宇宙の果てから

 ――星の綺麗な夜だった。
「なぁ、リョーマ。俺、子供の頃から宇宙に行きたかったんだ」
 そう言った俺の伴侶は、2ヶ月後、本当に宇宙へ旅立ってしまった――。

 ――宇宙ステーション。
 それが俺の伴侶――跡部さんの新しい職場だ。パソコンからアクセスした俺は、「跡部景吾をお願いします」と言った。
『おう、リョーマ!』
「久しぶりっスね、跡部さん」
 嘘だ。本当は三日前にもこうやって交信している。
『何だ。仏頂面は相変わらずだな』
「アンタと会えないもん」
 ディスプレイに映る跡部さんは笑っている。――綺麗だ。
『仕方ねぇじゃねーの。あーん?』
「アンタが勝手に宇宙に行くから……大体、ノブレス・オブリージュとやらはどうなったの?」
 そうだ。その話は樺地さんからも聞いたことがある。
『ここにいるのも仕事の一環だ』
「……遊んでいるようにしか見えないけど」
『――まぁな。趣味と実益を兼ねてる。ここは毎日が楽しいぜぇ。難点なのはお前とあまり会えないくらいか』
 でも、俺だってテニスプレイヤーとして名を馳せている。越前リョーマと言ったら、その強さはテニスに憧れる少年の間では既に生きた伝説になっている――という話だ。
 テニスといったら、跡部さんだっていいとこまで行った。俺と競い合いたいと言っていながらさっさと引退してしまった。まぁ、これは俺も悪いんだけど。
 跡部さんは跡部財閥を束ねている。――束ねていたという方が正確だ。
「――後二週間で帰ってくるんだよね」
『勿論』
「事故とか遭ったりしないでね」
『――つか、どうしたんだよ、リョーマ』
 跡部さんが眉を顰める。俺がアンタの心配するのがそんなに珍しいの? 何かちょっと心外だなぁ。
『まぁいい。南次郎や樺地にも宜しくな』
「OK。――これから樺地さんとこに遊びに行く予定だから、そっからまたアクセスしていい?」
『喜んで。今は時間空いてるからな。少なくとも今日は日本時間で夜――そうだな、七時頃までは仕事はない』
 俺達は一旦通信を切った。樺地さんのところに行ったらまた跡部さんとも話ができるな。まぁ、樺地さんも跡部さんとゆっくり話がしたいだろうからその時は譲ってあげるけど。俺も大人になったな。
 俺はいそいそと外出の準備をした。時計を見ると、今三時五十分。樺地さんのところだから普段着でいいだろう。俺は赤い上着を取り出した。帽子は――なくていいか。
 ――ひかるちゃん、元気かな。
 俺は樺地さんのところのひかるちゃんの顔を思い浮かべた。
 樺地さんも跡部さんの有能な秘書だったし、菜々子さんだって偏差値の高い大学を卒業している。どちらに似てもひかるちゃんは優秀になるだろう。――顔だって菜々子さん似の美人だし。
 俺は樺地さんのぼーっとした顔を思い出して思わず笑ってしまった。親娘でぼーっ、じゃ話にならない。跡部さんにそういうこと言うと怒られそうだから黙ってるけど。
 ――全く、跡部さんたら、樺地さんのことをいい男だと思い込んでいるからなぁ。確かに中身はすごく優しい、いい男だけど。
 あれ、ブーツのチャック壊れてる。新しいの出そうっと。俺も跡部さんも靴にはこだわるので靴は無尽蔵にある。
 以前遊びに来た忍足さんが、
「靴がムダに多いなぁ。俺にひとつ分けてくれへん?」
 そう言って跡部さんに、
「お前に合うサイズがあるか?」
 と返されてたけど。
 忍足さんがフリマで売るつもりだと言ったら跡部さんに断られていた。ふふ、いい思い出だな。
 跡部さんは今宇宙だけど――。
 宇宙ステーションでどんな仕事をやってるんだろう。跡部さんにいくら説明されたってちんぷんかんぷんなんだけど。こういう時、悔しいけど跡部さんて頭良かったんだな、と思う。
「行ってきます」
 俺は誰もいない家に向かって一応そう言って出て行った。タブレットPCを携えながら。

