腹心の友

 跡部景吾は、その日、気分が良かった。上機嫌なのが他人にもわかるほどだ。
「跡部、機嫌いいね」
 そう言われるほどである。
「まぁな」
「誕生日だっけ?」
 そう言ったのは芥川慈郎である。
「はぁ? ボケたか? お前」
「今更やん」
 ツッコんだのは忍足侑士である。
「まぁ特に何にもないけどな。何だかわくわくすることがあるんだよ。なんかいいことが起きそうなそういう日が。なぁ、樺地」
 跡部が樺地崇弘に話を振った。樺地はいつも通り、「ウス」と答えた。
「例えば越前が来るとか?」
 忍足が訊く。
「おー、それいいな。いい退屈凌ぎになる」
 跡部は珍しく全開で笑った。
「――ちょっと、俺、出てくわ」
「どーした、忍足。トイレか?」
「ちゃう。――樺地も来い」
「連れションか?」
「ちゃう」
 忍足が真剣な顔をして首を横に振ったので、跡部は黙った。樺地が行ってもいいかと目で訴えたから、
「しゃーねぇな。お前ら」
 と、跡部は外出を許した。
「樺地」
 忍足が木々の間の小道を抜けながら言う。
「ウス」
「俺な――跡部が好きやねん」
「ウス。――気付いてました」
「ははっ、自分かて同じ穴の貉やん」
「……ウス」
 しかし、もうとっくに主従関係になっている樺地はともかく、忍足は圏内に入っている。何故忍足はこんなことを言うのであろうか――樺地は思った。
「俺な……跡部に告白しよ思ったことあるねん。でも、俺じゃダメなんや」
「そんなことは――」
「あるんや」
 忍足の伊達眼鏡が光った。
「んで、自分はどうする気や?」
「跡部さんが俺を必要としているうちは、俺は跡部さんに従います」
「――樺地がそんなに喋んの、久々に聞いたな」
 忍足が笑う。樺地もそんなに悪い気はしなかった。
「俺な、考えてることあんねん。越前、知っとるやろ? 越前リョーマ。跡部の髪を刈ったヤツ」
「ウス」
「俺な、越前に跡部託そう思てんねん」
「それは――」
「反対か」
「……ウス」
「賭けてもええで。跡部は越前のこと好きや。んでもって、越前も跡部のことが好きや」
「…………」
「跡部は――俺らだけじゃどうにもならへん。できるだけ支えて行くのが精一杯やから。でも、越前なら頼める。そう思てな」
「何故……」
「越前は、跡部の同類だからや。同類は同類同士、惹きつけあうもんやろ」
「しかし、越前さんは男で――」
「そこが困ったところなんやが、世間は同性婚を認めつつある。跡部も越前と幸せになれるやろ」
「…………」
「忍足さん、樺地さん」
 幼い声が聞こえて来た。
「――って越前?!」
「はい」
「びっくりさせんなや。――跡部に会いにか? 一人で来たんか?」
「忍足さん、俺のことガキ扱いしてんじゃない?」
「一年下ならもうガキや。樺地は別やけどな」
 樺地はびっくりしていた。忍足ならともかく、越前が樺地を覚えていたことに驚いていたのだ。いくら前に対戦していたとはいえ――。
「跡部さん、どこ?」
「――部室や」
「ありがと」
 越前リョーマは飄々と道を通って行った。王子様の風格で。
「見ろ。樺地。生まれながらの王子様を」
「ウス」
「――跡部の勘、当たったで。越前来たやん」
「忍足さん、それでは忍足さんの心は……」
「今日はよう喋るな。樺地。――俺が告白したら跡部も受けるやろ。跡部は俺のことも憎からず思うとる」
 その自信はどこから来るのか。しかし、忍足の言う通りでもある、と樺地は思った。
「でも、俺ではあかんねん。どうしてだか今は上手く説明できへんが、とにかくあかんねん」
「…………」
「でも、越前やったら跡部の凍てついた心、溶かしてやれる思うんや。別に樺地が役に立たんいう訳やあらへん。跡部の樺地への態度見て、こんなに樺地が働いているのにあんまりや思うこともある。――樺地もしゃきっとせなあかんよ。でも、頼られとんのはわかるやろ?」
「ウス」
「俺はこの際樺地でもええと思うとんねん」
 話が変わってきた。
「というか、樺地の方がええんちゃうか思う時もあった。しかし、こればっかりはどうしようもないからな。跡部は樺地のこと、アウト・オブ・眼中や」
 忍足も大概酷い言い草だが、ぽんぽんと出てくる関西弁が樺地には心地いいものに思えてくる。おためごかしではなく、本当のことを言っている。そう思うからだ。
 樺地は自分が跡部に釣り合うとは思っていない。初めから、従者のポジションしか与えられていなかった。容姿にも自信がなく、口も重かった。忍足のようにハンサムで頭の回転が早いわけでもない。
 樺地は跡部の召使い。その役割で充分だと思っていた。だが、時々こうも思っていた。
(俺だっているのに――)
 跡部は派手な存在だから、樺地はどうしても控えめな存在になってしまう。忍足を見て、ああいう風になれれば、跡部と対等になれるんじゃないか――そう夢見たこともある。だが。
 忍足も同じ悩みを抱えているのなら――。
(腹心の友)
 樺地が好きで見ていたあるテレビ小説に出て来た言葉だ。忍足とは友達になれるかもしれない。
「腹心の友――」
「は?」
 忍足が訊き返した。樺地は我に返った。
「いいや、何でもない。――出過ぎたことです」
「いや、ええよ。腹心の友。俺らにぴったりやん」
 そう言って忍足が笑顔を浮べる。
 樺地は心の中で呟いた。跡部さん、俺はあなたに失恋したけど、どうやら一生の友情を忍足さんと結べそうです――。

 部室の中では越前が跡部と楽しそうに話をしていた。
「あーん? お前俺様がどんなに忙しいかわかってるくせに」
「どうせ樺地さんに助けてもらってるんでしょ?」
「それでも忙しい」
 忍足と樺地は顔を見合わせた。樺地は苦笑した。忍足にそれとわかるぐらいの。跡部も言ってることの割には口調が弾んでいる。
 越前と跡部は意気投合しているみたいだ。デートはどうだったか?という樺地に対する跡部の問いに忍足は、生涯の友を見つけたで、と横から話した。

後書き
樺地、忍足と仲良くなれてよかったね。跡部のことがなくても樺地はいい人だからいろんな人と友達になれるでしょう。
後、跡部は連れションなんていう下品な言葉は使わないかもしれませんが。まぁ、ハマりたての頃の小説ということで。
実は続編もあります。もう少ししたらアップしますね。
2015.8.31

BACK/HOME