いつか思い出になる日が来ても 10

 私は急な発熱でしばらく学校に行けないでいた。跡部さんとは生存確認をお互いにしていたけれども。――その間に、全てが終わった。

 八束正則――八束君は全校生徒の目の前で跡部さんに謝罪した。榊先生が指示したのだと言う。
 まぁ、今回の跡部さん虐めのきっかけを作った張本人だしね。
 だが、八束君だけが悪いのではないと思う。尻馬に乗って跡部さんを攻撃した人もいたんだし。
 ちょっと腑に落ちないが、事件はそれで解決となった。跡部さんのグルーピー(という言葉はもう古いのかな)も復活した。跡部さんは少し迷惑そうだ。
 八束君と跡部さんは友達になった。跡部さんは越前君と一緒になって八束君にテニスを教えているのだと聞く。越前君がいない時は跡部さん一人で。
 今度は八束君を虐めのターゲットにしようとした人達もいたらしいが、跡部さんが押さえている。
 八束君は気の毒な人だ。お父さんが逮捕されたのだ。不安な状態でもあろう。
 でも、そんな時、傍にいたのが跡部さん達だった。これは意外な展開と言わざるを得ない。
 そして――私は八束君とも一緒に話すようになった。八束君は悪い人ではなかった。
 私は八束君のテニスが好きだ。
 越前君のようなスーパープレイだったり、跡部さんのような美技ではないにしても、八束君のテニスには努力の跡が見える。
「テニスって楽しいな」
 いつだったか彼はそうも言っていた。私も、テニスの魅力はわかる。だって女テニの元部長だもん。好きじゃなかったら引退待たずにとっくにやめている。
 私達はテニスの話題で盛り上がることが多くなった。滝萩之介さんという、引退前にレギュラーから降ろされたことのある生徒もときたま加わるようになった。
「山本先輩、相変わらずテニス下手っすね」
 ――と、私はよく越前君に揶揄われてしまう。本当のことなので文句も言えない。跡部さんが私のことを庇うことが多いので越前君も不満そうだが。
 日々は穏やかに過ぎて行った。私は青春学園を懐かしむことが多くなった。青春学園の友達や竜崎さんとも会う機会も増えた。堀尾君も面白くていい子である。
 氷帝での生活も楽しいけれど――。私は、青学の高等部に入ることに決めた。

