君と出会った日

「よーお、跡部ー」
 忍足侑士は同じ氷帝学園高等部の跡部景吾に手を振った。跡部と忍足は進級して高校生になった。跡部は春休み中も学園や部の仕事をしていた。彼がテニス部の部長になるのはもうほぼ決定事項である。
「何だ、遅いじゃないか、忍足」
「今日もまだ練習はないはずやろ? 自主練してるヤツらはともかく」
 ――はっ、そうだ、という顔を跡部はする。仮入部は明日からだ。
「道理で人が来ないはずだな」
「相変わらずアホやんなぁ。樺地も今ここにはいてへんようやし。――ちょっと樺地借りてくで。どうせ今日も来とるんやろ? あいつ」
 樺地崇弘は今年中等部の三年生。跡部や忍足の一年下の学年だ。だが、その樺地も休み中跡部を手伝っていた。跡部曰く、樺地がいないと仕事が捗らないのだと言う。樺地は幼い頃から跡部の従者だったと聞く。
「ちょっと待て。樺地とどこへ行く?」
 焦りかけた跡部に忍足はにやーっと質の悪い笑みを浮かべた。
「内緒や」

「うーん、貧乏人にはちょっと手が出ない値段やな、これ」
 忍足が樺地と共にいろいろ物色している。因みに忍足家はそう貧乏な方ではない。
「なぁ、これどう思う?」
「あの人にはあまり似合わないかと」
「――やっぱりな。それにしても、樺地をアドバイザーにして良かったなぁ」
「……ウス」
「よし、やっぱりこれにしよ。子供だましやけどな」
「ウス」
「跡部は駄菓子屋が好きだからこういうのも好きやろ」
「俺には繋がりがよくわかりませんが――」
「俺に敬語は使わなくてええ。跡部に敬語使うのはわかるんけどなぁ……。俺にまで気を遣わなくてええやろ。虚しゅうなってくるわ」
「す……すまない。だが癖になってしまって……」
「まぁええ――わかったらええわ。樺地も何か用意するやろ?」
「ウス」
「何にするんや」
「内緒です」
「跡部の代わりに俺にささやかな復讐か。自分、いい性格しとんなぁ」
「そう言うのは忍足さんだけだと思います」
「そうやないやろ。例えば越前とか――」
「越前さんです」
「せやろ、だから越前やて――ええ?!」
 樺地がショーウィンドーの外の越前リョーマと跡部景吾の姿を忍足に見せた。越前はどことなく嬉しそうで足取りも軽い。忍足は伊達眼鏡を直した。
「はぁ~、気付いとったけど、ほんま油断のならんやっちゃな。越前――まぁええわ。俺らは俺らで計画に沿って行動するだけや。なぁ、樺地」
「ウス」
「はは、跡部の真似してしもたわ。しかし、跡部の気持ちがちょっとわかったわ」
「自分にはよくわかりませんが」
「樺地、自分、跡部と付き合ってなんぼ経つ」
「――十年以上かと」
「なるほど……それであんなに親密な仲になるんやなぁ」
「忍足さんや、テニス部の方々も、含まれています」
「嬉しいなぁ。樺地、アンタの優しさには後輩や――跡部も慰められてるはずや」
「――忍足さんも、優しいと思います」
「俺がか?」
 樺地が黙って頷く。こうして見ても樺地は中学生には見えない。並んで立つと忍足の方が若く見えそうだ。
「跡部さんの為にこんな計画立てるなんて――」
「誤解されたら困るんやが――跡部だけの計画やあらへんで」
「じゃあどういう……」
「内緒や」
「――お互いに内緒が多過ぎますね」
「せやな」
 そう言って二人は笑った。
「なぁ、樺地。俺らと仲良うしてくれておおきに」
「同じテニス部の仲間ですから」
「――うーん、ま、一筋縄じゃいかんヤツらやけどな。あいつらも。跡部にはぴったりかもわからへんかったな」
「どういう意味ですか。それは」
 樺地が忍足に見せる顔は随分優しくなった。忍足はそれが嬉しいと同時に、跡部にはもっと違う顔を見せているのだと考えるとちょっと切ない。
(まぁ、俺の本命は跡部なんやけどなぁ――)
 忍足はこっそり考える。樺地も跡部が好きで。忍足は樺地と一緒の人間を好きになった運命を少し呪った。
 樺地はいい男だ。跡部は美形だし、そういう彼を前にして誘惑に駆られたことがあるかもしれないが、鉄の自制心で己を保っている。外見はお世辞にも整っているとは思われない。けれど、何となく茫洋として人間が大きいのだと思わせる。この十年樺地は跡部の全てを受け入れて来た。
(かなんなぁ……)
 樺地に比べれば、越前もまだまだガキや言うこっちゃ。ガキはガキなりの魅力があるが。――忍足はそこに期待している。
「跡部景吾を世話するんも、なかなか大変やんなぁ」
 忍足だってめげそうになることもあるのに、樺地は淡々とやってきた。跡部が惹かれるのも無理はないであろう。
 しかし、今度はもう、忍足だってそうそう負けるつもりはなかった。がんばって歯ぁ食いしばってあの人の背中を見て――それで追いつけなかったら仕方がない。すっぱりと諦める。
 まぁ、しばらくは友達というポジションでええか――忍足はこの関係をできるだけ壊したくなかった。例え、彼らから別れることになっても、忍足は思い出を抱きながらこの先の人生を歩んでいくだろう。
 今の状況には、めっちゃ感謝しとる。
 忍足は光の速さでレジに向かう。樺地がうっそりと後を追った。

