菊丸クンのクリスマス

「私、菊丸君はちょっと彼氏というのとは違うと思うの。菊丸君が悪い訳じゃないけど……」
「そっか……」
 俺はくるりと彼女に背を向けた。
 これで三度目だな~。
 彼女とイブを過ごすこと。それが俺の夢だった。ささやかな夢だけど。
 でも、その夢が果たされたことはなかった。
 何で上手くいかないんだろうな~。俺が悪い訳じゃないと思うんだけど。てか、そう思いたくないんだけど。
 まぁ、縁がなかったと言うことで諦めよう。次の出会いがあるさ!
 クリスマスのイルミネーションがぴかぴか。何だか切なくなってきた。俺にだってそんな時があるのだ。自他共に認めるお調子者、菊丸英二にだって。
(菊丸ってさ、結構いろいろ考えてるよね。上手く行かなかった時のこととか)
 ――そう言ったのは不二だった。中学で同じ教室だった不二。俺のことをちゃんとよく見てる。
 そうだなぁ。今の彼女とだって、『またフラレたらどうしよう』とかって考えてたもんな。そんなんじゃ、上手くいきっこないよね。
『クリスマスイブ』が流れる。訳もなく涙が出た。俺は鼻の下を擦った。
 誰かとイブ過ごそうかな。友達とでも。
 手塚はドイツだし……不二も今年は手塚と一緒かな。河村寿司行こうかなぁ。
 はぁ……。溜息が洩れる。髪の外ハネも今日は最悪だ。
 おチビでも誘おうかなぁ……越前も最近は背が伸びておチビでもなくなってきたけど。
 電話で呼び出す。
「はい。越前です」
 おチビの声は弾んでいた。
「おチビ~。彼女にふられちゃったよ~。相手して~」
「え? 俺、今、跡部さんといるから……その……他の人もいっぱいいるけど……」
 あ~ん。おチビまであとべーに取られちゃったよ~。
「あ。いいのいいの。ちょっと弱気になっちゃっただけだから。じゃ、学校でまた会おうね」
「ウィース」
 電話を切った。一人きりは俺だけか……。

 何にもやることがないので家に帰った。母さんがぱたぱたと走ってきた。
「英二、どこ行ってたの?」
「え? 彼女に会うって言ってなかった? ――フラれたけど」
「あらあら」
 母さんは、ちょっと気の抜けた声で言った。彼女にフラれた息子にかける言葉もないのだろう。だが、またすぐに立ち直る。
 立ち直りが早いのは菊丸家の血筋だ。
 俺だって、もう立ち直ってる。
「ま、いいわ。英二に会わせたい人がいるの」
 母さんも笑顔。
「え~。誰だれ?」
「来ればわかるわよ」
 母さんが手招きをした。誰だろうなぁ……。
「英二!」
 本を読んでいた丸い頭の青年が俺を呼んだ。
 まさか……まさか……。
「大石ー!」
 俺は大石に抱き着いた。
 大石秀一郎。青春学園中等部を卒業してから外部の高校に通っていた。夢はお医者さんになること。
 大石と、俺――菊丸英二は中学時代みんなから黄金ペアと呼ばれていた。俺達はテニスで繋がってたんだよね。ダブルスだったら敵なしだったもんね。
 大石はテニスを辞めてはいなかった。大石は天性のダブルスプレイヤーとして、他の選手からも一目置かれていた。
 他の人間と大石が組むのは、ちょっとフクザツだったけど、大石が活躍するのを見ることができるのは誰よりも嬉しかった。
「英二は相変わらずだな」
 大石が優しい声を出す。ああ、変わってないよ、大石だって。『青学の母』と呼ばれていた頃からずっと。
 彼女にフラれて良かったー。大石と会えたもんね。
「大石君はね、英二を待っていたのよ」
「本当?」
「『お泊りしない?』っておばさんに誘われたんだ。彼女と一緒にいるなら、今日は会えないかなって思ってたけど」
「でも、ひどいよ。連絡ぐらいしてくれたら、彼女の方断ったのに」
「英二、アンタね……そんなだから彼女にフラれるのよ」
 母さんは呆れているようだった。
「でも、明日まで待つつもりだったよ、俺」
 大石が言った。
「今回はさ――新年までいる予定だったから」
「そんなにいられるの?!」
 俺の目はさぞ輝いていたに違いない。
「ああ」
 大石が頷く。ああ、神様!
「おばさん、突然訪問してすみませんでした。英二も――悪かったな」
「いいよ、もう。怒ってないから」
 俺は猫のようにゴロゴロと大石に懐く。
 ――こういうところが彼女にフラれる原因なのかな。さっき母さんも言ってたけど。
 でも、彼女と会うより、大石に会えた方が何倍も嬉しい。
「去年も一昨年も来なかったじゃーん。そんなに忙しかったの?」
「まぁね。でも、英二のことは忘れたことなかったよ」
「大石ー!」
 へへっ。大石、大好き。
 まぁ、友達としてだけどさ。
「今日は七面鳥焼いたのよ。大石君も食べて行って」
「はい。ありがとうございます。おばさん」
「母さんの料理は絶品だもんにゃ~」
「あらあら。何だか照れるわねぇ」
「大石。来年も来てよ。俺、料理覚えるからさ」
「わかった。来年のクリスマスも、何をおいても行くよ」
「あ、そうだ。みんなに連絡しなきゃ」
 俺はLINEで大石が俺に会いに来たことを知らせた。返事はすぐに来た。みんな、いいヤツだにゃ~。
 その中には高校で会った友人も少なくない。
『良かったな、英二』
『クリスマスも一緒なんて、さすが黄金ペア』
『俺も大石先輩に会いに行きたいっス』
『菊丸、河村寿司にも是非遊びに来てよ。大石と一緒に』
 ――桃や河村までLINEを送ってくれたもんにゃ~。後はなんだかんだで高校のヤツらばかりだったけど。
 あ、海堂からも来てる。
『……大石先輩と菊丸先輩のプレイ、久々に見たいっス』
 フシュ~と言う独特の吐息まで聴こえてきそうだよ。海堂。仇名はマムシだったもんね。今でもそう呼ばれてるみたい。海堂にとっては不本意みたいだけど。
「皆、元気そうだった?」
「うん! あ、乾からもある」
『スペシャルドリンクを作ったから、今度持っていく。大石の分もある』
 うーん、それは遠慮したいな~。
「乾は相変わらずデータテニス?」
「うん。――おチビにも声をかけたけど、あとべーと一緒だって」
「あの二人、仲がいいのかい?」
「そうみたい。何か妙な感じなんだよね~。おチビなんてあとべーのこと、サル山の大将なんて言ってたくせに」
 母さんが七面鳥を持って来てくれた。家族と親友が一緒のクリスマス。彼女とのクリスマスはもっと大人になってからでいーや。

後書き
2016年12月のお礼画面です。菊丸と大石も大好き!
2017.1.2

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