君と出会った日(中学生バージョン)

 アカン、迷うてもうたわ。
 俺――忍足侑士――は東京の地で途方に暮れていた。
 こんなトコ来るんやなかったわ。謙也ともはぐれてしもうたし。東京モンは冷たいなぁ。大阪では誰かが困ってるとおじちゃんやおばちゃんが寄って来て、
「アンタ、元気ないけどどうしたん?」
 とか訊いてきてくれるんやけど……。
「どうした?」
 わっ!
 何や! 俺の心の声を読んだように声をかけてきたヤツは?!
 振り向くと、そこにはややけったいな組み合わせの二人組が立っていた。輝くような美少年とえーと……ちょっとぬぼーとしている大きな男?
「おい、お前、俺様がデートしてやってもいいぞ」
 で、デート……? 丸い眼鏡の奥で目を瞬かせていると――。
「おい、何とか言え。相手が俺じゃ不満か?」
 不満なんてことはないけど。
「あんなぁ、俺、男やねん。それでもええんなら」
「え?」
 美少年はぽかんと口を開けて、それから笑い出した。
「なあんだ、男かよ。紛らわしい」
「え? 俺見て女と間違えたんはアンタしかいないわ」
「お前も面白いな。俺、跡部。跡部景吾。氷帝学園のキングなんだぜ。こっちは樺地」
「ウス」
 ――東京モンは冷たいだけやと思とったけど、変わり者もいるんやなぁ。
「お前は?」
「――忍足侑士や」
「忍足か。宜しくな」
 そう言って跡部が手を差し出す。俺はしばらく逡巡していた。
「どうした?」
「その……知らない人と握手するのはちょっと……」
「なんだ。結構シャイなんだな」
 せやな。俺は恥ずかしがり屋な方だ。人の目を見る時、伊達眼鏡も取れんような俺や。
「忍足君てさ、眼鏡取った方が絶対かっこいいって。視力いいんでしょ? 本当は」
 と、女子に言われても頑として取らなかった俺や。丸眼鏡は俺のアイデンティティーや。
「でもさー、女でないのが残念だぜ。女だったらデートに誘ってやったのにさぁ」
「ウス」
 跡部の言葉に樺地が頷く。いや、もう誘ったやんけ。
 それにしても樺地って一体なにもんなんや? 跡部の家来みたいなもんか?
「樺地言うたな。自分、跡部にとってどういう存在なんや」
「う……ウス……」
 樺地はまともに説明できないようだった。跡部はそんな戸惑いを、
「友達だ」
 の一言で片づけてしもうた。
「お前何してるんだ? 心細そうな顔をして。道に迷ったか?」
 何やこいつ。そんなことわかるんか?
「――その通りや」
「誰か保護者とかいねぇのか?」
「従兄弟の謙也が……」
 そう言った時、謙也に対する怒りが猛烈に腹の底から湧き上がって来た。
 謙也のヤツ~!
 自分とこの入学式が終わったから東京見物行こうや、などとあいつが言わなかったら俺はこんなトコで迷うこともあらへんかったんや!
 ま、跡部と出会えたのは収穫だったかもしらんが。――俺はこっそり心の中で呟いた。
「連絡は取れねぇの?」
「――ケータイ忘れてもうてん」
 アホや。自分でもそう思う。
「んじゃちょっと待ってな。あ、こちら跡部景吾。ちょっとお客さんを学校に連れて行きます。――はい。どうも、じゃ」
 跡部が自分のケータイを切った。
「忍足。俺様の学校へ連れてってやる」

 氷帝学園いうところはえらい大きな学校やった。
 きっとこういうところに通うのはお金持ちばかりなんやろな。うちも結構金持ってる方や思うけど。
「どうだ、忍足。俺様の学校は」
「え? 学校って、校長先生のもんやないの?」
「馬鹿だなぁ」
 そう言って跡部は微笑んだ。こいつやと馬鹿と言われてもそんなに腹は立たない。大阪では馬鹿はアホより言われたくない言葉として有名なんやけど。
 跡部の言葉に悪意が見えないからかもしれない。口は悪そうやがそんなに悪いヤツには見えない。それに美少年やしな――。
 俺が女やったら即惚れてたな。跡部の言葉に乗っかってデートとかしたりして……。
 しかし、跡部はおませさんや。こんな可愛い顔して。
「俺様はここのキングなんだぜ。すげぇだろ。なぁ、樺地」
「――ウス」
 それにしても氷帝学園とは……。俺は謙也のセリフを思い出していた。
「お前、氷帝学園の編入試験も受けるんやろ? その前に氷帝見学してみんか?」
 ああ、その氷帝に俺はいるんや。何や予定は狂ったけど。謙也も氷帝を見たかったのかもしれない。
 氷帝編入は親が乗り気だったんや。俺はどうでも良かった――というか、テニスができるのは嬉しいけど、東京の学校なんてどれも同じや思うていたからあまり興味がなかったんやが。
 まぁ、謙也のことはええ。そのうちどっかで会えるやろ。跡部に会ったおかげで俺も不安なんて吹き飛んでしまった。
 氷帝学園の編入試験は難しい訊いてたけどなぁ……跡部、頭良さそうやもんなぁ。賢そうやし。口さえ開かなければ美貌の優等生で通ったかもしれん。
 でも、アホな一面もあるしなぁ。俺のこと女やなんて……。
「くくっ」
「どうした? 忍足」
「やって、俺のこと女と間違えたんはアンタが初めてやで。跡部」
「う……うるさい!」
 跡部が赤くなってる。可愛らしなぁ。
「樺地、お前も職員室来るか? 来年はお前も中等部だからな」
「――ウス」
 何と! 樺地はまだ小学生やったんか!
 職員室まで行くと、跡部も一応ノックをする。
「失礼しまーす」
 スライド式の扉を開けると、そこには様々な先生がいた。うわっ。緊張するなぁ。けれど、俺には秘密道具の丸眼鏡がある。
「この人は忍足侑士君です。氷帝の前で迷ってたんで連れてきました」
「ご苦労」
 うわー。ダンディーな先生やなぁ。というか、学校の先生に見えへん。
「跡部、あの先生は?」
「榊先生だよ。音楽教師だけど本当は何をやってるのか俺も知らない」
 へぇ~、跡部にも知らないことがあるんか。
「おいおい、私は一介の音楽教師だっていつも言ってるじゃないか」
「嘘。本当は偉い人なんだって、俺聞きましたもん」
 榊とかいう先生と跡部がじゃれ合うとる。
「ところで忍足。お前テニスは得意か?」
 榊先生とのじゃれ合いが一段落したところで跡部が訊いてくる。得意どころやない――
「大得意や!」
 その後、俺は編入と同時に氷帝学園中等部のテニス部に入ることになる。閑話休題。
 俺と謙也は氷帝で再会し、二人で連れ立って帰って行った。
 俺は謙也に、氷帝はこんなに面白いヤツがいるところで、とか、俺も氷帝に入りたいわぁ、とか氷帝のことばかり言うて謙也を少し引かせてしまった。

後書き
2016年3月のweb拍手お礼画面小説です。
2016.4.2

BACK/HOME