キャプテンは俺だ!

 樺地崇弘は母に頼まれて、郵便物の仕分けをしていた。
 その時、跡部景吾専用のスマホが鳴った。――随分久しぶりにように思える。
 メール、か。
 件名はなし。いきなり本題だ。あの人らしい。
『U-17W杯に日本の中学生代表として選ばれた。キャプテンは俺だ』
 キャプテンは俺だ――とても言いたかったんだろうな。きっと。
 口元が多少緩むのは仕様がない。
 本当に――相変わらずだ。
「跡部さん……」
 あの時、庇ったのは無駄ではなかった。彼の努力は無駄ではなかった。
 ずっとついていたかった。跡部の活躍を傍で見ていたかった。けれど――どうしようもない。樺地は跡部に加勢した。それが原因で退去させられたのだから。
 けれど、樺地に悔いはない。跡部が怪我でもした方が余程後悔が長引いただろう。
 跡部に教えられたテニス。跡部が帰ってきたら、一緒にテニスをしたいと樺地は考えていた。
 ――尤も、かなり水を開けられて相手にならないと言うことも考えられるが。
 樺地は――ずっとあの時のことを引きずっていた。
 仁王に恩があるとは言え、跡部の命令を無視してしまったことを。
 樺地にとって、跡部の命令は絶対であった。例え、どんなに些細なことでも――。
 枕投げの時、自分は参加せず、仁王に紅茶を振る舞っていた。
 跡部にとって面白くなかっただろうことは想像に難くない。跡部は大人顔負けに頭も切れるが、いかんせんまだ中学生なのだ。子供っぽいところも少しはある。
 それに金持ちのボンボンだ。我儘に育つな、と言う方が無理だろう。
 しかし、跡部は力の使い方をわかっている。テニスも大抵の大人は敵うまい。榊先生だって敵うかどうか――。
 合宿所から出て行く時、跡部が樺地にぶつけたのは罵倒だった。
 けれど――樺地は跡部の心をわかっている。
 彼は、寂しい人なのだ。孤高を貫くことがどんなに大変か、跡部をずっと傍で見ていた樺地には理解できるつもりだ。
 本当は、笑って合宿所を去りたかった。自分の笑顔は人を混乱に陥れるだけかもしれないと思うが。自分は老け顔で、無表情だ。跡部のようなきらきら輝くような美形とは違う。
 しかし、そんなことは気にしたことはなかった。跡部が自分を友人だと言ってくれたから。
 そして、今回のメール。本当に嬉しかった。
 内容が――と言うより、メールを送って寄越してくれた。その事実が。
 日本代表のキャプテンになったと言うのも凄いが。彼がトップに立つのは当たり前のことだと樺地は思っている。
 持ち前のカリスマで二百名のテニス部員を率いて来た跡部だ。きっと彼はいつか世界に羽ばたくのだろうと思っていた。まさかこんなに早くそれが来ようとは――。
 喜ばしくもある反面、少し寂しい。
 取り合えず、返信を送ろう。
『おめでとうございます。自分も嬉しいです』
 ――これだけ。跡部には物足りないかもしれないが。
 けれども、樺地が跡部を知っているように、跡部も樺地の心を読んでいるに違いない。あのインサイトで。
 言葉にならない気持ちを抱いて、樺地は送信ボタンを押した。

