樺地クンのお姉さん

「あとべくん! むねひろに泥団子食べさせるなんてなに考えてんの!」
「……ごめんなさい……」
「むねひろ殺す気なの?!」
「やめて典子。跡部くんだって充分反省してるんだから」
「むねひろが死んだらアンタのせいなんだからね!」
 樺地典子。樺地崇弘の姉であった。

「いやぁ、樺地の姉さんはすげぇ弟思いだったなぁ」
「ウス」
「それに気が強くていい女だった。結婚してなきゃ俺が嫁にもらいたいくらいだったぜ」
「……ウ?」
「そしたらお前は俺の義弟だったな。どうだ? 樺地」
 跡部は樺地に向かってにやりと笑った。
「――想像できません」
「そっかぁ」
 跡部は伸びをして、
「まぁ、もう人のもんだしな」
 と、けらけら笑っている。
「ウス」
 姉が結婚して気落ちしていた樺地を跡部が慰める為バカ騒ぎしたのはそう遠い過去のことではない。今、跡部と樺地は生徒会室にいる。跡部は氷帝学園中等部の生徒会長なのだ。
「久々に樺地の姉さん――典子さんだっけ? に、会いたくなってきたな」
「では、家に来ませんか?」
「いいのか?」
「ウス。狭いところですが」
「でも綺麗だろ。久々だな。樺地ん家に行くの」
「ウス」
「ところで姉さんも実家にいるのか?」
「ウス、今、帰ってきています。旦那さんと」
「そっかぁ、じゃ会いてぇな」
「姉さんも――喜ぶと思います」
 典子も今ではもう姓は樺地ではない。それに、跡部に対する態度も軟化した。今では跡部のお姉さん的存在でもある。
「あのな、樺地――俺はお前の姉さんが女の中で一番好きだぜ。今でも」
「ウス」
「まぁ、それは内緒だけどな。あの人も人妻だもんなぁ。なぁ、お前はどんな女と結婚したい?」
「――考えたこと、ありません」
「考えてみろよ。おめぇ実は結構モテるんだしさ」
「う……ウス」
 ちょっと戸惑っているらしい樺地を見て、跡部は薄く笑った。
 そして、思い出していた。樺地典子という名だった跡部のお姉さん的存在の女性のことを――。

「ほら、これよ。これが本物のおだんご」
 典子は白い団子を器に載せて運んで来た。
「もう泥団子なんか出しちゃいけませんからね」
「うう……もうおれさまだってはんせいしてるぜ」
「わかってるわ」
 典子はにこっと笑った。跡部は何となく恥ずかしくなって俯いた。
「おいしいおいしいお団子よ。私が作ったの」
 えっへん、と典子は胸をはった。
「なぁ、かばじ。おまえのねえさん、りょうりがすきなのか?」
「ウス」
「お母さんのお手伝いして、いっつもおかしつくってるからね」
「ふぅん……」
 取り敢えず目の前の団子は美味しそうだ。跡部は手を伸ばして口にした。
「うまい!」
 庶民の味もなかなかやるじゃねぇか、と跡部は感心した。
「どうしてもね――日本の味が恋しくなっちゃって。あとべくんに本物のお団子を食べさせてあげたかったのもほんとうだけど」
「これ、おれのためにつくったのか?」
 典子は黙って笑顔を見せた。
 女の子って可愛いな。本当に樺地の姉さんなのかな。典子は美人だし。
 ――俺の、嫁にもらってやってもいいな。
 跡部はそこまで考えて、もうひとつ団子を食べた。
 跡部は樺地に恋をしている。でも、男同士で結婚はできない。樺地はどこか茫洋としているが典子は誰が見ても可愛くて美人だ。
 樺地に了承を得たかったがそれは憚られた。
「のりこ、おれのためにだんごをつくれ」
 俺に味噌汁作ってくれ、というあれである。樺地には意味がわかったらしい。でも、こういったプロポーズも遠まわしなので鈍い相手には伝わらない。
 ――典子は鈍かった。
「やぁね。お代わりくらいあるわよ。それに、むねひろにもあげなきゃ可哀想でしょ」
 伝わらなかった。俺様の気持ち……。
 跡部が落ち込んでいると、樺地が力づけるようにぽんと肩に手を置いて――
「ウス」
 と、微笑んでくれた。
 俺を慰めてくれているのか――?
「かばじぃぃぃぃぃぃ!」
 跡部は樺地を抱き締めた。
 典子は笑いながら、
「むねひろとあとべくんは仲がいいのね」
 と、言った。
「のりこ、おれのことは下のなまえでよべ」
 跡部景吾――それが跡部のフルネームである。
「わかったわ。けいごくん」
 典子に呼ばれて跡部は嬉しくなった。樺地のことがなけりゃ、結婚してもいいかもな――。
 それは、跡部達が子供だった頃の話――。

「さん、――跡部さん」
「ん?」
「そろそろお茶の時間ですが」
「あ、わりぃ。ぼーっとしてた」
 跡部は書類を見ている。と、樺地がそれを取り上げた。
「何すんだ? 樺地」
 樺地がこういう行動に出るのは滅多にないので跡部は少なからず驚いた。
「少し、休んだ方がいいと、思います」
 樺地の台詞に跡部は反論しようとしたが――。
 まぁいいや。
 いつだって、樺地は跡部の為に動いてくれる。
「樺地の姉さんが結婚して寂しいの、お前だけじゃねぇよ」
「――ウス」
「この間のバカ騒ぎ楽しかったぜ。またやろうな」
 実は皆もそれを期待しているらしい。
「お前も団子くらい作れるだろ? ――今度は俺様の為に作れ。それからとびっきりの旨い紅茶を淹れろよ」
 樺地がウス、と返事をする。跡部は樺地の背中を押しながら生徒会室を後にした。

後書き
樺跡? でも、樺地クンのお姉さんが主人公格ですね。今回はリョーマくんも出てきませんでしたね。
確か映画のネタかな? 樺地クンのお姉さんの話がちょこっと出て来るの。
樺地クンのお姉さん、詳しくはわからないので勝手に設定作っちゃいました。
2017.1.15

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