リョーマの片恋☆ブルース

 気が付くとあの人のことばかり考えている。あの人……。
(跡部さん……)
 あの人は確かにあの時、コートに君臨していた。髪を刈ってもあの人は美しかった。――あの人に似合う髪型にしたからでもあったが。
 ――本当の勝者は、あの人だ。
 そして、俺は気がつけばあの人に恋をしていた。

 俺の足は青学ではなく、氷帝の近くの公園に向かっていた。
 何やってんだろ、俺……。
 いつもと違う自分に気付いた俺は、さっさと帰ろうと踵を返す。
「お」
「あっ!」
 何て間が悪い――目の前にはあの人……跡部景吾が立っていた。
「なんだ……青学のチビか」
「……チビじゃありません」
 俺にはそれだけしか言えない。外はもう暗くなっていた。電灯に照らされた跡部さんの顔。
 まだカツラをかぶっている。でも、時々は外していると聞く。どちらの跡部さんも美しい。
「じゃあ、越前て呼ぶか?」
「――ウィース」
 本当はあの甘い声でリョーマ、と呼んで欲しかった。でも、越前でもいいか――。やっぱりリョーマがいいかなぁ。
 俺が考えあぐねていると――。
「喉乾いたな。越前、何か飲むか?」
「――Ponta」
「Pontaか。それ旨いのか?」
「Pontaも知らないなんて、アンタ、物知らずだね」
「ちっ、そんなとこも相変わらずだな」
「俺が選んであげますよ。――俺と同じので構わないっスよね」
「ああ。庶民の味と言うのも味わってみたかった」
 跡部家は超大金持ちだ。
 だから、跡部さんは時々こっちがいらっと来る言動をする。でも、悪気はなくて――。
 俺が彼の髪を刈ったのも、ひとつは手塚先輩の仇を討つ為。そして――。
 この人が俺のものだって宣言したかったから。
 そう、俺はこの人を自分のものにしたかったのだ。だから――坊主頭にした。坊主頭っつか、短髪だけど。
 跡部さんが興味深げにこっちを見ている。
「――何スか」
「お前がいつもと違うような気がしてな。何でだろうな」
 そんなこと言う跡部さんは穏やかな優しい目をしている。
 ずるいよ、アンタ。
 何でそんな目をするの。
 俺は――この人の前でどんな顔してるんだろう……。
「跡部さん。アンタ、俺がどういつもと違うっての?」
「ん? いつもより年相応に見える。いつもはもっと突っ張ってるだろ?」
 う……。確かに俺は突っ張ってたかもしれない。けれど、跡部さんにそれを見抜かれたくなかった。
 でも――この人のインサイトってすごいわ、やっぱ。
「――自販機行きましょう。当然アンタのおごりっスよね」
 俺はにやりと笑ってみせた。跡部さんはぶふっと笑った。何故笑う。アンタだってカツラのくせに。
「粋がりやがって――」
 悪かったな。たった二つ上なだけなのに俺のこと子ども扱いすんなっての。――まぁいいや。
「自販機の使い方ぐらいわかってますよね。おぼっちゃま」
 俺は嫌味っぽく言ってやる。
「おう」
 ――跡部さんは俺の嫌味が通じたのかどうだかわからないけど、勢いよく頷いた。
「――んで、何だっけ?」
「Ponta。グレープ味」
「OK」
 跡部さんは親指を立てる。本当にまともに自販機の扱い方知らないんじゃないかと俺はちょっと心配だったが、跡部さんは鼻歌を歌いながらスイッチを押した。
 Ponta。グレープ味。二人分。
「どうもっス」
 俺、竜崎にもおごってもらって礼なんて言ったことなかった。まぁ、あの時は相手側にも責任はあったと思うんだけど。
 竜崎……か。
 青学中等部テニス部監督、竜崎スミレ先生の孫娘。竜崎桜乃。
 いつもおろおろとしていて、彼女のお祖母さんとは違うなと思った。もしかしたらスミレ先生も昔はああだったのかな。……想像つかないけど。
 でも、優しいし竜崎はここ一番という時には毅然としていて――跡部さんがいなかったら、俺は竜崎に恋していたと思う。
 跡部さんは、竜崎とは違う。
 口も悪いし、ナルシストだし性格痛いし、始末に負えない。美形で金持ちだけど世間知らずだし――ほんと、始末に負えないよね。
 でも――だからこそ好きになったのかなぁ……。跡部さんは本当は悪い人ではないし。俺は、跡部さんの全てが好きらしい。
「はい」
 跡部さんが缶を渡してくれる。冷たい。
「ありがと……」
「どういたしまして」
 俺はプルタブを開ける。跡部さんも。泡が喉に染みる。
「甘ぇ」
 跡部さんは閉口している。この甘さがいいのに。
「これも庶民の味っスよ。にしても、アンタも流石にプルタブの開け方ぐらいはわかってるようだね」
「当たり前じゃねぇの。つか、物知らず扱いすんな」
「じゃあ俺のことも子供扱いすんな」
「わかった」
 そう言いながらも、跡部さんは俺の帽子をぽんと叩く。
「これぐらいはいいだろ。背伸びたか? お前」
「――少しね」
 実はすごく嬉しかったけど、俺は素っ気なく言う。仕方ないだろ、性分なんだ。
 俺達はベンチに座った。
「跡部さん、アンタ、ずっとテニスやるんでしょ?」
「そりゃ、やるよ」
 ――跡部さんは跡部財閥の御曹司で、本当は物凄く忙しい毎日が待っているはずだ。テニス部部長で、氷帝中等部の生徒会長もやっていると聞く。
「でも、忙しいでしょ」
「テニスをやる時間ぐらい、作る。俺様は時間の使い方が上手いんだ」
「そうなの? よくわからないけど」
「だから、お前と一緒にジュース飲む時間ぐらい作れる」
 それはつまり――俺とデートする時間も簡単に作れるってこと?
「アンタ……自分が何言ってるかわかってんの?」
「ん?」
「ま、いいや。じゃあそのうちまた俺とこうして過ごす時間、作ってよ」
 俺のこのセリフ、実はデートの誘いだったんだけど。
「――おう」
 跡部さんが口の端を上げた。ずるいよ。そんな顔して……俺を誘ってんの? んな訳ないか。
 あー、でも、この人恋人にしたら周りがうるさそうだなぁ。
 氷帝の雌猫、テニス部のレギュラー陣、青学や他校の隠れ跡部ファン……。
 そして――竜崎。
 俺は竜崎桜乃の顔を頭の中から追いやった。あ、跡部さんが不審がってる。
 ――俺は飲み終わったPontaの缶を捨てる。跡部さんも後に倣って。俺は何だか宙を飛んでいるような気がした。

後書き
リョーマの誕生日記念? 一日早いけど。
尚、この話は旧テニを集めていた頃に書きました。原作とは違うし、クリスマスなんだからいい加減跡部様の髪も伸びてる頃だと思うけど。
この話は全国大会が終わった後の時期のことかなぁ。リョーマ、原作では大会のすぐ後にアメリカ行っちゃうんだけど。
私はリョ跡が好きなんだけど――マイナーカップリングでしょうか。
2016.12.23

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