樺地の冬

「じゃあ、帰るで。樺地」
「クソクソ跡部に宜しくな」
 そう言った元氷帝のダブルス組、忍足侑士と向日岳人はキスをする。
「あ……忍足さん、向日さん、いつの間にそんな仲に……」
 樺地崇弘がおそるおそる訊く。
「去年のクリスマスやったな」
「そうだな」
 去年のクリスマス……ならばそんなに日にちは経っていない。去年のクリスマスには豪勢なパーティーがあって青学や氷帝のOBも大勢参加していた。
 因みに今は一月三日。樺地の誕生日だ。
「良かったですね。忍足さん、向日さん」
 樺地は彼らの為に喜ぶ。
「なぁに、俺、がっくんに散々詰られたで。今まで俺のことなんか見てなかったくせにって」
「侑士はクソクソ跡部が好きだったんだよ。だよな、樺地」
「ウス」
「でも、跡部は越前のものやもんな。だからってがっくんに乗り換えた訳じゃないけど」
「がっくんて言うのはやめろ! 俺のこといくつだと思ってるんだ!」
「俺にとっちゃいつまで経っても可愛いがっくんのままやで。おかっぱも似おうとるしな。ところで跡部は?」
「今、スイスの方に――」
「跡部も大変やな。正月三が日も明けないうちに仕事だなんて」
「侑士も真似してみそ」
 向日が言った。語尾が変わってるのは、まぁ、癖なんだろう。

