樺地で実験してみました

「むむむ……」
 この俺様の前にあるのは所謂カップラーメンというヤツだ。これを食うには『かやく』が必要らしい。
 大丈夫か? 火薬なんて使って。爆発しねぇか?
 ――樺地で実験してみるか。
「おい、樺地、樺地」
「――ウス」
「このカップラーメンを食べる為にかやくを使え」
「……跡部さん?」
「早く。俺様は一刻も早くカップラーメンとやらを食してみたいんだ!」
「――わかりました」
 オレは樺地から離れて部屋の隅に隠れた。
「――跡部さん? どうしました?」
「いや、何でもねぇ。ははは……」
 まさか爆発に巻き込まれたくないから避難してるなんて樺地には言えねぇしなぁ……。それにしても、ジロー達はよくこんな爆発するかもしれない物騒なもん食ってんなぁ。
 樺地は蓋を開けて三つの袋を出す。むっ、あの中に火薬も入ってんのか?!
 樺地は袋の中身を空ける。粉状のものが入っている袋も。そしてポットのお湯を入れた。
「三分間待ってください。それからこの液体スープを入れます」
「……へ?」
 そんな簡単なことでいいのか?
「ば……爆発しねぇのか?」
「――爆発、とは?」
「カップラーメンが爆発とかしないのかと訊いてるんだ!」
「まさか……」
 樺地があんぐり口を開けている。どうした? 何だってんだ?
「火薬ってのが必要だろう、それに……」
「『かやく』……乾燥具材のことですか?」
「それそれ。……あーん? 何だって?」
 俺は言葉を失った。
「かやくがお嫌いならかやくがないカップ麺もありますが」
「い、いや、いいんだ……ははっ」
 なぁんだ。俺の勘違いか。ちょっと考えればわかることなのに、俺は樺地まで巻き込んで……。
「樺地、それ、食え」
「――いいんですか?」
「いいんだ。食え」
 オレは樺地を危険に追いやったんだからな。勘違いだったとは言え……。でも、勘違いじゃなかったらどうなってたんだ?! ――俺はゾクッと体を震わせた。
「跡部さん、風邪ですか? 顔も青いし」
「いや……大丈夫だよ」
 こんなに優しい樺地を死地に追いやるところだったんだ……。
「すまん、樺地」
「食欲ないんですか? だからカップ麺を……」
「い、いや……」
「お粥作ってきましょうか?」
「お、おう……」
 こいつの作る粥は旨い。家庭科得意だからかな。女だったら良妻賢母になってたな。
 しかし、樺地崇弘は生憎といかつい大男だ。女だったら嫁にもらっても良かったんだがな……。
 ――って、何考えてるんだ、俺は!
「跡部ここぉ?」
 ジローがやって来た。
「あ、何かいい匂いがするC~」
「おう、カップラーメンだ」
「芥川さん……跡部さん、これ、芥川さんにあげていいですか?」
 ジローの名字は芥川と言う。芥川龍之介の芥川だ。
「おう……」
 ちょっと食べてみたかった……。嗚呼、俺様のカップ麺。
「カップ麺よりお粥の方が消化がいいです」
 そうか。樺地なりに心配してくれてるのに、俺は……。すまん、樺地。
 美味しそうな匂いが辺りを包んでいる。確かにこれは旨そうだ。
「わーい。あれ、跡部どったの?」
「ちょっとな……」
「ジローさん、跡部さんは具合が悪いみたいです」
「ふーん。お大事に。と言っても樺ちゃんがいるから心配いらないか」
 ジローのヤツがそう言ってカップ麺を啜る。一口でもいいから食ってみたかったな……。
 まぁ、俺様には樺地の粥があるからな。酸っぱい葡萄? 何のことだ?
「跡部。食べたいなら一口あげるC~」
「いいのか?」
「うん。はい、あーん」
 どうせなら橘杏のような可愛い女にあーんしてもらいたかったが仕方がない。食った後、俺は言った。
「――旨い」
「でしょー?」
 ジローが何だか嬉しそうだ。ジロー達が夢中になるのもわかる。
「でも樺地の粥の方が旨いな。樺地、さっさと作って来い」
「ウス」
 樺地も何となく嬉しそうだ。この男はあまり顔に出さないタイプだが、俺のインサイトで感情の動きがわかる。
 満足だろ? 樺地。この俺様に仕えることが出来て。
「跡部は幸せだね。樺ちゃんにお世話されて」
「いえ……俺の方こそ……跡部さんの傍にいることが出来るだけで……幸せです」
 ふはははは。そうだろうそうだろう。俺様も樺地がいてくれて有り難いぜ。
 だけど、かやくには参ったぜ。樺地は庶民生活にも通じているんだな。カップ麺のかやくが何かを知っているなんて。

 ――程なくして樺地が俺の大好きな中華粥を運んできてくれた。
 忍足も岳人もその他のメンバーも既に来ていた。
「どうした? 跡部。粥なんて」
「跡部さんは具合が悪いんです」
 本当はそうじゃねぇんだが、そういうことにしておくか。何しろ樺地がそう信じ込んでいるんだし。
「ふぅん。今日の部活、大丈夫か?」
「――大丈夫だ」
「休まなくて大丈夫か?」
 と、向日岳人。こいつは口は悪いけどいいヤツなんだ。
「ああ。樺地の手製の粥食べたら治っちまうぜ。なぁ、樺地」
「――ウス」
 樺地の表情が僅かに綻びた。
「美味しそうだC~」
 ジローが羨ましそうに眺めていたのでさっきの礼だと言って一口やった。ジローは「ほっぺた落ちそうだC~」と、無邪気に笑っていた。
 忍足はじーっと見つめていたが何も言わなかった。ただ、テニスコートに向かう時に一言。
「ま、今日はテニスはしない方がええかもしれへんなぁ。どっこも悪いとこはなさそうやけど」
 ――どういう意味だ? 樺地が心配そうに見てるからか?
 テニスで汗を流したかったけど、たまには見学もいいか。
 準レギュラーのフォームも見てやんないといけないし……。
 あれ? ……眠い。ここんとこ忙しかったからな。ちょうどいい。少しの間ここで寝よう。
 寝入りばなに樺地が俺のことを慈愛の目で見ているような気がしたが多分気のせいだろう。

後書き
公式の『跡部様の庶民生活体験(だったっけか?)』を聞いて作った話。
跡部様はただ樺地で実験するような人ではない、と思って。
2015.10.22

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