秘密の忍足クン

「あ、これ懐かC~」
「おいおい、ジロー。あんまいじって壊すなよ」
 入れたお金が見えなくなる薔薇の浮かんでいる魔法の貯金箱をいろいろな角度から見ている芥川慈郎に跡部景吾が言った。
「一応貰い物なんだからな」
「樺ちゃんから?」
「いや、忍足からだ」
「ふぅん……」
 ジローは尚も貯金箱を眺めている。それは忍足侑士が跡部の為に選んだ代物である。
「俺も昔持ってたんだよね~。ねぇ、跡部、これちょうだい?」
「断る」
「跡部って意外とケチだC~」
「ケチで結構」
「何モメてんだ?」
 宍戸亮がテニス部部室に入って来た。
「あ、宍戸? 今後跡部にこの貯金箱欲しいって言ってたとこなんだC~」
「あー、そりゃダメだわ。跡部ってこういうモン好きなんだから」
 一緒に来た向日岳人が言った。滝萩之介もひょっこり現れた。
「樺ちゃんならともかく、忍足からもらったものみたいだC~」
「忍足って何気にその人に合ったプレゼントチョイスするよな」
「あー、うん。俺、羊の抱き枕ほC~と思ってたらクリスマスにくれたんだC~」
「俺が侑士とダブルスを初めて組んだ日には記念日とか言ってヒマワリの飾り箱くれたな」
「俺にはパーカーの万年筆。今まで使ってたのがインクなくなってたんで助かったぜ」
 ジロー、岳人、宍戸達がああだったこうだったと話し合う。
「俺には新しいストップウォッチくれたんだよね。あれは嬉しかったなぁ」
 滝が一人うっとりしているのに周りの部員達がドン引きしていた。台詞の言葉自体は別におかしくないはずなのに。恥じらうように喋る態度の問題だろうか。
「ふぅん、あいつ案外見てないようで人のこと見てるようだな」
「インサイトとはまた違った能力だな」
 宍戸の言葉に跡部は頷いた。
「乾に伊達眼鏡渡した時は何考えてんだって思ったけどな」
「あいつ結構マメだよね」
 向日も混ざる。
「ちょっと気になるな~、忍足の秘密」
「そうだな。あいつの気配りが素なのか他に何か秘密があるのか。よし!」
 跡部が立ち上がった。宍戸は嫌な予感がしたのかそーっと出入口に近付く。――と、そこへ。
 がらっと扉が開いて鈍色の巨体が現れた。
「か……樺地?」
「――ウス」
「なんか前よりでかくなってないか?」
「……ウス」
「おう、来たか、樺地。まぁ入れ」
 跡部が機嫌良く迎え入れる。そして得意の指パッチン。
「樺地紅茶淹れろ。全員分だ」
「――ウス」
「氷帝テニス部の気遣いキングは樺地だと思ってたけど案外忍足もそうかもしれないな」
「あーん? 宍戸。キングは俺だろうが」
「跡部……そういう意味じゃねぇだろ……」
 岳人がツッコミを入れる。
「ちょっと話を中断してしまったが……それでだな――我々は忍足侑士の身辺調査を行う。もし俺らの知らないところで忍足が密かに俺らのデータを暴いているのだとしたらほっとく訳にはいかないからな」
 跡部が宣言した。皆逃げられなくなってしまった。それでも宍戸はこう言って去ろうとする。
「あ、俺……長太郎と練習があるんだ」
「あーん? お前らいつも一緒にいたじゃねぇか。そりゃ中等部と高等部じゃ会う回数は減るかもしれないが一生会えないわけじゃないだろ? な?」
 有無を言わさぬ跡部の笑顔に宍戸は思わず、
「はい……」
 と、答えてしまった。樺地をいつも呼びつける跡部だって人のことは言えないだろうが。
「あー、遅くなってすまんなぁ」
 入室した忍足の言葉に、宍戸を除く全員が、
「ぜーんぜん!」
 と、明るく返事をした。

 いつもの練習も終わると、買い物でも頼まれたのか近所のスーパーに忍足が寄って行った――。
「いいか、お前ら。忍足に気取られないようにこっそり尾行するんだぞ」
「は~い」
「――ウス」
「まぁ、乗りかかった舟だし」
「つけていくにしてもこの人数じゃすぐ怪しまれるって」
「うるさい! 宍戸!」
 岳人が叱った。
「むっ!」
 忍足の眼鏡がきらっと光ったような気がした。
(バレたか……!)
 尾行……いや、取材班が肝を縮めたその時だった。忍足がだっと駆け出した。
「あー、安売り品、売り切れ前に買うことができてよかったわぁ」
 忍足はカートを運び順調に品物選びをこなしていく。スーパーは意外と広い。
 親とはぐれたらしい三、四歳ぐらいの女の子が心細そうに周りを見ながら歩いている。忍足がそれに気付いたらしい。その子に近付いて言った。
「嬢ちゃん、親はどこ行ったんや?」
 忍足が優しく言うと、女の子は緊張が解けたのか泣き出した。忍足が優しく頭を撫でる。
「泣くなや。――ほれ、飴ちゃん食うか?」
「はい、逮捕ー!」
「あ……跡部?!」
 忍足も流石にびっくりしたようだった。女の子は母親を見つけたらしく、「ママー!」と言いながらそこを離れた。
「侑士……ロリコンという噂はホントだったんだな……」
「何や、岳人。変な濡れ衣着せんなや」
「じゃあ、あの子のことどう思った?」
「可愛い子やなぁ……と」
「はい、逮捕ー!」と、跡部が二度言った。
「今のはアウトだね」
「え? 何で?」
 忍足は狼狽えているようだった。
「それにしても、何で皆ここにおるねん。レクリエーションでもするつもりか」
「バレちゃ仕方ねぇ。実は……」
 跡部が説明を始めた。

「あっはははは。そうやったんか。俺の秘密を探ろうと頑張ってたんやなぁ。けれど残念ながらそんなもんないで」
 忍足は丸眼鏡の奥の目元に涙を浮かべながら大笑いした。
「でも、よっく見てりゃわかるやん。あいつにはあれが必要とか、こいつはこれを必要としてんな、とか」
「その秘密を知りたかったんだC~」
 ジローが残念そうにこぼした。宍戸は、今頃長太郎と練習して飲み物でも飲みながら話し合っているところだったのに……とブツブツ言って岳人にうるさい、といなされているところだった。
「今日は家族でタコ焼きぎょうさん食お思とったとこなんや。流石に買い過ぎたな思とったんやけどかえって良かったで。ほな、皆でタコ焼きパーティーしよか? 日吉やチョタも呼んで」
 ジローは「うっれC~!」と機嫌を直して手を叩いた。宍戸も鳳に会えるので嬉しげになる。空には星が輝いている。
 誰も口にしないがここにいる誰もが忍足の秘密を知ったように思った。

後書き
今日は忍足クンがいい人です。
忍足クンも気配りの人だと思います。

跡部と樺地も相変わらずで……。因みに跡部様達は高等部という設定だったような気がします(曖昧かよ!)。
2016.6.19

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