 翌日――。
「よぉ、お楽しみだったみたいだな。樺地。忍足」
「何言うてんねん、跡部。自分かて越前とデートやったくせに」
「おめーらがいねぇから呼び出したんだ。悪いか! なんせ、あいつは俺のと……友達だからな」
 あ、今噛んだな。忍足は気が付いた。全く……慣れない単語使うからやで。
「跡部はそう思ってても、越前はそう思ってないようやけど?」
「アーン? 俺と友達になれて何が不満なんだよ」
「不満なんかないで。な、樺地」
「ウス。――跡部さん、これ」
 樺地が跡部の前に立ち塞がった。
「これが俺達からのサプライズや!」
 そうして樺地がクッキーを出した。
「今日は俺ら――いや、俺にとって大切な日や。俺が、跡部と樺地に会うた日や」
 跡部の顔がみるみる明るくなった。まるで、あの時の風の爽やかさまで再現されたかのように、忍足には感じた。あの日、跡部と樺地は一緒にいた。
「覚えてたのか!」
「まぁな。確かにこの日やったと思うでぇ」
「忍足――やっぱり俺様達友達だったんだな」
「人生の苦労が増えた日や。んで、これ、樺地に」
 それは金ぴかのオルゴールだった。
「越前見つけるまでこれ欲しそうに見てたもんなぁ」
 ウス、と答えた樺地の顔には赤みが差していた。
「んで、これは跡部に。魔法の貯金箱や。薔薇やでぇ」
「あ、これ――子供の時に友達が持ってて欲しかったんだよな。そんな安物よりもっと立派な物があるって言われた時は悲しかったぜ」
「俺も値段と相談だったんや」
「――ありがとよ、おまえら。勝手にへそ曲げて悪かった」
「ええって別に。ところで樺地、クッキー何人分用意したん? アンタのことやさかいいつものメンバーの分は用意しとるやろ」
「……中等部と高等部のテニス部員全員の分です。足りなければもっと補充しますが?」
 忍足は鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。テニス部員は中等部だけでも約二百人はいるだろう。今年入部した生徒も含めて。
 こいつ、何気にほんまめっちゃ器デカいんやないの? 樺地は確かに跡部に似とる。ああ、跡部に似とる。似た者同士か毒されたのか――それは本人達同士にしかわからない。
 忍足は思った。――なんだかんだ言うても、こいつらめっちゃおもろいで。こいつらと会えて良かった。いつまでも一緒にはいられないかもしれないけど、俺にとって今が生涯で一番幸せな時かもな……。

後書き
これはハマったばかりの頃書いた小説です。高校生になったばかりの忍足と跡部。
ちょっと今読むと意味不明のところもありましたがこれは直さないでおきます。
読んでくださったなら嬉しいな♪
2015.11.9

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