2月29日のバースデー

 ――僕が、英二からスマホで呼び出されてがらっと部室の扉を開けると……。
「ハッピーバースデー! 不二周助!」
 テニス部の部員達が僕をこぞって歓迎してくれた。僕は目がちかちかした。
「不二ー! 誕生日おめでとう!」
 そう言ったのは、元レギュラー陣一のお調子者、菊丸英二だ。僕のクラスメートで、僕や大石は「英二」と呼んでいる。――そう。スマホで僕を呼び出したのも彼だ。
「ありがとう、英二」
「おめでとう、不二。――英二。あまり不二に世話かけるのはやめるんだぞ」
 そう言ったのは元副部長の大石秀一郎。
「……おめでとう、不二……」
 河村隆……ラケット持ったら僕のこと、不二子ちゃんなんて呼ぶくせに。タカさんはラケット持っていない時はちょっと気弱な普通の少年だ。――寿司職人を目指している。
「……どうぞ」
「俺のプレゼントも受け取ってください!」
 そう言ったのは僕の一年後輩、海堂薫と桃城武だ。
「邪魔すんな桃城」
「何だと! 邪魔なんかしてねぇ!」
 二人は仲がいいんだか悪いんだか……。
「不二。今までオレが集めて来たデータのノートだ。――写しだけどな」
 乾貞治が僕にノートを渡してくれる。
「因みにこのノートにはこれまでのレギュラー陣全員の秘密が書かれてある」
 乾はくいっと眼鏡を直す。ここにいた全員の顔色が変わった。
「何のデータ取ってんスか……! 乾先輩……!」
「乾先輩……あのこと書いてたら許しませんよ……」
 桃城と海堂が結託した。僕が密かに笑っていると――。
「ねぇ、皆……俺のこと忘れてない?」
 この声は……一年の越前リョーマ! 入学して初めてのランキング戦でレギュラーの座を勝ち取った、青学期待のルーキー。でも、もうすぐ中学二年生。
「あ、そっか。越前も連れて来てたんだった。いっけね。忘れてた」
 桃が大声で笑う。海堂が、「フシュ~、うっせーぞ桃城……」と呟く。
「お前、チビだもんなぁ」
 海堂を無視して桃城は越前を構う。越前は普段はクールだが、負けず嫌いで揶揄うと面白いのだ。
「桃先輩! オレだって背伸びましたよ! ――はい。不二先輩。これ」
「わぁ、いい匂いだ。……クッキーかい?」
「母さんが持っていけって。……菜々子さんも手伝ったよ」
 越前のいとこの菜々子さんは、美人で評判だ。まぁ、越前の顔立ちを見れば納得――かな。
 僕も弟の裕太も顔立ちは整っていると言われるけど……裕太の方が可愛いと思う。裕太……。今日は家に帰って来てくれないかな。聖ルドルフの寮に入ってて勝手なことが出来ないのはわかるけど。
 ――観月は来なくていいけど。
 僕は観月のんふふ笑いを思い出してちょっとムッとした。あいつ、裕太に勝手なことやったら許さないからな。
 それに――。
 僕は、ここにいないある人物のことを思い出していた。
 青学テニス部元部長、手塚国光。
(不二。誕生日おめでとう)
 僕は昔のことを思い出す。
(何? 僕、今日が誕生日じゃないんだけど――)
 僕は手塚の返答がわかっててわざとそう言った。去年の2月28日――。
(わかっている。お前は閏年生まれだからな。今年も当日に祝えなくて済まない)
(何言ってるんだよ。手塚は――相変わらず生真面目だね)
 僕は笑った。手塚は仏頂面のままだった。僕に揶揄われたことがわかったらしい。――無表情でもそんなことで怒る手塚ではなかったが。
 その手塚は、今ドイツに行ったままだ。
 祝いに来てよ。手塚。せっかく僕の本当の誕生日が巡って来たんだから――。
 あの美声で、誕生日おめでとうって、言ってよ――。
 メールでも、電話でもいいから寄越してくれると嬉しいのに……君からは音沙汰なしのままだ。でも、本当は……会いたいよ。手塚。
 せっかく引退した元レギュラー達も集まってくれたのに、手塚がいなくて、何だか泣きそうになった、その時だった。
「誕生日おめでとう。不二」
 ――え? この声……この艶のある美しい声は……。
「手塚……! 手塚……!」
 僕はとうとう泣き出してしまった。――これは歓喜の涙で。
 フレームレスの眼鏡。前髪を右に流した特徴的な髪型。少しきつめの目。なんか――しばらく見ないうちにまた大人っぽくなってないかい?
「手塚! いつ帰って来たんだい?!」
 僕は手塚の手を取った。手塚の手は暖かかった。
