樺地の春

「跡部」
「よぉ。マムシ」
「マムシじゃねぇ! ちゃんと海堂薫という名がある!」
「でもお前マムシって仇名じゃねぇか。リョーマから聞いたぜ」
「ちっ。あのガキめいらんことを教えやがる……ところで樺地の誕生日って今日だったか?」
「あーん? ちょっと訳あって今日誕生会することになったけど、本当は1月3日だぜ」
「確かか? 間違えてねぇだろうな。樺地のヤツ、お前が誕生日間違えたこと根に持ってんじゃねぇのか?」
「確かだ。何度も確認した。――それに、樺地はそんなことを根に持つヤツじゃねぇ。根に持つタイプなのは貴様の方だろう」
「ところで今回はサッカーとかはしねぇのか?」
「ああ。今回は樺地にはささやかな立食パーティーで我慢してもらう」
「これのどこがささやかだよ……」
 跡部家の庭には世界の著名人が集まっている。料理も超一流の味のものばかりだ。
「薫クーン」
 三人の女達が海堂を呼んでいる。
「呼ばれたから行く。じゃあな」
「モテんじゃねーの。マムシ」
「マムシって言うな!」
 海堂がぎょろりと目をひん剥いた。
「おー、こええこええ」
 跡部が肩を竦めた。

「おい、景吾」
「南次郎さん」
 リョーマの父親、越前南次郎が跡部を呼んだ。南次郎は今日も和服姿である。
「菜々子さんも来てるだろ?」
 跡部が南次郎に訊いた。菜々子というのはリョーマのいとこである。
「おう」
「あの人、いい人だな。オレ達を手伝ってくれて。美人で気立てが良くて」
「ああ。いい娘なんだが浮いた噂ひとつねぇ。もう結婚適齢期なのによ」
「心配か?」
「少しな」
「悲観することもないと思うぜ。ほら」
 跡部が指差した。樺地と菜々子が一緒になって笑っている。跡部のインサイトには、菜々子の頬がほんの少し紅潮しているように見えた。樺地もいつもより愛想がいい。
「おー、なるほどな」
 南次郎が笑った。
「カバのヤツいくつになったんだ?」
「二十三だな」
「結婚話は?」
「まだ出てねぇけど。はえぇだろ、まだ」
「俺なぁ……孫抱くの夢だったんだよ」
 それを聞いて跡部が苦笑した。跡部はリョーマと結婚している。男同士だから子供は作れない。リョーマの兄のリョーガも男とくっつきそうだ。別段男好きな兄弟な訳でもないのだろうが。
「でも、カバと菜々子の子供を抱くことで夢は叶いそうだな。産まれてくるなら男がいいな。女だとカバ似じゃかぁいそうだろ」
 跡部にも何となく南次郎が言わんとしていることはわかった。
「だから、まだ早過ぎると思うぜ」
「――だな。結婚式には呼ぶよう言っとけよ」
「だから、まだまだだろうって」
「ぬぉっ! マッシュポテトが足りなくなってる。くれー!」
 南次郎がドドドと走り去った。
 良かったな。樺地。樺地の春――か。菜々子さんもいい女だし、二人がもし結婚でもしてくれたら俺様も嬉しい。
「何見てんの?」
 いつの間にかリョーマが隣りに来ていた。
「あーん? あれだ」
 跡部が件の二人を指差した。
「菜々子さんと樺地さんですか」
「そうだ」
「いい雰囲気っスね」
「お前もそう思うか」
「樺地さんと菜々子さんが結婚したら跡部家と越前家はますます固い絆で結ばれますね」
「何でだ? 樺地は別に跡部家の人間じゃねーぞ」
「でも、樺地さんは跡部さんのでしょ?」
「違いねぇ」
「俺、樺地さん嫌いじゃないな」
「だろう? いいヤツだ」
 跡部は最愛のリョーマに樺地を褒められて内心得意になっていた。
「樺地さんだったら、菜々子さん託してもいいな」
「おい、越前家は気の早い奴らばかりだな」
 跡部が笑う。
「オヤジ、何か言ってたの?」
 リョーマが訊く。
「ああ。樺地と菜々子さんの子供を抱いてやりたいってさ」
「ふぅん。――俺らじゃ無理だもんね。親に子供抱かせるとかって。兄さんだって清浦さんと結婚するようだし」
「だな……」
 好みのタイプは兄弟でも似てくるものなのだろうか。清浦誠司は越前リョーガの恋人である。清浦は跡部にそっくりの青年であった。
「跡部さん」
 菜々子が走ってきた。
「ちょっとお話があるんですが」
「俺、いない方がいい?」
「あ、リョーマさん……構いませんけど。あの――樺地さんて恋人とかいますか?」
「いない。樺地を気にしてる女は何人かいるけどな」
 そいつら全員見る目あるぜ、と跡部は思った。樺地は跡部にとって自慢の友だった。樺地がモテるのは自分がモテるより嬉しい。
「そ、そうなんだ……」
 良かった……という安堵が菜々子の顔に現れているようだった。
「樺地もモテるからな。告白なら早めにした方がいいと思うぜ」
 南次郎やリョーマ、そしてこの俺の為にもな、と跡部は心の中で付け足した。
「私、樺地さんのこと、一目惚れだったんです」
 じゃあ、樺地が菜々子さんのこと実は忘れてたことは言えないな。まぁいいか。――跡部はその秘密を墓まで持っていくことにした。
「これを機に、私、行ってきます」
 菜々子は顔を上げた。拳を握って。心を決めたら勇敢になるところはリョーマにそっくりだなと跡部は思った。

 跡部の記憶をひとつの出来事が過った。学生時代のことである。
(樺地ってさー、ゴリラに似てるよね)
 たまたま聞いたその台詞。笑いながら言ったのは学年一の美少女。でも、跡部は前から何となく好きになれずにいた。
 その女が跡部に告白した。跡部は言った。
「聞いたぜ。お前が樺地を馬鹿にしたの。俺はな、性格の悪い美少女よりもマジで人類かどうかわからんようなゴリラの方が好きな物好きでな。この話はなかったことにしてくれ。じゃあな」
 わざとあてこすってやった。少女は泣いたが跡部は一顧だにしなかった。菜々子とは正反対の性格の少女だった。今どうしているのかわからないけれど。

 後で、跡部は樺地に訊いてみた。
「なぁ、樺地、菜々子さんのことをどう思う?」
「――優しい人だと思います。告白も、されました。俺もあの人のことが、好きです――というか、好きになりました。こんな俺のことを好きになってくれるなんて、俺には勿体ない人です」
 樺地のファンが聞いたら何て言うかな。俺もちょっと寂しいな。跡部はほろ苦く微笑した。

後書き
樺地の春、今ちょうど春なのでアップしてみました。
跡部様も樺地の誕生日を覚えたようです(笑)。
でも、私も未来編での跡部様の年齢とか、樺地の年齢の関係とか、ちょっと勘違いしていたようです。私もアホですね(笑)。
2016.5.16

BACK/HOME