1年2組の問題児

 職員室の一隅から、笑い声がどっと上がった。
「全く、越前には困ったもんですよ。いつも授業中眠っているくせに私より英語が上手いんだから」
「『鬼の高口』と呼ばれた先生が手も足も出ないなんておかしいですね」
 瀬川がまた笑った。
「仕様がありませんよ。あいつは本場で育ったんだから。この後も英語の授業を任せたくなりましたよ」
「私の時も眠ってますわ」
 そう言ったのは数学の井村女史。
「でも、眠った顔が可愛いんで起こさないようにしているの。テニスの練習で疲れてもいるでしょうし」
「私も何だか越前だけは起こせませんなぁ」
 生物担当の由良が言った。
「俺は南次郎のクラスメートだったけど、あいつとは何か感じが違うんですよ。南次郎なら『オー、ワタシニホンジン、エイゴ、ワッカリマセーン』と言って笑いを取ってたとこなんだけど」
 体育の森原は昔の想い出すように遠い目をした。
「南次郎とは悪さばかりやってましたよ。――越前はタイプは違えど、リョーマくんと似てますね」
「越前南次郎――か。確かここの卒業生でしたね」
 校長も混ざる。
「こ……校長……!」
「気にしなくていい。続けて」
「――越前は1年2組の問題児ですよ」
 高口が何故か誇らしそうに言った。彼はその教室の担任でもあるのだ。
「でも、居眠りなんて可愛いもんじゃありませんか。授業の邪魔しないんだから」
「違いない」
 井村と高口のやり取りに皆がまたどっと笑った。
「何だかんだ言っても、憎めないですよねぇ、越前君」
「井村先生もそう思いますか。それに、越前にはテニスという武器もあるしね」
「まさか、南次郎が世界屈指のテニスプレイヤーになるとは思わなかったよ。昔からすごくテニスの上手い奴だったけど」
 森原が口を挟む。
「そう! 大したものだわねぇ」
 井村が声を大にして人差し指を立てる。
「私はテニスを観るのは好きだけど、やったことはなかったわ。一度やってみたかったんだけど、私は運動音痴でねぇ……」
「今からでもお教えしますよ。井村先生」
 森原が申し出る。
「ありがとう。気持ちだけ頂いておくわ。いくら何でもこの歳ではね」
「歳は関係ありませんよ」
「そうだ。加藤勝郎くんのお父さんが確かテニスコーチをやってるとか……」
 校長がニコニコしながら加わった。
「あら、校長。お詳しいですわね」
「南次郎くんがテニスで有名になってから、私も興味が出て来ましてね。加藤くんのことも知ってますよ」
「テニスと言えば、テニス部の堀尾君は高口先生のクラスじゃありませんか。加藤君とも仲が良いみたいだし」
「テニスづいてますね。1年2組は」
 由良の言葉に、高口は、
「いやぁ……」
 と、頭を掻いた。
「堀尾もいい子ですよ。お調子者だけど、誰かさんみたいに授業中寝ないし」
「そりゃ、越前くんは中学の英語なんか物足りないんじゃないの?」
「今度英検があるけど、あの子も誘ってみますか」
「でもねぇ……あの子にも苦手はあるんですよ」
「のわっ、花沢先生!」
 高口が大袈裟にのけぞった。花沢は井村と同じ女教師だ。
「あー、知ってます。国語は苦手でしたよね」
「でも努力してますよ。あの子は国語の時間には寝ないし」
「羨ましい」
 高口は本音がついぽろりと出た。
「じゃあ、代わってみます?」
「遠慮しておきます。私も国語は苦手ですから」
「話は変わりますが、越前くんみたいな子って私達の中学時代にもいませんでした?」
 と、井村。
「ああ、いたいた。あまり勉強しないのに何故か成績が良くて皆の人気者」
「それでどこか飄々としてて」
「そしてクールで……憧れましたね」
「俺もあんな風になりたかったなぁ、と」
「越前も人気者ですな。それに女子にすごくモテるし」
「背が高けりゃスーパースターだっただろうに。氷帝の跡部みたく」
 跡部の評判は青学にも伝わっているのだ。
「しーっ。その話は越前君にはしないでください。彼、身長のことものすごく気にしてるんですから」
「おっと失礼」
「――というか、瀬川先生いたんですか」
「いたんですかはないでしょう。井村先生。ひどいなぁ」
 瀬川は苦笑した。
「僕もテニスが好きで部活へはよく見学に行ってたんですよ。こっそりとね。あの竜崎先生についていけるんだから大したものですよ」
「私が何だって?」
「あ、竜崎先生」
「瀬川先生が竜崎先生がとても厳しいって話してたんですよ」
「それはないでしょ森原先生。厳しいなんて一言も言ってませんよ」
「でも、心の中では思ってたんじゃないですか?」
 花沢がじーっと瀬川を見る。
「うん……少し……思ってたかな」
「そんなことはどうでもいいよ。あの小僧は本来は左利きだけど、右利きでも鋭いプレイをしおる」
 竜崎スミレが言った。
「そうなんですよね! DVDでも観ました!」
 瀬川が興奮して喋る。
「よっぽどテニスが好きなんだねぇ。瀬川」
「女テニにもいるでしょう? 竜崎先生のお孫さんが」
「桜乃のことかい」
「はい、間違えて『咲乃』と書いたら、先生、これ間違ってますって遠慮がちに言われました」
 竜崎桜乃はスミレと違って可憐で可愛いと噂されている。
「あの子は今までテニスに興味を示したことなんかあまりなかったのに、青春学園に行ったらテニス部に入りたいと言ってねぇ……こりゃ、誰かさんの影響だよ」
 スミレがくっくっと笑った。
「越前君……ですか」
「そう。未来の義理の孫になるかもしれんのう」
「いいですねぇ」
「越前はテニス部では唯一の一年レギュラーでしたね。その点については私も鼻が高いです」
「高口先生、さっき越前は1年2組の問題児だって言ってませんでした?」
「瀬川。あやつはテニス部でも問題児じゃよ」
「へぇ~」
「でも、決める時は決める男さ。南次郎と同じで」
「今度は堂々とテニス部見学行ってもいいですか?」
「俺も行きたいな」
 瀬川の台詞に森原が乗っかる。
「ああ、いいよ。邪魔しなければな」
 スミレは笑ってその場を後にした。キーンコーンカーンコーン――チャイムが鳴った。授業の時間だ。

後書き
2020年7月のweb拍手お礼画面過去ログです。
先生達は殆どオリキャラです。リョーマくんの噂をしています。
リョーマくんは女子にモテちゃうんですよねぇ。普通にしてても。
2020.08.03

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