「こんにちは、リョーマさん」
「こんにちは、菜々子さん」
「あなたー、リョーマさんが来たわよ」
「――ウス」
 樺地さんがひかるちゃんを抱き抱えながら玄関に現れた。樺地さんはとても大きな男だ。
 その樺地さんが小さなひかるちゃんを抱えている。何となくユーモラスな光景だった。
「こんにちは。樺地さん、ひかるちゃん」
 ひかるちゃんは「よま、たん、よま、たん」と俺に向かって小さな手を伸ばしていた。
「ふふっ、ひかるもリョーマさんのことが好きなのね」
「うん。――パソコン点けていい?」
「いいわよ。跡部さんとお話?」
「菜々子さん……」
 お見通しって訳だ。俺はちょっと迷ってから頷いた。
「ウス。自分も、跡部さんと話が、したいです」
 樺地さんは訥々と言葉を紡いだ。
「じゃあ、崇弘さんと一緒でいい? リョーマさん」
 崇弘というのは樺地さんの下の名前だ。
「一緒でいいというか、そういうつもりだったもんね」
「ウス」
 樺地さんも嬉しそうだ。
 俺がパソコンの電源を点ける。樺地さんだっていつでも跡部さんにアクセスできるんだけど、跡部さんに遠慮してか頻繁には連絡しないようだ。とても遠慮深い性格なのだ。どうして菜々子さんにアタックできたのかわからない。
 でも、俺も跡部さんもそういう樺地さんがとても好きだ。
『よぉー、リョーマ、樺地』
「ハロー、ちょっとぶり」
「お……お久しぶり、です」
『樺地、ひかるは元気か?』
「はい。とても、元気、です」
 俺は樺地さんの横顔を見た。もうすっかり父親の顔をしている。尤も、樺地さんは中学時代から大人びた容貌をしていた。
「跡部さんは、元気、ですか?」
『おう。俺様はいつだって元気だ』
「跡部さん、地球に帰ったら樺地さんのところにも行きなよ。皆待ってるよ」
 俺は言った。皆、跡部さんの帰りを待ってる。――勿論この俺も。
「あ、ちょっと待って。ほら、ひかるちゃん、君のパパの友達だよ」
 ひかるちゃんは俺の腕の中で、「あと、たん。あと、たん」と手を差し出している。
『ひかる。わかるか? 俺様は、跡部だ。跡部景吾』
「ひかるちゃんは頭いいんだよ。今だって跡部さんを呼んだんだから、わかってない訳ないじゃない。いつも連絡してるんだし。ほんと、馬鹿だなぁ、跡部さんて」
「あー、そうですか。その馬鹿と結婚したのはどこのどなたでしたっけ?」
 からかうように跡部さんは言う。そうだねぇ。この人のどこが良かったんだろうねぇ。
 ナルシストだし俺様気質だし――でも憎めないんだ。とてもセクシーだと思うし。
 それに――料理も上手いし何でもできる。テニスも上手い。まぁ、俺には敵わないけどね。俺、現役のテニスプレイヤーだもん。
「あらあら。ひかるは跡部さんがすっかりお気に入りね」
 菜々子さんが朗らかに笑う。俺はちょっと跡部さんとひかるちゃん両方に嫉妬した。
 ひかるちゃんは俺より跡部さんが好きなのだろうか。もう少し大きくなったら跡部さんと結婚したい、なんてこと言うかな。跡部さんいい男になったもんね。
 でも、跡部さんは俺のだから。自分で頭の中に出て来た考えに体中が火照る。
『樺地、会社の方はどうだ?』
「ウス。順調です」
『そうか――まぁ、俺がいなくても会社が上手く回っているというのは少し寂しいが――』
「日吉さんが、よくやってくれています」
 日吉さん、以前は変な人だと思ったけど、何とか会社を切り盛りしているところを見ると案外力があるのかもしれない。跡部さんは見抜いてたってわけだ。
「行きましょ?」
 菜々子さんが俺に耳打ちした。二人の話を邪魔しちゃ悪い。菜々子さんはそう言いたいらしい。名残り惜しいけど俺は菜々子さんと一緒に部屋を出た。
 ――跡部さん、宇宙の果てからご苦労さん。後で樺地さんの紅茶と菜々子さんお手製のお菓子をたっぷり自慢してあげるからね。

後書き
2017年12月のweb拍手お礼画面過去ログです。
跡部様宇宙へ行く。
樺地と菜々子さんがいい感じ。ひかるちゃんはオリキャラです。
2017.01.02

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