 桜散る卒業式シーズン。私は氷帝から卒業することにした。ころころ学校変わるのやだもん。
 跡部さん達はもう既に集まっていた。
「お、マドンナの登場やで」
 忍足君たら、マドンナは言い過ぎだよ……。
「山本!」
 跡部さんが嬉しそうに声を上げた。卒業証書の入った筒を持って。
「もう卒業だな。めでてぇな!」
「そうだね」
「まぁ――樺地と離れるのは残念だけど。同じ氷帝だもんな」
「――ウス」
 跡部さんの言葉に、樺地君がいつものように答えた。
 知ってるんだ。私。跡部さんの本命は樺地君だってこと。
 でも、私には八束君がいる。
 そう。私、山本優子と八束正則は恋人として付き合っている。
 告白は私の方から。八束君も俺で良ければ、と応えてくれた。
 跡部さんには不思議な力がある。周りの人を幸せにする力だ。八束君も私も、跡部さんによって救われたのだ。だから、氷帝のキングとか言われたりするのかな。
 青学も好きだけど――氷帝に来て良かった……。
 やだ。涙が出て来た。私は指でそれを拭う。
「何だよ。泣いてんのかよ。湿っぽいのはなしにしようぜ。今日は」
「そうそう」
「優子ちゃ~ん☆」
 ジロー君が抱き着いて来た。ジロー君……芥川慈郎君は癒しのオアシスだ。
「ちっ。俺も山本に抱き着きたいなぁ」
「侑士。お前がやると犯罪だ。止めとけ」
「酷い! がっくん! ジローと俺とどこがちゃうねん」
「そのいかがわしい丸眼鏡のせいじゃねぇか?」
 宍戸君が指摘した。問題はそこではないと思うのだけど……。その傍では鳳君がおろおろしていた。心配しなくてもいいのに。
「はぁ……先輩達、ここにいましたか」
「おっ。日吉」
 日吉若君は現在のテニス部部長だ。氷帝の。
 古武術の使い手で、演武をテニスに応用している。彼は真面目で一本気だ。いい部長として部員達を引っ張って行くだろう。
 ――まぁ、私は少し苦手なんだけどね……。
「榊先生、待ってますよ」
「そうか。――まぁ、いずれ榊先生のところにも挨拶に行こうと思ってたからな。皆行くぞ」
「おう」
 跡部さんの号令で皆が動く。勿論私も。私達は校舎に引き返す。
 榊先生は音楽室で待っていた。何故音楽室? まぁ、音楽教師だからね。そうは見えないけど。
「諸君。改めて卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
 皆、声を揃えて言った。
「跡部、高等部でも皆を宜しく頼む」
「わかりました」
「滝からも連絡があった。『今までありがとう、高等部では絶対レギュラーになる』だそうだ。それから山本」
「は、はいっ!」
「今までよく頑張ったな。青学に行っても元気で」
「はい」
 榊先生は『青学に戻る』とは言わなかった。そう言われなかったのは助かった。そう考えると、何だか出戻りのようで……。
「俺、山本は高等部も氷帝だと思ってたC~」
 ジロー君は少し寂しそうにしてくれる。でも、こればっかりは仕方ない。もう決めたことだ。
「山本には山本の事情があんのさ。俺だって遠くの学校行くんだし」
「八束はどこに行っても別段気にならないC~」
「どういう意味だよ、そりゃあ」
 八束君とジロー君がじゃれ合っている。榊先生がいなければ、八束君はジロー君にプロレス技でもかけていたことだろう。手加減はするだろうが。
「山本、駄菓子屋寄らね?」とジロー君。
「ああ……うん」
「その前に、あそこに行くか?」
 跡部さんが言うのは、あの猫の墓のことだ。猫の墓を作ろうとして、あそこで跡部さんと出会って――。
 あれから全てが始まったのだ。
 いや、私が跡部さんと出会う前には青春学園に行ってたし、引退する前には女テニの部長として何とかやってて――。
 そんな風に、私の人生、過ぎて行くんだろうか。出会いと別れ。歓びと涙。
 私達だって死んだ猫とそう変わらない。百年もしたら皆墓の中だ。だからいつかは皆思い出になるのだ。
 それまでは、この地球(ほし)で精一杯生き抜いてやる!
「私、猫のお墓に挨拶したら、寄りたいところがあるから」
「そうか。じゃ、用が終わったら電話でもくれよ」
 私の彼――八束君がそう言った。
「おめぇ、嫌いなモンばっかでも山本は好きだろ」
「な……そんなこと……あるけど……」
 跡部さんの揶揄いに八束君は戸惑っているようだった。八束君には意外と初心なところがある。跡部さんを率先して虐めていた人だったとは思えない。
 八束君は無償の好意に弱いのだ。今だって、跡部さんが私達を祝福していることがわかっていたからどう反応したらいいかわからないのだ。

 私は青春学園の正門前に二つの小さな――でもないか――影を見つけた。私はちょっと歩を進めるのをやめた。
 しっかりしろ、山本優子。今度は逃げて来たんじゃない。凱旋して来たんだ。そう思っても足が言うことをきかない。
「山本先輩! 卒業おめでとうございます!」
 竜崎さんが駆けて来た。私は竜崎さんに笑いかけた。
「竜崎さん、私、来月からここの高等部にお世話になるわ。宜しくね」
 それから――越前君が前に出て来た。いつもと同じ、飄々とした態度で。
「お帰り、先輩」
 その瞬間、私の涙腺が決壊した。
「――ただいま!」

後書き
テニプリの嫌われシリーズのスピンオフ作品です。『リョーマの戦い』や『俺様嫌われ中』も読んでくださると嬉しいな。
山本優子ちゃんは抜けてるところが私に似てるかな。
『俺様嫌われ中』を書いた後、「こんな話も書きたいなぁ」と思って考えたのがこの作品です。
オリキャラが出てくる作品が嫌だっていう方、すみませんでした。私はオリキャラに抵抗はないんで。
読んでくださった方、ありがとう!
2017.4.9

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