リョーマが強敵

 跡部――。
 俺はその名前を頭に思い浮かべて吐息をつく。もう、長いこと心の中で呟いて来た名前だ。
 跡部はアホなことをしているが、いや、アホなことしかしてへんが、それが様になっている。そんなヤツは今まで跡部しかおらへんかった。
 好きやで。跡部。
 例え被害がいつも俺達に及んでいるとしても。
 すらりとした身体。泣きぼくろ。オレ様なのに優しい性格。
 俺は、跡部景吾の全てが好きや。
「忍足、忍足」
「んー?」
「指名されてるよ」
 級友が教えてくれた。俺の名前は忍足侑士と言う。見ると、こわーい顔した先生が。
「忍足、廊下に立ってろ!」

 ――放課後になった。今日も部活だ楽しいやんな、と。俺はそこで越前リョーマにばったり出会った。
「おっ、越前」
「こんにちは。忍足さん」
「青学のレギュラーがこんなところへ何の用や」
「氷帝と練習試合を組もうと思って、俺、手塚先輩と一緒に来たっス」
「そうかそうか。――それにしても俺の名前よう覚えとったな」
 越前は絶対、知ってても、
「アンタ誰?」
 という性格や思とったのになぁ――。
 越前の目がすっと細なった。
「そりゃあ……ライバルのことだから覚えてますよ」
 じゃ、と言ってから越前は俺を残してそのまま消えてしもた。
 ライバル……?
 ああ、氷帝と青学はライバルだからそのこと言うたんかな。
 ある日を境に氷帝は青学を親の仇ともいうべき目で見ている。特に女子が。
 それは跡部の髪をあの越前がバリカンで刈ったからや。
 でも、流石というべきか、跡部の短髪姿はなかなか格好良かった。どこかでは新たなファン層を獲得したと聞く。跡部がカツラをかぶった時、そいつらは泣いた。
 跡部の雌猫は、元に戻ったからいいか、と一応満足げであったが。
 俺は、跡部の短髪も似合うと思とったよ。グッジョブ、越前、と思ったよ。
 でも、雌猫の大部分は文句がありそうだから言わんかっただけや。けど、ジローも、
「跡部の髪、切った方が良くない?」
 という意見だったから、賛否両論というとこや。
 ――あ、越前、雌猫に殺されるんやないやろか。氷帝の学内歩いとったら。越前にとって氷帝はアウェイや。
 しゃーないな。ボディガードしたるか。
 俺は急いで越前を探した。――いない。どこにも。どこやぁ、越前!
 きゃっきゃっとはしゃいでいる女子が数人。お、あれは越前やないか?
「越前……!」
 俺は声をかけた。越前は大きなアーモンドアイでこっちを見た。
「そう! そうなのよ! 跡部様はどんな髪型でも美しいのよ!」
 へ……跡部?
 跡部の話しとるんか。――こいつら、跡部の雌猫どもやんなぁ。何か見たことあるわ。それなのに、越前と楽しそうに話している。
 越前、雌猫に会ったら絶対殺されると思とったのに……。
「そうなんですよ……丸坊主は気の毒だからあの髪型にしたのに……みんなわかってくれないんだから」
「跡部様は元のちょっとはねた髪型がいいからね」
「確かに跡部さんは元の髪型もいいですけどぉ……」
「そう! 越前君て話わかるー。でも、跡部様の髪を刈るのはもうやめてちょうだいね」
 そう言って雌猫は身長の低い越前の頭を撫でる。越前はちょっと不満そうだ。
 てか、世界一怖いと氷帝で噂されてる跡部の雌猫どもを手なずけるなんて――。
 越前はこっちを見てにやりと笑った――ような気がした。
「じゃ、通してください。跡部さんに話があるので」
「こら、越前。いないと思ったらこんなところに」
 あ、手塚やん。
「手塚」
「こんにちは、忍足さん。――あまりうろちょろするな。越前」
「はいはい」
「まぁ、氷帝の建物内は広いから迷うのもムリないがな」
「迷ったんじゃありません。手塚先輩がはぐれたんでしょ」
「ふ……相変わらずだな。越前」
 憎まれ口を叩く越前に手塚が笑いかける。手塚……アンタええヤツやんなぁ。俺だったら一発殴っとるで。
 それとも越前が人たらしなだけなんやろか。雌猫も手なずけてたし。跡部も何だかんだ言って越前のこと嫌いやなさそうやし。
 あ……あかん。本当に殴りたくなってきた。
 ライバルとはそういう意味やろか。
「ねぇ、忍足さん。跡部さん、今部室いる?」
「いるんやない? それか生徒会室か」
「ありがと」
 越前がスタスタと歩く。
「あ、待て越前」
 手塚が止めようとする。青学の部長も大変なんやなぁ。
「俺も一緒に行くわ」
 そう言った俺を越前がまたちらりと見た。
「――ねぇ、忍足さん。氷帝のテニス部の部室ってどこだっけ?」

 ――部室に跡部はいた。
「よぉ、手塚、越前。久しぶりだな」
「まぁな」
「うーっす」
 越前がぺこっと頭を下げた。へぇ……越前は絶対跡部には頭下げんと思とったのになぁ。
「忍足さんに案内してもらいました」
「そうか。忍足。ご苦労だった」
「はぁ……」
「――俺も氷帝は久しぶりだったからな。忍足さんがいて助かりました」
「いやいや。手塚まで。 俺、何もしてないで」
「忍足、礼は素直に受け取るもんだぞ」
「はいはい。わかったで。跡部」
 越前がこっちを見ている。睨みつけられとると思たのは気のせいやろか。
 さっき言ってたライバルってやっぱり……恋敵のこと?
 はは、まさかな。越前が男好きや言うの聞いたことあらへんし。元々越前のことは俺よう知らんけど。跡部も男が好きな訳やないやろし。そやから俺、毎晩枕濡らしてんねん。
「今度、氷帝学園とテニスの練習試合を組もうと思ってやってきました。いいでしょうか」
 手塚はさすがしっかりしとるなぁ……。
「おう。今度はお前らをコテンパンにしてやるぜ」
「跡部さん……負けたらまた髪を刈らせてください」
「断る!」
 跡部はスパッと言った。あれは跡部にとってもトラウマやったんかな。
「ちぇー。あの髪型絶対似合っていると思ったのに」
 越前の恐ろしいところはあれが本当はイヤガラセでなかったところや。越前はこの台詞多分本気で言ったんや。
「ははは。もう負けたら坊主にするなんてことは言わねぇよ」
 跡部が愉快そうに笑う。意外だ。俺が同じこと口にしたら、多分半殺しの上、練習メニュー倍……いや、百倍に増やされたりしてな。
 越前が俺に向かって今度ははっきりにやりと笑う。何か俺、こいつ苦手や。
 俺、ごっつどえらいヤツを敵に回してしもたみたいやな……。雌猫よりも怖いかも。

後書き
ちょっと書き直しました。推敲ぐらいしろよ、私。
雌猫達にぶりっ子しているリョーマが案外可愛いぞ、と思ってしまいました(笑)。
跡部様にはどんな髪型だって似合います!
リョーマは跡部様より数倍強敵だと思います。
2015.8.4

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