 二人が帰った後、樺地は一人で湖畔を散歩していた。
(ここは何て気持ちがいいんだろう)
 清浄な空気を吸い込んで樺地は思った。
(後は跡部さんとリョーマさんがいれば……)
 樺地がこっそり思う。どちらも大事な友人達だ。
 氷帝にいた頃から樺地は跡部の従者だった。今もそれは変わっていない。
 ここは一人で落ち着く。
 仕事のことも忘れて、跡部さんのことを考えよう。
 それは恋ではないかもしれない。けれど、跡部はかけがえのない存在であった。
 跡部景吾と越前リョーマは去年結婚した。一旦は渡米したが、秋に日本に帰って来た。樺地も彼らと一緒だった。
 跡部は樺地のことも大切にしてくれた。昨日、跡部が言った。
「樺地! お前に休暇をやる! ただし、一日だけな。年末は休む時間なかったろ?」
 降ってわいた休暇にどうしていいか樺地もわからない。取り敢えず、跡部の勧めで去年の夏、跡部とリョーマと行った別荘に行くことにした。
 雪が……降りそうだ。
「俺、雪好きなんだ」
 ――リョーマの言葉が思い出される。
「明日は雪が降りそうだって。でも、あの天気予報あてにならないから。――雪が降ったら素敵だろうな」
 そう言ってリョーマが笑った。跡部さんも嬉しそうだった。
 白い世界で君と。
 そんな歌を昔リョーマが歌っていたことがある。竜崎スミレさんのプロデュースで。部員による宣伝でテニス部の活動の一環なのだそうだ。
 ――歌手に任せておけばいいんじゃないかと思ったこともあったけど。
 それを知った跡部はノリノリで歌を歌う企画に便乗した。それもまたいい思い出だ。
 スイスはどんな天候でしょう。晴れ渡っているといいですね。――ここは寒いけど。
 樺地は跡部の居場所に想いを馳せた。
 リョーマさんはちゃんと跡部さんのことを見てくれているだろうか。今でもテニスの練習は怠っていないのだろうか。
 越前リョーマは努力家だ。しかし、天賦の才も持っている。だからこそサムライリョーマと世界では言われているのだろう。
 跡部さんとリョーマさんが幸せだといい。他に何も望まない。
 雪がはらりと落ちる。やはり降って来た。
 樺地は物思いに浸りながら部屋へ帰って行った。
 これから何をしようか。取り敢えず暖炉に火でも入れようか。そのことを別荘番の夫婦にことわってこようか。用があったらいつでもお言いつけください。彼ら夫婦はそう言ってくれた。
 ――その時、樺地のスマホが鳴った。
「よぉ、樺地」
「跡部――さん?」
「どうだ。そっちの方は。快適か? あーん?」
「――ウス」
「じゃあ、その別荘、お前にやるわ」
 ――え?
「でも、ここは跡部さんも気に入ってた別荘で……」
「気に入ったからこそお前にやるんだ」
「はぁ……」
 少し吃驚した樺地は気のない返事をした。
「嬉しくないのか? あーん? 森の木々も建物も、全部お前のものだぜ」
「嬉しいです。俺には過ぎたプレゼントかと――」
 樺地が言った。別荘をもらっても仕事に忙殺されて行く機会がない。だが、跡部の心遣いが樺地には嬉しかった。それに、跡部は忙しいのに樺地に休暇をくれた。樺地は跡部の留守を守るつもりでいたが、好意を受け取らないと哀しがるのは跡部の方だ。
「それぐらい当然だろ? 俺はお前を安い賃金で雇ってるんだからな」
 ――樺地にとって跡部に雇われるのはそれこそ当然のことだ。
 跡部さんがいるから、今の自分がある。好きです。跡部さん。例えリョーマさんのものでも……。
「どうした、樺地」
「――何でもありません。あの家はいつでも綺麗にしておくよう手配します。跡部さんがいつ来てもいいように」
「それじゃまるで別荘番じゃねーの。別荘番は別にいるだろうがよ。あそこではお前が主人だぜ」
 跡部の台詞を聞いて樺地は苦く笑った。
 チャンスがなかった訳じゃない。樺地が望めば跡部は自分のものになっていたかもしれない。
 けれど、樺地はそれを望まなかった。
 今はただ、跡部とリョーマが上手く行くことだけを望んでいる。
「あ、そうだ。菜々子さんのところにも新年の挨拶しなければな。いろんなことに紛れてまだしてなかった」
「菜々子、さん?」
「ほらいたろ? 結婚式の時。リョーマ似の別嬪が」
 樺地は記憶を手繰っていた。――そういえば、リョーマのいとこだったっけ。確かに美人だった。リョーマ似の別嬪なんて、跡部もなかなか惚気てくれる。
「ああ、そうだ。誕生日おめでとうな。樺地」
「今年は休暇と別荘がプレゼントなんですか?」
「ビッグサプライズを予定してたんだけどよ、急に仕事が入っちまって。父さんがこのレセプションが終わったら盛大に祝おうな、と言ってくれたんだけど」
 ビッグサプライズ――その言葉を聞くと、中学時代のお祭り騒ぎを思い出す。
 あれは、姉が嫁に行って寂しく思っている樺地を跡部が元気づける為に考えたものだ。誕生祝いも兼ねていたようだったが、生憎その日は樺地の誕生日ではなかった。
 けれど――想いは充分伝わった。
 この人に仕えて良かったと思った。
 樺地にとって跡部は永遠のキングだ。子供の頃、出会った時から運命は定まっていた。
 自分は多分、一生結婚しない。できないのではないかと思う。別にしたって構わないのだが、跡部のことしか頭にない男なんて嫁の方で嫌がるだろう。
 俺は一生ついて行きます。跡部さんに。
 不思議と跡部には今は欲情しない。男に欲情してもそんな自分に戸惑うだけだが。――ああ、過去に一、二回ぐらいはあったか。跡部に欲情してしまったことが。その後は自分がとても汚れた者に思えた。跡部は樺地には眩し過ぎる。
 不器用な人、一生懸命な人。そして、人一倍勇敢で優しい人。
 リョーマも自分で不思議がっていた。
「何で、俺、跡部さんなんだろう。どうして跡部さんなんか好きになったんだろう。――変だね」
 それは跡部のいないところでの台詞であるが。
 去年のクリスマスパーティーはその前の年よりも盛大に執り行われた。主催者は跡部である。勿論、樺地も跡部を手伝った。
 クリスマスパーティーが年々派手になっていくのには訳がある。
 ――跡部の伴侶である越前リョーマが12月24日生まれなのだ。
 もしやパーティーの中で向日は忍足に気持ちを伝えたのだろうか。雰囲気にも酔っていたのかもしれない。
 跡部は樺地とそう四方山話をしている時間もないらしく、慌てて電話を切ってしまった。

後書き
大人になった樺地達の話です。未来の話ですね。
樺地、誕生日おめでとう。
実は大人になった跡部とリョーマ達の続き物の話があるのですが、なかなかアップできませんね(笑)。
2016.1.3

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