくせに」
「あーん? 俺様はいいんだよ。毎食ちゃんと食ってるからな」
 こんな旨い朝食、毎朝食ってるだろうからね。俺は和食党だけど、洋食もいいな……。
「リョーマ、お前は和食が好きなんだっけか?」
「うん」
「和食もヘルシーだよな。俺も嫌いじゃない」
「でも、母さんがよく作るのは洋食っス。長くロサンゼルスにいたからかな。旨いけど、俺はどっちかって言うとご飯と味噌汁の方がいいっス」
「後で和食も持って来させようか?」
「今はいいっス」
「じゃあ、晩餐の時にでも――あ、お前、今日帰るんだっけ?」
「これから朝練があるからね」
「送ってってやろうか?」
「そっスね……ここから青学からはちょっと離れてるから。走るのも体力作りになっていいと思うんスけど」
「送ってってやるよ」
「――やっぱりいいっス」
 本当は跡部さんとできるだけ長くいたいけど、そんなに甘えてばかりもいられない。
「何だよ。人の好意は素直に受け取れよ」
「跡部さんだって車でばかり移動してるからいざと言う時、立ったまま気絶することになるんスよ」
「全国大会の時な。あの時はおめーの精神力が勝った。それだけのこった。でも、次は俺も負けねぇからな」
 跡部さんの言葉に俺は何となく照れくさくなった。
 今度は坊主頭にするんじゃなくて、唇にキスをねだってみようか。うん。それいいな。
 跡部さんが窓を開ける。小鳥達が集まってきた。跡部さんは小鳥にパンくずをやっている。
 何か、和むなぁ……。小鳥と跡部さん。何か絵になってる。尤も、跡部さんは何をやっても絵になるけれど。坊主になっても様になってたし。
「ん? どうした? リョーマ……ニヤニヤして」
「――何でもないっスよ」
 今、考えていたことは内緒にしておこう。――小鳥が部屋に入って俺の頭に止まった。
「懐かれたな。――そのうちどっか飛んでくだろ」
 跡部さんが笑って言った。何か、可愛いな。小鳥も跡部さんも。

後書き
2016年10月のお礼画面です。跡部様誕生月記念。 跡部様もリョーマも可愛いッ!
2016.11.2

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