愛しの副部長

「おはようっス。副部長」
「む、赤也か――今日は遅刻しなかったな」
 もうすぐテニス部の朝練が始まる。俺――切原赤也は副部長の真田弦一郎さんに挨拶する。
 立海大の『皇帝』、真田副部長。厳しいけれど、実は優しい人だ。俺は密かに憧れている。だけど――。
 副部長には想い人が既にいる。『神の子』と呼ばれる幸村精市部長だ。
「皆は?」
「まだ来てないぞ」
「じゃあ、俺が一番乗りっスね。副部長除いて」
「ああ。遅刻魔のお前がこんなに早く来るなんて、今日は雪でも降るかな」
「副部長ー、それはないでしょー」
 ああ、好きな人とじゃれ合える幸せ……。
 なんて言ってる場合じゃねぇよ!
 副部長なんて中三でも見た目おっさんなんだからな! 何かあるとすぐ鉄拳制裁して来るんだからな! 下着は今時ふんどしなんだからな!
 ……それでも副部長が好きだなんて……俺、終わってる……。
 でも、でも副部長が好きなんだ。萌えるんだ。
「どうした? 赤也。赤くなって……」
 あ、赤くなってたんだ。俺……。
「赤くなった赤也、なんてな。ははは……」
 副部長。それ、つまらんス。
「は、いえあの……英語でわからないところがあって――」
 自慢じゃないが、俺は英語がすげー苦手だ。
 どんなに勉強しても頭に入ってこねー。俺、中二だけど、小学校レベルの英語すらわからねぇもんな。
 前に『orange』を『おらんげ』と呼んでクラスメートに笑われたもんなー。
 くそっ、どうして日本語が世界共通語じゃねぇんだよ! かくいう俺も日本語が得意という訳でもねぇけど、取り敢えず、何を言ってるのかは、わかる。
 ――だから、どこからどう見ても日本男児な副部長に憧れるのかなぁ。関係ねぇか。
「英語か……じゃあ、部活終わったら教えてやろうか?」
「うぇっ、いいの?」
「ああ。今はまだ時間に余裕があるからな」
 神様……!
 でも、副部長なら余裕がなくても俺のことを面倒みたんじゃないかな。そういう人なんだ。真田副部長と言う人は。
「おねがいしゃす!」
 俺は頭を下げた。
「それにしてもなぁ……赤也はいつもは可愛い奴なのにな。悪魔化するとどうして怖いんだか」
 副部長……俺、可愛くないっスよ……。
「あ、悪魔化すると実力発揮できるんスよ」
「そうだったな。そのおかげで赤也はレギュラーになったんだからな」
 褒められたのかな、これ……。でも、俺は全身しびれてしまった。
「でも、俺、本当に英語嫌いだから……」
「わかっておる。幸村がいたら協力してもらうところなんだが」
 もう。恋敵の名出さないでくださいよ。俺の前で。確かに俺も幸村部長好きだけど、それは先輩としてであって――。
 副部長への想いとは全然違うんだから。
 それに、神の子に俺が敵うはずないじゃん。
 ――俺は、ぐすっと鼻を鳴らした。
「どうした。赤也。風邪か?」
 副部長は世界一鈍い男だし。立海のテニス部は楽しいけど、少し辛い。
「何でもないっスよ」
「そうか」
「おう。真田ー。赤也もいるナリか」
 そう言って部室の扉を開けたのは仁王雅治先輩。またの名を『コート上の詐欺師』。
 何でも見透かされているようでちょっと苦手なところもあるけど、悪い人じゃない。
「ああ、仁王。ヒマあるか?」
「ここんとこずっとヒマなり」
「だったら俺と一緒に赤也の英語の勉強をみてくれないか?」
「無駄ナリ」
 仁王先輩は即座に言った。先輩、ヒドイっス……。
「赤也は英語を受け付けない頭ナリ。真田だけで教えると良いぜよ」
「そうか……人数が多ければその分赤也は英語を効率よく覚えることが出来ると思ったんだが……」
「ピヨッ」
 仁王先輩は謎の言葉を言った。この人はどうも読めない。
「赤也――ちょっとこっちきんしゃい」
「仁王……赤也は今日はせっかく朝練に間に合ったというのに……」
「すぐ返すナリ」
 俺は仁王先輩に物陰に連れて来られた。
「赤也……おまん、真田のこと好きナリね」
「う……」
 こういう時は何と言ったらいいかわからない。俺が困っていると、仁王先輩は言った。
「まぁ、おまんらとは長い付き合いじゃし、赤也の気持ちもわからないでもないナリ」
「仁王先輩……」
「真田は男惚れする男じゃからのう」
「最初は苦手だったんス」
 俺はついに語り始めた。仁王先輩には隠してもしょうがないと思って。仁王先輩は誰彼構わず言いふらすような男じゃない。俺は続けた。
「でも、一生懸命やってると労ってくれたり、幸村部長と話している時とかとても優しい目をしているのを見たりしているうちに、『あの人が好きだ』と思ったんスよ……」
「叶わぬ恋じゃな……」
「そう。でも、構いません。俺、部長と副部長の仲を邪魔する気はないから……」
「――おまん、いいヤツじゃな」
 仁王先輩の顔が綻んだ。
「おまんが本当の恋を知ることを願っているぜよ」
 本当の恋? 俺のこの想いは本当の恋じゃないというのか? 仁王先輩……。
 絶対破れる恋だとわかっていても……そう考えるのはやっぱ、ちょっとショックだなぁ……。
 仁王先輩が黒い癖っ毛の俺の頭を撫でてくれた。
「真田の場合は相手が相手じゃからな。俺も幸村が好きじゃし、素直におまんの恋を応援する気にはならないけどな……」
 仁王先輩は俺の頭を優しくぽふぽふと二回叩くと、ふらふらと行ってしまった。俺も慌ててついていく。
 仁王先輩も優しい……ま、やっぱ苦手なとこはあるけどな。
「おお、赤也。帰ったか」
「はい」
「これからランニングと素振り、ストロークだ。――どうした。赤也。嬉しそうだな」
「そ、そっスか……」
「はにかんでいるようだぞ――」
 副部長に指摘されて、俺は少し恥ずかしかった。
 今日は副部長と朝練が出来る。いつもは俺、寝ている時間だもんなぁ……。副部長と練習が出来るだけで、俺、幸せっス。
 尤も、こんな言葉、副部長の前では言えねぇけど。
「――俺、テニス好きっスから」
「それで朝練にも真面目に来る気になったのか? いい心がけだ」
「いやぁ……」
 今日はたまたま早起きしたからなんだけど――。こんな風に副部長に褒められるなら、明日も早起きしてみようかな。
「いいか。早起きは三文の得と言ってだな――」
「真田。説教してる場合じゃないナリ」
 仁王先輩が副部長の言葉を遮った。
「まぁいい。さっさと着替えろ」
 副部長に命じられた俺は上機嫌のまま、立海の黄色いジャージに着替えた。鼻歌を歌いながら。

後書き
2018年5月のweb拍手お礼画面過去ログです。
赤也って可愛いな~、とか思いながら書いた記憶が。
皆様、拍手ありがとうございます!
2018.06.02

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