跡部様の団子

「かばじ、これくえ。おれのおてせいだ」
 跡部景吾は今、樺地崇弘に無体なことを強いている。――樺地は今、絶対絶命のピンチにさらされていた。
 というのも、跡部が差し出したのは泥団子だったからである。
 勿論、跡部に樺地を苛めているという自覚はない。むしろ、愛していると思っている。
 幼稚園児の樺地には、一年上の跡部――それも樺地が子供なりに忠誠を誓った――存在に逆らう覚悟はない。
 跡部王様の言うことは絶対であった。
 樺地は泥団子を食べながら言った。
「おいしい……です」
 樺地は殆ど涙目で。跡部がはしゃいだ。
「そうか。いっぱいあるからどんどんくえ」
 跡部の太陽のような明るい笑顔を絶やさない為に――樺地はどんどんお代わりをした。
 ――その結果、樺地は病院送りになった。
「かばじ~、かばじ~」
 跡部が泣いている。王様は笑っていないと。樺地がにっこり微笑んだ。生きててよかった。跡部とまた遊べる。
「オレ、どろだんごがどくだなんてしらなかったんだ。ごめんよぅ……」
 跡部は顔をぐちゃぐちゃにして嗚咽する。
「オレ、かばじがしんだらどうしようとおもってたんだ。ほんとはまずかったんじゃないのか?」
「ああ……うん、たしかにほんとはあまりおいしいものじゃなかった」
「……ゆるしてくれる? これからもなかよくしてくれる?」
 勿論だよ、跡部。だって跡部はオレの王様だから――。

「ふー……」
「どうしました? 跡部さん」
「――ヤなこと思い出した」
「はぁ……」
「俺、ほんとにあの時は悪いことした。ごめんな樺地」
「どの時のことを言っているかわかりません」
「――だよね。跡部悪いことしかしてないから」
 と、おかっぱ頭の向日岳人。
「どういう意味だ。――ほれ、例の件だよ。あの泥団子」
「ああ、あれですか」
「もしかして、跡部が樺地に泥団子食わせたとか?」
 忍足侑士が言った。忍足の言葉に跡部は頷いた。
「樺地と仲良くなりたての頃だよ」
「ダチに泥団子食わせたのか? 非情なやっちゃな」
 と、忍足。忍足は関西出身なのだ。
「悪気はなかったんだがなー……」
「悪気なくてもやってはいけないことはあるC~」
 ジローがズバリと指摘する。
「病院代は跡部家でちゃんと持ったぞ」
「そんなの当たり前だC~」
 確かにその通りだ。跡部も返す言葉がないらしい。
「跡部さん、オレ、もう気にしてないですから……」
「お前は甘過ぎる……」
 と、樺地に言ったのは日吉若。
「命の危険と隣り合ってたんですよ。オレだったら絶交だな」
 と、宍戸亮。傍で鳳長太郎がうんうん頷いていた。
「樺ちゃん、臨死体験した~?」
「はぁ……臨死体験というほどのものではないけれど、死んだお祖母さんが手を振っていました」
「そ・れ・だ!」
 その場にいた跡部と樺地を除く部員一同がそう言った。
「でも、お人好しだな。樺地は」
「俺もそう思う。あの時の俺は確かに馬鹿だったが、途中で止めてくれてもよかったんだぜ」
「そうや。俺やったら断っとるところや」
「でもなぁ……いつか、大人になったらリベンジしようと思って――樺地の為に作ってきたんだぜ」
 跡部はクーラーボックスから箱を取り出した。中には美味しそうな白い団子が。
「何これ、跡部が作ったの?」
「ああ、味見はしといたから。旨かったぜ」
「んじゃ俺毒見する」
 ジローが団子を一口ぱくっと食べる。
「ん、おいし……むぐっ!」
「大丈夫かジロー!」
「まさか団子に毒が!」
「テメーら俺様を何だと思ってるんだ!」
 騒いでいるうちに樺地が水を用意した。ジローはそれを飲んでトントンと胸を叩く。
「あー、びっくりした。死ぬかと思った」
「気管に詰まるとこやったんか? ジロー」
「あは。わかんないけど、忍足は難しいこと知ってるね。さすが医者の息子」
「そんなん誰でも言えるし」
 日吉がぼそりと呟いた。
「でも、味は良かったろ?」
「ん。バッチシ!」
 ジローが親指を立てる。
「じゃあ、今度はお前が食え。樺地」
「ウス」
 樺地は一口食べて、
「……美味しいです」
 と、呟いた。
「機嫌良さそうだな。樺地」
「はい」
「樺ちゃん機嫌良かったの? どこで機嫌いいのを見極めるのかわからんC~」
「ジロー、あまり喋るな。――しかし、樺地の愛情表現はいまいちわからへんな。跡部からというだけで泥団子食うたり――俺なら怒るで」
「樺地は跡部の部下だもん」
「泥団子で死んでしもたら樺地も浮かばれんな」
 忍足が溜息を吐いた。
「――ところで跡部、はよミーティングせな」
「そうだな。しまえ。樺地」
「ウス」
 樺地はあの事件以来、跡部が料理に凝り出したのだな、と思った。自惚れかもしれないが、自分にまともな物を食べさせる為に料理に目覚めたのだろうか――。
 実際は今でも樺地の方が料理の腕は上だが。跡部からもらった団子は掛け値なしの愛情の成果だ。
(ありがとうございます。跡部さん)
 団子の箱を樺地は大事に整頓されたバッグに閉まった。
「樺地、全部、ちゃんと食えよ」
 跡部が樺地に微笑みかける。樺地はドキッとした。子供の頃にはなかった色香がそこにはあったような気がする。
「ウス」
 そう言って、樺地は少しだけ幼馴染の特権を味わおうとした。忍足には悪いが。
「よし、じゃあ始めようぜ」
 ちょうど監督も来た。けれど、氷帝中等部の監督は実質跡部だ。跡部が二百人の頂点に立っている。
 樺地はサポート役だ。それでいいと思っている。
 団子は全部樺地の胃に納まった。その後、どうだった、どうだった、と訊く跡部に、ああ、こういうところは変わらないなぁ、と樺地はほんわかした。

後書き
樺後。お月見もそろそろですね。
タイムリーな話をアップできて満足です。
2015.9.10

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