ウェディングドレス

 うー、こういう堅苦しいとこは苦手だなぁ……。でも、跡部さんに連れてこられたからなぁ……。
 俺は越前リョーマ。跡部景吾のフィアンセだ。え? どっちも男同士じゃないかって? そんなの関係ないね。
 今日は服を新調しに来たんだけど……跡部さん、まだかなぁ。
「待たせたな」
 跡部さんの低い声が聞こえた。
「あ……跡部……」
 俺は振り返った。そして息を飲んだ。
 極上の美女がそこに立っていた。
 控えめなメイク。跳ねた金茶色の髪に青い澄んだ目。それに――豪華なウェディングドレス。
「跡部さん!」
 俺は抱き着きたいのを抑えた。
「へ……変か?」
 恥じらう跡部さんも貴重で好きだ。
「……ドレスは着ないんじゃなかったっスか?」
 俺にはそんなことしか言えなかった。
「人前ではな。――だけど、お前の前では着てみたかった」
 跡部さんがにこっと笑った。――可愛い。
「すごい似合ってるっス」
 俺は小声で答えたが跡部さんには聴こえたようだ。
「やっぱりな。どんな服でも着こなしちゃう俺ってすげーと思うぜ」
「服飾デザインやメイクアップアーティストさんを褒めるべきだと思いますけど」
 俺はついそんな憎まれ口を叩く。
「へへっ。似合ってるって言ってたろ。お前」
 跡部さんは嬉しそうだ。やっぱり跡部さんは綺麗だ。ドレス姿でも。少なくともよくあるオカマの女装のようには見えない。
「跡部さんに女装癖があるなんて知らなかったっス」
「ねぇよ。そんな変なシュミ! お前だって女装したことあるだろ」
 ああ、中学の時のことか。
 誰だ。跡部さんにタレ込んだのは。一番可能性が高いのは桃先輩だけど……。
「俺が女装したのはやむにやまれぬ事情からだったんです。どこの誰ですか? 跡部さんに言ったのは」
「誰でもいいだろ?」
 ――ん、まぁ、確かに。
「結婚式でもそれを着てくれますか?」
「嫌だ」
 跡部さんはきっぱりと断った。
「さっきも言ったろ。俺に女装癖はねぇって」
「でも、皆の前でお披露目したかったっス」
 皆の前で俺の跡部さんは綺麗だろうって自慢したかった。――でも、確かに勿体ないからな。俺の内緒にしておこう。
「んじゃ、このドレスは返すか」
「え? 買うんじゃないんスか?」
「バーカ。男がウェディングドレス買ってどうすんだよ。あーん?」
「でも、それ跡部さんに似合ってるし、跡部さん家すげぇ大富豪だし」
「俺がドレス買うのと大富豪なのとどう繋がるんだよ」
「ウェディングドレス一着買う金ぐらいあるんじゃないかと……」
「あっても買わねぇぜ、バーカ」
 跡部さんは俺の額を小突いた。
「跡部さん……黙っていれば文句なく美女なのに……」
「あんまり褒め言葉に聞こえねぇぞ。それ」
 跡部さんが笑った。やっぱり可愛いな。この人が俺の人生のパートナーになるのか……。
 ごめん忍足さん。済みません樺地さん。この人は俺が貰っていきます。アンタらに殺されてもいいですから。
 やっぱりこの跡部さんのドレス姿は今のうちに俺の眼に焼き付けておこう。
「あーん? どうしたリョーマ。俺様をじっと見て。そんなに俺様美しいか?」
「――うん。とっても」
「お前……デレることが多くなったな」
「家族に虚勢張っても仕方ないしね」
「お前、本当はすげぇ素直なヤツだったんじゃねぇの?」
「今までどんな風に思ってたの?」
「生意気なチビ」
「やだなぁ。跡部さん。俺、もう身長は跡部さんに並んでるでしょ」
 そうなのだ。もうあの頃のチビのまんまではない。声変わりもした。
