ゲンイチローくんの逆襲 2

「たわけ共ぉぉぉぉぉ!」
 真田弦一郎が叫ぶ。
「な……何怒ってるんスか? 副部長」
 赤也は目を白黒させた。
「俺らが幸村ばかり構っているから拗ねてるナリ」
「何を適当なことを言っておる。仁王。お前ら、明日は朝練四時半だぞ」
「ええーっ?! 早過ぎじゃありませんか? それに、副部長も引退したんじゃ……」
 赤也は普段はお調子者で英語嫌いの少年であるが、悪魔化すると途端に性格が変わる。でも、根は悪くないと真田は思っている。
 ――ただ、余計なひと言が多い。
「赤也。弦一郎は四時半には剣道の稽古をしているぞ」
 蓮二が補足情報を加える。真田が礼をするように蓮二に頷いてみせた。赤也が苦笑いをする。
「それじゃ高血圧のじい様じゃないっスか。オレ、まだ若いんで」
「たるんどる! キェェェェェェ!」
 真田の大声が部室内に響いた。
「ちょっと……静かにしてくれよ、真田……」
 流石に幸村も真田を止めようとする。
「幸村部長……部長は俺らの味方っスね」
 赤也がキリスト教式に胸の前で手を組んだ。
「明日の朝練参加は自由だよ。強制ではないからね。正式な部活動じゃないんだし。でも、明日は俺、メイド服着て来るから――」
 メイドの格好をしたちび幸村が、
『いらっしゃいませ、ご主人様』
 と挨拶する姿を想像した部員達が悶え転がった。幸村が呟いた。
「嘘に決まっているのに――」
 実は真田も少しだけ期待した。だが、意外に冷静だったのはジャッカルともう一人――。
(赤也……?)
 赤也も反応が薄かった。何だろう。いつもだったらノッて来るはずの男なのに――。メイド服に興味がないのだろうか。
(うむ、赤也。俺はお前から何時如何なる時でも平常心であることを教わったぞ)
 そう思った真田は無言で赤也の肩を叩いた。

 撮影会とやらも無事終わった。――部活の後、部員達は三々五々帰って行く。
「どうしたの? 真田」
 真田は幸村に対してこう言った。
「――乾汁だ。これを飲め」
「真田……」
「いいから飲め」
「何で怒っているの?」
「怒ってなどいない。怒ってるのは――自分自身に対してだ。こんなやり方間違っていた」
「真田は何にも悪くないよ。俺は怒ってないもの」
「幸村……思い出はアルバムの中に仕舞っておくべきものだな……」
「え?」
「俺が――俺とお前の思い出を汚したんだ」
「そんな――元はと言えば、俺が真田を幼児化させたことから始まったことなんだし……」
「――楽しかったか? 精市」
「うん。楽しかったよ」
「俺はちっとも楽しくなかった」
「弦一郎……」
「お前が楽しかったなら何よりだ。怪我の功名というものだな。さぁ、帰ろう」
 真田はトレードマークの黒い帽子を被り直した。
「うん……」
 幸村がただ一人、しょげていた。何故、真田がちっとも嬉しそうでないのか、幸村にはわからないであろう。真田は自分で、やってはいけないことをした、と考えていたのだ。
「子供は不便だろう? 幸村」
「うん……」
「この間はお前の家で世話になったから、今度は俺の家に来るか?」
「いいの?」
「ああ。ただし、大人しくしてるんだぞ!」
「わかった。ありがとう!」
「――俺を襲ったあの男の気持ちがわかるな……わかりたくもなかったが……幸村、こんなこと言っても友達辞めないでくれるか?」
「何?」
「俺は――幼児になったお前に、よ、欲情していた……最低だな」
「なぁんだ、そんなこと」
 幸村はあっさり流した。
「俺だって小さな君に欲情したよ。流石にエレクトはしなかったけど」
「幸村……エレクトって、何だ?」
「――耳貸して」
 真田が耳を近づけると、幸村がふうっと息を吹きかけた。真田が焦りながらしりもちをついた。
「なっ、なっ、なっ……」
「相変わらず耳が弱いね。弦一郎は」
 幸村がくすくすと笑った。要するに揶揄われたのだ。
「帰ろうよ。真田。――手を繋いで」

 街は賑やかだった。
「俺達は人にどんな風に見られているのであろうか……」
「お父さんと子供に見えると思うよ」
 幸村が真田に言った。
「せ、せめてお兄さんとかは……」
「だって、真田老けたもん」
 幸村の言葉に真田は「むぐ……」と唸った。――歩いているうちに真田家に着いた。
「ただいま」
「あら、お帰りなさい。――その子は?」
「幸村の弟だ」
「幸村景市です。宜しくお願いします」
 実はさっき帰り道で幸村の名前はどうしようかという話が出たのだ。
(景市がいいよ。跡部景吾の一文字を取ってさ)
 幸村がそう言ったのだ。
 跡部は真田と幸村、そして立海大テニス部員レギュラー陣共通の知人である。氷帝学園の生徒会長でテニス部部長。有名だから立海にも隠れファンが多い。跡部はこんなところで名前が使われていると知っても気にしないだろう。
 真田家の夕食は和食である。
「ご馳走様でした」
「お風呂入る? 景市くん」
「はい」
「弦一郎、ちょっといいかしら」
「何だ? 母さん」
 真田の母は息子を物陰に連れて行く。
「景市くん……あの子、本当は精市くんよね」
「な……どうしてわかったんですか」
「精市くんとは長い付き合いだもの。でもいいわ。何か訳があったのね」
「…………」
 ――風呂から上がった幸村は言った。
「体は頗る調子がいいよ。――真田、俺を子供にしてくれてありがとうね。でも、明日はちゃんと元に戻るから。――病気とちゃんと戦うから」
 乾汁にどんな効能があるのかは知らない。だが、きっとそれは幸村を一時病気になる前の体に戻してくれたのだ。――幸村はそう言いたかったのだろう。
 なべてに対する万感の思いを込めて、真田は幸村を力いっぱい抱き締めた。

後書き
真田と幸村のおかげで立海が好きになったよ!
立海はナイスなキャラが大勢いるね!
真田と幸村、この後どうなったかは皆様のご想像にお任せします。
2017.6.29

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