「今日の誕生会に間に合うように、帰って来た。今日は一日こっちにいられる」
 ああ、神様……!
「手塚部長の存在がサプライズだったんだ」
 桃城が嬉しそうに説明してくれた。――桃、手塚はもう部長じゃないよ。部長は海堂だ。海堂は手塚から部長の座を任されたのだ。――皆、桃が部長になると思ってたのに。
 僕は……どちらが部長になっても青学のテニス部はいい部になると思っていた。海堂が皆をまとめ、桃がムードメーカーを勤める。そして……。
 越前が青学の柱になる。
 それが手塚。君の理想の青学テニス部だったんだろう?
 ――越前はいつどこかにふらりと行くかわからないところがあるけれどね。全国大会のすぐ後、姿を消した経歴があるからね。
 それでも越前の好きにさせているご両親が僕にはわからないんだけど……南次郎さんは自由な人みたいだからなぁ……そういうところは越前も似ているかも。テニスの才能も父親譲りだし。
「不二、どうした?」
「――ああ、考え事だよ……」
 手塚が来てほっとした僕は、自分の考えに浸っていたらしかった。手塚は箱を見せた。
「これは、俺からだ。――ドイツ土産だ」
 手塚……君が来たことが最高のプレゼントなのに、その上さらに物までもらって――嬉し過ぎるよ!
「ありがとう、手塚……」
「……サボテンの方が良かったか?」
 僕がサボテンが好きなことを手塚も知っている。でも、サボテンじゃなくても、手塚がくれる物なら、僕は喜んで受け取るよ……!
「手塚ー。それ、婚約指輪?」
 英二がふざけて訊く。手塚はちょっと眉を寄せた。
「そういうのは、まだ早いだろう」
 ちょっと、手塚……それは英二の言う通りだって認めたようなもんだよ。僕達が付き合ってるって――。
 そういえば、跡部も言ってたっけな……。
(てめーら、大人になったらさっさと結婚しろよ)
 その跡部からも誕生日おめでとうメールが届いた。今日、荷物も運ばせるらしい。……いいんだけどさ。あまり大袈裟な騒ぎにならないといいな……。
『どうせてめーの誕生日はオリンピックのある年しか来ねぇんだろう? めいっぱい祝ってやるぜ!』
 そんなこと書いてたけど、何だか、楽しみなような怖いような……だが、跡部のことはまぁいい。去年の越前の誕生日も凄かったからね……。
 僕は跡部からの豪華であろうプレゼントより、手塚達の贈り物の方が嬉しかった。氷帝の連中は跡部からのプレゼントの方が嬉しいんだろうな……。
 これはもう、一緒にいる時間が違うから仕方がない。
 けれど、今年……いや、もう去年だけど、U-17杯で思いっきりテニスやった時は楽しかったな。越前も日本代表に加わって、手塚はドイツ代表で――。
 そっか……。今度もまた、手塚はドイツで活躍するんだろうな……。
 けれど、仕方がない。ドイツが手塚を必要としているんだから。
 いや、ドイツばかりではない。手塚は世界中に必要とする。そして、越前も――。
 桃、海堂、青学テニス部を頼んだよ。
 僕は……どうしたら良いかまだ決めあぐねているけど、やっぱり僕のホームグラウンドは日本だからね。英二や大石、タカさんもそうだと思う。
 乾……僕、本当は君の作った乾汁が欲しかったな。皆不味いって言ってるけど、僕には美味しいから……。青酢はごめんだけど。
「僕ちょっと喉乾いたな」
「そう思って――はい」
 乾がどろりとした液体の入ったコップを僕にくれた。乾も心得てるなぁ。
 僕が美味しそうに乾汁を飲み干すと、皆は尊敬というか――ちょっと変わった物でも見るような目つきで僕を見る。
「不二先輩って、優しいしモテるしテニスも上手いけど、なんか理解に苦しむところがあるよね……」
 ――越前のこの言葉が全てを物語っていると思う。
 竜崎スミレ監督が部室に入って来た。監督も僕に対して祝いの言葉を贈ってくれて、僕はそれにも感動を覚えた。一年トリオや荒井達も僕を祝福してくれた。もう中等部のテニス部を引退したこの僕を。

後書き
不二先輩! 誕生日おめでとう!
2月29日のない年は2月28日とか、3月1日に祝ってもらってたんでしょうね。
皆が不二先輩に優しいのは、不二先輩が皆に優しいからだよ!
2020.02.29

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