「――樺地からか」
 跡部が呟いた。
 樺地が合宿所から去ってから、もう随分経ったように思える。夜風が冷たい。
 樺地……。
 彼が去っても、お互いに未練を残さない為に、本心を隠してわざと切って捨てた――ように見せかけた。
 けれども、駄目だった。しばらくは成功したと思ったのに。
 あの時のことでは、ジローに随分詰られた。
(跡部、酷いC~。樺ちゃん、どれだけ傷ついたかわかってんの?!)
 ああ、酷いさ。でも、そんな酷い俺も、樺地はわかってくれている。
 自分はもしかしたら、樺地に甘えていただけかもしれない――跡部はそうも思う。何と取り繕おうと、あれはただの八つ当たりだ。
 ――ガキみたいだ。自分自身でもそう感じる。
 でも――跡部のメールにすぐさま返信が来た。樺地も喜んでくれているのだ。素っ気ない文章。樺地自身と同じ。
 けれど、跡部にはわかる。これが樺地の精一杯の喜びの伝え方なのだ。
 越前リョーマもいなくなって、跡部は寂しかった。その寂寥感が少し、癒された。
 もう返事はしない。樺地もわかっているはずだ。もう、跡部には樺地に伝える言葉はないのだと。
『ご、め、ん』
 そう打って、跡部は樺地専用のスマホにキスをした。
「――あ」
 叢の陰から現れた人物――中性的な顔立ちにさらさらの茶色の髪。不二周助だった。
「ごめん。邪魔した?」
「――いや」
 かなりびっくりはしたが、不二なら問題はない。愛しい存在とかけ離れているのは一緒だ。
 不二は、手塚国光が好きなのだ。そして、その手塚は今ドイツだ。
「寂しい?」
「そうだな――」
 心を読まれている気がする。寂しい。樺地に続いてリョーマまでいなくなってしまった。
 罰則を犯したからだとわかってはいるけれど――。
 けれど、リョーマは日本代表に選ばれた。リョーマが帰って来る。跡部は訳もなくときめいた。だけど――。
 リョーマはアメリカにいるらしい。
 もしかしたら、アメリカ代表に選ばれるかもなぁ、なんて、跡部は想像する。その可能性は充分ある。
 日本から来た小さなサムライ。
 リョーマはアメリカでも歓迎されるだろう。あいつは強い。テニスの腕だけでなく、精神面も――。
 けれど――俺はお前と一緒に戦いたかったよ。
 まぁ、また敵味方として相まみえるかもしれないけれど。今度は勝つ。
「不二、てめぇも寂しくねぇか」
「うん。寂しくないと言えば嘘になるね。でも、手塚には思いっきり強くなって欲しいから――」
「……俺も、そう思う」
 手塚は、跡部にとっても友なのだ。ライバルで――そして友。
「誰からかメール?」
「――樺地からだ」
「……いいんだけどさ、越前の気持ちにも気付いてあげてね」
「リョーマの?」
「僕、越前の肩を持ってるからさ」
「ああ……」
 不二は青春学園で、越前の先輩だった。不二はもう中等部のテニス部を引退した。跡部も手塚もテニス部の部長だったが、それぞれ後進に託した。
 手塚よ。今度は氷帝学園が天下を取るぜ。
 日吉若が新しきリーダーとなる氷帝学園がな。
 ――跡部は遠い目をした。日吉と海堂の試合も観てみたい。だが――自分には自分にしか出来ない戦いがある。
「あ、そうだ。頑張ろうね。跡部キャプテン」
「おう」
 跡部が不二に頷いて見せた。不二は、弟の裕太には『跡部にだって勝てるよ』なんて見栄を張っていたが。弟に甘く、時に兄らしい自分を見せようとするのは、不二の意外な一面である。
 本当はリョーマにもこの場にいて欲しかった。
 せっかく日本代表に選ばれたのだ。三船監督だって、強い者が選ばれるのが日本の夜明けだ、みたいなことを言ってたのに――。
「リョーマにはメールしてる?」
「いや。あいつからは来たけど――どうすっかな」
 リョーマは今、どこで何をしているのだろう。昨日だったか、
『今、ヒコーキの中。アメリカに向かってる』
 と、メールが来たばかりだ。そう言えば、彼の兄とか言う男が、アメリカ出身だったと聞いていた。その男も純日本人のようだったが。
 リョーマにメールと言ったって、何を書けばいいのかわからない。
 アメリカと日本で、リョーマの取り合いになるかもしれない。そう思って、くすりと跡部は微笑する。
 不二は何か文章を打っていたようだった。――リョーマの場合、いつ返事が来るかわからないけれど。というか、樺地のように返事を律儀に送るかどうかさえわからないけれど。
 リョーマからは不定期にメールが来る。どうせ気が向いた時にしか書かないのだろうが。
 まぁいい。俺は言いたいことはメールではなく、テニスで伝えよう。どうせこれは樺地専用の機だしな。――跡部はスマホの電源を落とした。

後書き
2018年10月のweb拍手お礼画面過去ログです。
跡部様は中学生チームのキャプテンです。妥当な人選ですね。リーダーシップもあるし。
樺地も跡部様のことを大事に想ってるんですね。でも、まさか不二先輩がこの話に出てくるとは(笑)。
2018.11.2

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