ハロイン?

 跡部景吾は駄菓子屋のおばちゃんのところに行った。この駄菓子屋は跡部家の所有になっているのだが、跡部はおばちゃんに普通に接しているし、おばちゃんも跡部を歓迎している。
「あれまぁ、景ちゃん」
「こんちは、おばちゃん」
 おばちゃんが不思議そうに目を丸くする。もうおばあさんと言ってもいい年齢ではあるが、跡部は親愛の情を込めて「おばちゃん」と呼ぶ。
「おばちゃん、ちょっと見繕ってくれるか?」
「ああ、ああ。好きな物を買って行っていいよ」
 いつもはカードでお買い物の跡部も今は現金で買い物。
「いつ見てもここは変わらないなぁ」
「そうかい?」
「ところでおばちゃん、ハロウィンて知ってるか?」
「ハロイン?」
「ハロインじゃなくてハロウィン」
「あんれまぁ、ハイカラな言葉知ってること」
 ちょっと話が噛み合っていないのに気付いて跡部はがくっと項垂れる。
「――まぁいいや。10月31日はハロウィンでこの日はみんな仮装するんだぜ。元は西洋の祭りだったんだけど日本でもだいぶポピュラーになってきたな」
「へぇ……」
「子供達が『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』ってねだるんだぜ――って、おばちゃん!」
「はっ、日差しが心地よくてついうとうとしてしまったわい」
「全く……だから、この店にもいっぱい子供達が来ると思うんだよ。――俺も来ていいか?」
「勿論。景ちゃんはまだまだ子供だからねぇ。子供達の祭りが増えるのはほんといいことだこと」
「わかってんのかなぁ……」
「ねぇ、何やってんの?」
 涼やかなアルトの声が聞こえた。越前リョーマだ。
「リョーマ」
「跡部さんも来てたんだね。何の話?」
「ハロインの話だよ」
「ハロウィンだよ、おばちゃん」
 跡部が訂正する。
「ハロウィンねぇ……懐かしいな。アメリカ生活の頃が」
 リョーマが目を細める。
「そういえばあっちには長かったよな、お前」
「跡部さんだって本場イギリスのハロウィン体験したんでしょ?」
「――イギリスのハロウィンで食うケーキは不味かったんだよ……それにしてもアメリカは何でも祭りにしたがるなぁ」
「日本ほどではないかもしれないけどね。ところで跡部さんは何か仮装するの?」
「え? ん、まぁ……」
「テレビでは血だらけのナース服が流行っているようなこと言ってたけど……」
「ぜってー着ねぇかんな!」
 跡部が怒鳴る。リョーマはさも残念そうに、
「ちぇっ」
 と、舌打ちした。
「跡部さんのナース姿見たかったのに」
「うるせぇ」
「じゃ、何にするの?」
「当日までのお楽しみだ」
「セー○ームーンでもいいんだけど」
「断る。特に女装系はな」
「あんれまぁ、女装って、女の人の格好をすることじゃろう? ハロインとは変な祭りだこと」
「ハロウィンが変じゃないの、こいつが変なの!」
 跡部はリョーマのことを指差す。
「変じゃないっスよね。好きな人の艶姿見たいって言うのは当然の意見っしょ」
「お前……だんだん親父に似て来たな。性格が」
「あんなエロ親父と一緒にしないでくれる?」
 おばちゃんは楽しそうにくすくす笑った。
「景ちゃんは愉快な友達を持って幸せだこと」
「そ、そうなんだ。こいつは友達だ。な、リョーマ」
「友達じゃないよ。恋人っス」
 リョーマは小声で付け足したが耳の遠いおばちゃんには聞こえないようだった。

 ハロウィン当日――。
「トリック・オア・トリート!」
「おや、景ちゃん」
「お菓子くれなきゃいたずらするぞ~」
「はいはい。お菓子ね。はい。この日の為に用意したお菓子の詰め合わせ」
「おう、サンキュー、おばちゃん」
「ところで景ちゃん、そのかっこは?」
「吸血鬼だ」
「何だ。先客がいたんスね」
「その声は――リョーマ……何だ、その頭」
「カボチャ大王。……やっぱりこの頭重いな。跡部さんにあげるよ」
「カボチャの頭もらったってな……おばちゃん、このカボチャおばちゃんにやるよ」
「いいのかい? ありがとう。店に飾っておくね」
「跡部さんは吸血鬼なんスね」
 リョーマはどこか残念そうだ。
「おう、美貌の吸血鬼だ」
「ナース服の方が絶対良かったと思いますけど」
「アーン?」
「んじゃ、跡部さん……トリック・オア・トリック!」
「どっちも『いたずらするぞ』じゃねぇか! 何考えてる! リョーマ!」
「冗談っス」
 跡部とリョーマがやいのやいの騒いでいると子供達が集まって来た。
「トリック・オア・トリート!」
 跡部がいる時いつも来る子供達だ。おばちゃんは笑顔でお菓子を配っている。リョーマが言った。
「――いいことしたっスね。跡部さん」
「あん?」
「ここのおばちゃん、最近まで元気なかったんスよ。売り上げが減って辞めるかどうか悩んでいるとか聞いていたな。でも、跡部さんがこの店買収して――」
「おいおい、買収なんて人聞きの悪い」
「でも、ほんとにそうでしょうが。んで、子供達も集まるようになってこの店にも活気が出てきたんです。俺、良かったなと思ってます。この店はおばちゃんの生き甲斐だから」
「ふぅん……」
「Hello!」
 セー○ームーンとマーズの格好をした金髪と黒髪のナイスバディな美女二人が現れる。
「まぁ、外人さんまで来るようになって……ちょっと待っててくださいね。景ちゃん、景ちゃん、アンタ、英語わかるでしょ?」
 おばちゃんが慌てふためいて跡部を呼ぶ。
「ア、ダイジョブ。ワタシ達ニホンゴ、ワカリマス」
 片言の日本語で相手の女性達は言う。おばちゃんは安堵したように呟いた。
「そうなの……良かった」
「ねぇ、跡部さん。きょうび外国から来る人だってセー○ームーンのカッコしてるよ。男の跡部さんがセー○ームーンの格好したってちっともおかしいことはないよ」
「どういう理屈だ、それは……」
 リョーマの台詞に跡部はげんなりした。
「ハロインとは楽しいお祭りだねぇ」
 おばちゃんがニコニコしながら喜んでいる。跡部は来年この季節になったらおばちゃんの許可を得て飾り付けを手伝ってあげようと思った。

後書き
やたらセー○ームーン推しになっちゃった。いや、嫌いではないんだけどさ。
リョーマ様が少々暴走気味。跡部様も苦労するわね……。原作からどんどん離れて行ってるリョーマ様……(笑)。
2015.10.30

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