ドロボウの兄ちゃん

 どこ行ったんやろ。ドロボウの兄ちゃん……。
 そら、手塚国光って名前なのは知っとるけど……もう会えんような気がしてくるばい。
 あの低い声で、
『ミユキ』
 とよばれるこつ、もうない気がするばい。
 そりゃ、ちょっとデリカシーのないところもあるけど、ハンサムでかっこいい兄ちゃんだった気がするばい。
 ……泣いてなんかないっちゃ。泣いてなんか……。
 きっと近い将来テレビとかで活躍するから応援しとるばい。
 でも、お兄ちゃんのライバルなんやね。どっちを応援するか迷うっちゃ。
 ――やっぱりうちはドロボウの兄ちゃんの方を応援するたい。あ、手塚っちゅう名前があったか。
 ドロボウの兄ちゃん、とうちが呼ぶ度に手塚の兄ちゃんムッとするたい。あっ、元々ああ言う顔だっちゃか。うちは手塚の兄ちゃんの笑顔を見たことないっちゃ。
 でも、ドロボウはドロボウやき。
 ラケット盗ろうとした方が悪いっちゃ。手塚の兄ちゃんは半ば無意識につい手を出してしまったと言っとるが。盗むつもりはなかった言ってたけど。それはドロボウの決まり文句や。
 それにしても……さよならも言わずにどこ行ったとね。だから、アンタはデリカシーがないってうちに言われるとたい。
 あかん……また涙が……。
 お兄ちゃんも手塚の兄ちゃんもおるなら、中学テニスも面白くなりそうやね。まぁ、手塚の兄ちゃんは三年や言うから、もうすぐ高校たい。
 手塚の兄ちゃん、うちもテニス続けるとたい。だから、手塚の兄ちゃんもがんばりぃ。
 よしっ! 気合い入れて行こう。
 昔はうち、試合では実力出せずに馬鹿にされとったけど、手塚の兄ちゃんのおかげで克服したとよ。まぁ、治ったきっかけは獅子楽中のヤツらのイジメだけどね。
 イップス……うちも手塚の兄ちゃんもその病気になっていた。
 克服するには練習しかない。
 うちも手塚の兄ちゃんも練習して練習して――きっかけがあったとは言え、最後は見事獅子楽中のヤツらに勝ったばい。
 手塚の兄ちゃんは全国区ですごいらしいけど、あの試合見たら納得ばい。
 ああ、試合見に行きたいなぁ……。でも、うちにはうちのやることがあるとたい。
 手塚の兄ちゃん、こっからでも応援しとるばい。
 もうイップスにかかるんやないよ。うちもがんばっから。
 たくさん練習して、自信、繋げとうから。

