腹心の友2

「何や? この書類の量は?」
 忍足侑士が驚いた声を上げる。
「明日までに目を通さなければならない書類だ」
 跡部景吾がさらっと言う。傍にいる樺地崇弘も黙々と手伝っている。おそらく生徒会関連のものだ。
「はぁ――でも大変そうやなぁ。……俺も手伝おか?」
「悪い。じゃ、ハンコ押しやってくれ」
 ハンコ押しか。軽い軽い。――と忍足は思ったが。
(そう思た俺がアホやった……)
 とにかく、量がハンパでないのだ。忍足は立ち上がった。
「――どうした? 忍足」
「用事思い出したわ――すぐ戻る」
 忍足が部室に帰ってくると、跡部と樺地――主に跡部――が話しているのが聞こえた。
「――だから、な。今までありがとな。樺地」
 ん? 珍しいやんなぁ。樺地に感謝する跡部なんて。樺地も何と答えたらいいのかわからないのだろうか。声が聞こえない。
「俺が困った時には、お前がいつも傍にいてくれたな。今だってこうして協力してくれている」
「――ウス」
「ん? 忍足は遅いな。先公にでもとっつかまったかな」
 ――何や、出づろうなってしもたな。
 でも何となく気になって物陰に隠れていると――。
「樺地、これからも俺様を助けてくれるか?」
「ウス」
 こうやって跡部が甘えるのも樺地にだけだ。忍足はちょっとジェラシーを感じた。
「俺様も、ずっとお前といたい。――好きだ。樺地」
 えっ?! ちょう待たんかい! 跡部が樺地を好きやって?!
 樺地の困った顔が目に浮かぶようだ。困ったと言うより、狼狽えるというか――。
 跡部は心を許した者にしか本当のことは言わない。好きだなんて、冗談では言わない。まして、長い間傍に置いておくことなんてしない。彼らは子供の頃からの付き合いだ。
 跡部の本命は樺地やったか――。
 越前が来た時、楽しそうにしていたから跡部は越前が好きなんだとばかり思っていたが。
 樺地の声が聞こえない。
「――ま、今すぐ返事くれとは言わない。だが、それだけは覚えていてくれ」
 樺地は黙ったままのようである。
 あーあ、罪な男やで、跡部。
 いいムードだから邪魔をせずに出て行こうとした時、カタン、と音が鳴った。
「――忍足!」
「あ、堪忍な」
 そう言って俺は逃げた。
「忍足さん――!」
 樺地が追いかけた。
「おい、樺地。俺を置いて忍足についていくのか?!」
 最後に跡部の叫びだけが響いた。

「忍足さん――」
「樺地。戻った方がええで。跡部がカンカンや」
「承知の上です」
「――そか。んで、どうするつもりなんや。跡部を受け入れるんやろ?」
「自分は――自分みたいな者が跡部さんに好かれていた。それだけで幸せです」
「おうおう、惚気てくれるやん」
 忍足の声が苛立ちを孕む。
「んで、受け入れるんやろ」
「いいえ、そんなことはしません。俺には、腹心の友がいますから――」
「それは俺のことか?」
 樺地は黙って頷いた。
 樺地のヤツ、俺のこと、裏切りたくない思てんのかな。出し抜くつもりはないとか――忍足はそう思った。
 全く――なんちゅうお人好しや。
 忍足がにやりと笑った。
「俺に忠義立てしたってどもならんやろ。でも、お前のそういうとこ、好きやで」
「好き――」
 樺地はまた黙ってしまったが、また口を開いた。
「跡部さんにとって俺は――セキュリティ・ブランケットみたいなもんです」
「『ピーナッツ』か。俺もあのマンガ好きやで」
「跡部さんは勘違いをしています。俺が一番――家族を抜かしては長い間友達として付き合ってましたから」
「友達と言うより、主従関係の間違いやあらへんか?」
「はぁ……」
 跡部は口は悪いが真の意味で優しい。仲間の為なら言葉だけでなく、何だってやる。行動力にも優れている。歴代部長の中ではおそらく一番だろう。樺地が跡部に惹きつけられるのはわかる。けれど、跡部も樺地に――とは。
 計算違いやったかもしれへんなぁ。
 越前が跡部とつっかう唯一の人材だと思っていた。けれど、選ぶのは跡部だ。
 ――ちなみに、忍足はもう『降りた』人間だ。相手が樺地だろうと越前だろうと、跡部が幸せなら目いっぱい応援したい。彼には幸せになって欲しい。
「俺は、跡部さんが幸せなら、それでいいです」
「――俺も同じようなこと考えとったよ。なぁ、樺地。俺らやっぱり心のどこかで繋がってんのかもわからんな。さすが腹心の友や」
 忍足はかちゃっと眼鏡を直した。
「――戻ろか。樺地」

 跡部は煮詰まっていた。
「か~ば~じ~、おしたり~」
 うぁっ、怒っとる、超絶怒っとる。忍足はじりじりと引き下がろうとした。
「てめーら俺ばかりに苦労させて一体どういう了見だ、アーン?」
「いやぁ、すまんな。跡部」
「――すみませんでした」
 素直に出られると跡部は弱い。
「まぁいい、これ片づけとけ。元は俺様の仕事だが一旦引き受けた仕事は最後までやれ。二度とエスケープすんじゃねぇぞ」
「わかったで」
「わかりました」
 跡部の言う通りなので、仰せのままにと忍足と樺地は諾った。
 そして、仕事が始まると跡部はいつもの跡部に戻った。忍足は拍子抜けした。もしかして、
「それ全部やっとけ」
 なんて無茶を言い出すかと思ったが。けれど、忍足も少し考えてわかった。跡部は努力家なだけでなく責任感も強い。
 だから、曲者揃いの氷帝のテニス部に君臨することができるのだ。彼らにとって跡部は王様だ。
 王様には権力だけでなく、 それに伴う義務もある。
「で、何話してた? さっき」
 ちょっと気になっていたらしい跡部は、仕事が一段落すると、二人に訊いて来た。
「それは――ちょっと言えへんなぁ」
 忍足が伊達眼鏡の目を細める。
「ウス」
「何だ、樺地。逆らうのか?」
「いえ――ただ、忍足さんは腹心の友なんで」
「そうか。友達同士の秘密ってヤツか。わかった。これ以上訊くのは野暮ってもんだな。――おい、樺地、紅茶淹れろ。忍足にもだ」
「ウス」
 樺地の淹れた紅茶を飲んで、跡部はのんびり骨休めをしていた。
 仕事はまだ残っている。樺地はまた作業に集中し始めた。
「悪いな、俺まで御相伴にあずかってしもて」との忍足の言葉に、樺地は「ウス」と答えた。樺地はほんの少し、嬉しそうな顔をしていた。

後書き
今回はちょっと樺跡。
でも、忍足のことも考える優しい樺地が私は大好き。
2015.9.22

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