腹心の友3

 ――跡部景吾は憂鬱だった。
 近頃やけに忍足と樺地の仲が良い。それはいいことではある。忍足も跡部のようには樺地に恋している訳でもない。
 友人の越前リョーマもしばらく来ない。尤も、友人と思っているのは自分だけかもしれないが。越前が来れば退屈も紛れるのにな――。
 仕事があれば気も紛れるのに、今日に限って何もない。さては頑張り過ぎたか、俺――。
「どうしたの~、跡部~」
「……ヒマだ」
「だったら外に出てみるといいC~。すっごく気持ちよかったよ。では、おやすみ~」
「こら、ちょっと待て。こんなところで寝るな」
 跡部の叫びにも関わらずジローは跡部専用ソファで寝息を立て出した。
「ふぅ……そんじゃ、ちょっくら行ってくるか」
 空は晴天。空気も心地よい。今まで仕事づけで外の花を愛でる機会もなかったな、と、跡部は反省する。
 すっと人影が通り過ぎた。あれは――越前?
 越前が歩みを止めた。誰かいるのかと目を遣ると、そこには忍足と樺地がいた。
「通してくんない? ――跡部さんに用があるんだけど」
「越前――跡部なら部室やで。きっと」
「ふぅん、そう」
 越前は忍足に気のない返事をした後、帽子を直した。
「樺地さん――跡部さんの本命の樺地さんだね」
 うぉっ、見抜かれてた! 跡部はドキドキしながら物陰に隠れていた。
「跡部さんから聞いたよ。忍足さんと樺地さんは腹心の友なんだって? ――笑っちゃうね」
 ――風が変わった。
「欲しいものは手に入れるだけだよ。相手が忍足さんだろうと樺地さんだろうと――跡部さんは譲れない」
 越前は相変わらず強者の誇りを背負っていた。
 ていうか、待て待て。俺は越前に惚れられてたのか?
 跡部は今までのことを思い返す。そして出た結論は。
 それは――ないな。
「跡部さん、出歯亀なんて卑怯ですよ。さっさと出て来てください」
 跡部が物陰から姿を現した。さすがに逃げることはしない。
「……バレてたか」
「跡部さんも人が悪いんですから。悪い意味で人たらしですね」
「――どういうことだ」
「忍足さんも樺地さんも腹心の友なんてかっこいいこと言ってますが、本当はどちらも跡部さんを欲しくてたまら――うっ!」
 忍足の拳が越前の頬を捉えた。彼の伊達眼鏡がきらりと光る。
「ええ加減にせぇ、越前。言っていいことと悪いことがある」
「今の一発は高くつきますよ。忍足さん」
 越前は切った口の端を手の甲で拭った。
「今日はこれで帰ります」
「待て……帰るのか?」
 跡部がゆっくり呼び止める。内心の動揺を押し隠して。
「今のままじゃどうにもならないし――俺だって青学のレギュラーとして忙しい身なんでね」
「だったら来なきゃいいだろう」
 心とは裏腹な言葉が跡部の口をついて出る。
「それ――本気ですか? 跡部さん」
「いや……」
 跡部はにっと笑った。
「――おまえと手塚だけは顔パスだ」
「ウィース。じゃ、皆さん、これで」
 ――そして、王子様は去って行った。
「何や――宣戦布告しに来ただけか」
 忍足も拍子抜けしたようである。
「それよりも忍足、樺地――よくも当の本人である俺様をつんぼ桟敷に置いてくれたな」
「堪忍な……でも、俺も譲れないもんがあんねん」
「何だ? 譲れないものとは」
「跡部の幸せや」
 跡部と忍足の視線が真っ向からぶつかる。まるで親の代からの敵同士みたいに。それが、跡部には辛い。
 数分が永遠に思えた。
「――そうか。俺の幸せか。だが、俺の幸不幸を決めるのは俺様自身だ。きいた風な口を利くな」
「う……」
 そう言われると忍足は弱い。
「――俺様も混ぜろよ……」
「――は?」
「だから、俺の幸不幸を決めるのに俺様も混ぜろと言ってんだよ! 何だよ! 越前のヤツも言いたいこと言って帰りやがって!」
「跡部……」
「跡部さん……」
「おまえらのこと信じてたんだがな――」
 忍足も樺地も跡部の言葉に肩を落とす。だが、次の瞬間跡部は言った。
「だからこれからはもっと俺様におまえらを信じさせろ! いいな!」
 氷帝の王様が駄々をこねている。跡部自身にも自分で言っている台詞の意味が分からない。だが、跡部にはそんな彼が可愛いと思われているとは夢にも知らなかった。
 忍足と樺地は目を見交わしてふっと表情を緩めた。しかし、跡部との睨み合いは忍足の精神力も少なからず削っていたようだ。樺地はよろけた忍足を支える。跡部はほんの少し忍足に嫉妬した。

 部室のソファでジローは天下泰平に眠りこけていた。
「おい、起きろ。ジロー」
「ふぁ……跡部?」
「おまえのせいで面倒に巻き込まれたぞ。どうしてくれる!」
 半ば自分から巻き込まれに行ったくせに跡部は理不尽な文句をジローに叩きつける。
「え……何で俺?」
「おまえが外が気持ちいいなんて言うから!」
「でもさぁ、跡部」
 ジローがふわぁ、とあくびをしながら指摘した。
「今の跡部さん、最高にいい顔してるけど?」
 跡部は目を見開いた。いい顔してるだって? 今?
 頬にかっと血が上った。――跡部はそっぽを向いて呟く。
「俺も――腹心の友を得たんだよ」
「ふぅん、よかったね。で、腹心の友って何? 美味しいの?」
 ジローのボケに跡部は拳を口に突っ込んでやろうと思ったが、反対に噛み千切られそうなのでやめた。どうも芥川慈郎という男は素でボケてんのか天然なのかわからない。
「なっ、忍足、樺地」
「跡部――何や嬉しそうやな。さっき殺したそうに俺のことを見ていたヤツとは思えへんで。なぁ、樺地」
「ウス」
「俺、女ならたくさんいるけど、友達はいなかったもんな」
「それ、自慢するとこやないやろ……」
「ウス」
「樺地は友達やなかったんか?」
「ああ、女房だ」
 跡部はさらりと言った。樺地が照れて赤くなった。忍足が頭を掻いた。
「俺の気持ち、わかってくれたと思たんやけどなぁ……なかなか厳しいで」
「お、俺は……」
「ああ、いい、いい。無理して返事しようとするな。樺地。今のは冗談だ。ちょっと俺もドキドキしてるけどな。お前の気持ち、まだわからんからな――でも、伝えられて良かった。これは嘘なんかじゃないからな」
 きまり悪げに言う跡部を見て、忍足はネコのような忍び笑いをした。本当は忍足が笑うところではないにも関わらず、である。
 ジローはまだ眠そうな声で言った。
「忍足、樺ちゃん――跡部。トリオ漫才するんなら他所でやってほしいC~」

後書き
今回はジローちゃんも出しました。好きなんですよ、ジローちゃん。ジローちゃんは天使だと思います。
忍足くんはリョーマを殴りました。このエピソードの続きは考えてないんですけどどうなってしまうんでしょうねぇ……。
2016.1.16

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