 それなのに跡部さんと来たら――
「俺にとってはあの頃のチビだったリョーマとちっとも変わんねぇんだよ。お前は。――ま、生意気だけど可愛かったぜ。王子様みたいで」
 褒められてんだかからかわれてんだかちっともわかんないんスけど――。
「――何子供扱いしてるんスか。そんなことばかり言うならいつか丸刈りにしてやる」
「へぇー。出来るか? 今のお前に」
 ちっ。読まれてるか。
 まぁ、あの頃だって丸刈りにできなかったけど。せいぜいベリーショートにするくらいで。
 後に氷帝の宍戸さんと樺地さんと一緒に髪短い者同士グループでも組むかと思ってる、と言われた時は嫉妬で身を焦がしたね。俺も髪切ってやろうかと思うぐらいに。まぁ、俺だってそれを実行するまでバカじゃなかったけど。
 でも、俺、今の跡部さんは髪型込みで好きだもんなぁ……。
 この人に惚れた俺は神様からの罰を与えられたんだと思うよ。甘美な罰だけどね。
 この人を手に入れられるなら死んでもいい。
 外見も中身も完璧。テニスも上手い。資産家のお坊ちゃん。――別に財産目当てで結婚する訳じゃないけど。
 こんなに完璧な跡部さんを俺が手に入れられるんだ。
 俺の背はぞくっと戦慄いた。俺様なのに可愛い、俺のキング。
 自分でキングって言ってるところが可愛いじゃん。俺なんか『王子様』と呼ばれても死んでも自分から王子様と名乗らないけど。
 俺は今でも跡部さんのことはキングと言われて悦に入ってるサル山の大将だと思ってるけど――いいんだ。サル山の大将でも。あばたもえくぼだよね。
「じゃあ、俺、着替えてくるわ」
「あ、ちょっと待って跡部さん。記念写真撮るから」
「何の記念だよ……」
「代わりに俺の女装写真あげるから」
「取り引きのつもりか? だが俺様に死角はねぇ!」
 跡部さんはスマホを取り出すと昔の海原祭の時の俺のドレス姿の画像を取り出した。
「な……な……誰から……」
「という訳で俺様はとっくにお前の弱味を握ってるって訳だ。わかったか? あーん?」
 ちっとも弱味だなんて思ってないけど……。でもちょっと悔しい。
「桃先輩め……」
「おっと、俺にこの画像をくれたのは桃城じゃないぜ」
「じゃあ誰っスか!」
「不二だ」
「…………」
 俺は思わず押し黙ってしまった。不二先輩には今でも逆らう勇気が起きない。さすが青学の魔王。
 青学――青春学園に通っていたのも今ではいい思い出だ。
 他の学校へ行った元テニス部の副部長の大石先輩も今では立派な医者になっている。寿司屋の修行に励んでいる河村先輩は腕もおやっさんと並ぶ程になっている。皆それぞれ自分の道を歩んでいる。
 俺はテニスを通じて跡部さんと知り合った。その点ではテニスを教えてくれたオヤジに感謝、かな。
「ま、いいや。いいぜ、撮っても」
「ほんと?!」
「ただし、あんまり他のヤツには見せるなよ」
「勿論」
 そんな勿体ないこと出来ないよ。
 今だって跡部さんに「結婚しても愛人にしてください!」という雌猫がいるくらいだ。ウェディングドレス姿なんて見せたらどんなにとち狂うか……。狂喜するかショックを受けるか。
 馬鹿だよねぇ、跡部さん。俺から逃げるチャンスもあったのに。俺は跡部さんを死んでも離さないよ。況してや浮気なんて――絶対許さないんだからね!

後書き
2019年9月のお礼画面過去ログです。
私も跡部様のウェディングドレス姿は素敵だと思います。
まぁ、ちょっと跡部様は逞しいですからね。極上の美女というのはリョーマの贔屓目でもあるのかも(笑)。
2019.10.2

BACK/HOME