 手塚の兄ちゃんは多分、うちの初恋の人や。
 背が高くって、ちょっと態度デカくて……けど優しい。
 うちの練習にも付き合ってくれた。
 手塚の兄ちゃん……確か青学言うてたな。全国大会、優勝したところだっちゃ。
 ……それほど強いとこなんや。手塚の兄ちゃんはそこの部長じゃって。本人には訊かなくても、うちのお兄ちゃんが教えてくれるばい。
 獅子楽中だけじゃなく、氷帝も立海も負けたんだっちゃね。
 氷帝――か。
 うちはふふっと思い出し笑いせずにはいられなかった。
 跡部の兄ちゃん、負けたんだっちゃね。いー気味。
「よぉ、チビ」
 噂をすれば!
「跡部の兄ちゃん!」
「手塚の野郎、ここでリハビリしてたのか……」
「手塚の野郎なんて、アンタに言われたくないっちゃ!」
「随分ナマ言うじゃねーの。千歳ミユキちゃん。あーん?」
「うち、アンタに名前呼ばれたくないっちゃ!」
 手塚の兄ちゃんならいいけど……。
「まぁ、そう噛み付くなよ。――俺も少しは責任感じてるんでな。話によるともう大丈夫そうだがな。小さいコーチも役に立ったことだし」
 跡部の兄ちゃんはうちの頭をポンポンと撫でた。
「――触らんとき!」
 跡部の兄ちゃんはどっかのおっきな財閥の御曹司らしいけど、うちは好かん。なんかいつもえばってて。
 顔はいいから相当モテるみたいだけど――うちは手塚の兄ちゃんの方が好きや。手塚の兄ちゃんの方が高貴な顔しとるたい。眼鏡外したとこは見たことないけど。――ついでに笑った顔も見たことないけど。
「ミユキは手塚の方がいいか? お前ら、仲良かったみたいだからな」
 どっからもれたたい! その情報!
「ああ。うちは手塚の兄ちゃんの方が好きや!」
 例え、一言も言わずに帰っちゃったとしても……。
 そう。一言も言わなかったっちゃ。
 手塚国光の、馬鹿……。
「ああ、そうそう。手塚の兄ちゃんに責任感じてるて何ね。跡部の兄ちゃん」
「ん? 関東大会の俺様との試合であいつ、肩壊したんだよ」
 ……跡部めぇ~!
「跡部っ! お前なんか死んじゃえ!」
 うちは跡部の兄ちゃんの無駄に長い脚をどかどか蹴った。
「勝負なんだから仕方ねぇだろ。――手塚もわかってるはずさ」
 そう言いながらも跡部の兄ちゃんは何となく遠い目をしていた。責任感じてるって、ほんとなの?
 確かにテニスに怪我はつきもんたい。けど……。
「跡部の兄ちゃん、年下のチビに負けたんだっちゃね。お兄ちゃんから話聞いとるよ」
「ああ。見事坊主にされた。あん時より髪は伸びたけどな。もうカツラ無しでも構わんだろう」
「ふっ、坊主頭の跡部の兄ちゃん、笑ってやりたかったっちゃ」
「後で写真送るか?」
「いらんわ!」
「手塚のならいいのか? 手塚の坊主頭の写真なんてあったっけかな――今度越前に訊いてみよう」
「だから! そんなのいらんたい!」
「冗談だぜ」
 そう言って跡部の兄ちゃんは満足げに笑った。
 ……――なーんかてげムカつくたい。
「何しに来たんや。テニスの練習もせんと。このヒマ人」
 クソ真面目な手塚の兄ちゃんとは正反対だっちゃ。
「いいや。伝言があってな」
「手塚がな――えーと、確か……『千歳ミユキに会ったら宜しく言っといてくれ』だってさ」
 え――?
 手塚の兄ちゃん、うちのこと、忘れてなかったの?
「確かに伝えたぜ、手塚――じゃあな」
 跡部の兄ちゃんは背中を向けて手を振った。でも、うちはすぐに跡部の兄ちゃんのことなんか忘れた。
 千歳ミユキ――フルネームで覚えてくれたっちゃね。手塚の兄ちゃん。うち、それだけでも嬉しい――ああ、頬が熱くなってきた……。
 これが恋ってやつなんだろか――。
 ……やばい。ドキドキが治まらんたい。
 以前、手塚の兄ちゃんと練習した日はよく眠れた。幸せだった。
 手塚の兄ちゃん……また来るかな(跡部の兄ちゃんは来なくていいけど)。
 うち、手塚の兄ちゃんと会えて良かったばい。また会えるといいな……。
 もし再会したら、そしたら――こう言うんや。好きです。手塚の兄ちゃん――と。
 うあー! 少女漫画みたいや! ロマンチックや! 乙女の憧れたい! そりゃ、相手は女心のわからない朴念仁たい、少女漫画みたいにはならん思うけど。
 それに、今、手塚の兄ちゃんが目の前におったら心がイップスになってしまいそうたい……。

「あ、お兄ちゃん」
「ミユキ、大きくなったばい」
 千里お兄ちゃんが帰って来た! うちの自慢のお兄ちゃんたい!
 お兄ちゃんに憧れてテニス始めて――手塚の兄ちゃんと会った。うちはいろんな大会に出て優勝をかっさらってる。
 さすが千里の妹たい。そう言われたくてがんばった。試合の途中でイップスになりながらも。
 でも、今は――手塚の兄ちゃんに認められれば充分たい。
 手塚の兄ちゃんはきっと、世界の大舞台でも戦える人や。そんな人に認められたら嬉しいっちゃ。
 手塚の兄ちゃん……同じ空の下に、手塚の兄ちゃんはいるとたい。例え世界に飛んで行っても、この空の下に。

後書き
2018年8月のweb拍手お礼画面過去ログです。
テニプリのミユキちゃんが主人公。ミユキちゃん好きです。
手塚に対する想いが一途なところがいいです。
2018.09.02

BACK/HOME