二人合わせて真田幸村

 二人は幼馴染であった。真田弦一郎に幸村精市。
「精市と弦一郎は仲がいいな」
「二人合わせて真田幸村だな」
 そう言って互いの父親は笑っていた。幸村は、
「変わったジョークだな……」
 としか、思っていなかった。
 彼らはお互い切磋琢磨していた。そして、初めて立海のテニス部に真田とやって来た時、
「真田幸村か……」
 と言われて、苦笑していたのを幸村は思い出す。
 ソフトな対応をする幸村。直情な真田。
 最初は幸村の方が優しいと思われていたらしい。真田はすぐ怒るから。
 けれど、真田の優しさの方がわかりやすいことに気付いて、後輩達は真田の方を慕うようになった。
 真田は幸村を立てていた為、部員達は幸村のことも受け入れてはいたのだが。それに、部員達は幸村も頼りにしていた。
 幸村と真田ではいい意味で人の見る目が違う。幸村は幸村で一目置かれていた。幸村と真田――いいコンビだと誰もが言った。

「――俺がですか?」
「ああ。立海男子テニス部の次期部長はお前しかいない」
 部長――いや、元部長が引退間際にそう言った時には幸村も驚いた。
「けれど、真田がいますが……」
「真田には副部長としてお前の補佐を任せる。今までと同じだな。――それに、真田も喜んでいた」
「先に真田に話したんですか?」
「『立海のテニス部の部長は幸村にしたいと考えているんだがお前、どう思う』と言ったら、『ああ、それはいいですね』と笑顔で答えてくれたよ」
「真田……」
 幸村は込み上げる物を抑えることが出来なかった。
 真田は正直な性格だ。部長が言ったことは本当だろう。真田はいつも幸村と共にいた。
「引き受けてくれるな。幸村」
「――はい!」
 皆の期待に応える為にも――真田の期待に応える為にも。
 常勝立海大の旗は俺達が引き継ぐ!

「幸村……顔色が悪いぞ」
 幸村が部長になってしばらくした頃――真田が訊いて来た。
「ん……大丈夫だよ」
 幸村は笑って見せた。だが――。
 おかしい。体調が悪い。――何だか熱っぽい。体の……バランスが……。
「さな……だ……」
 幸村が倒れた!
「おい、誰か! 救急車だ! しっかりしろ、幸村!」
 真田の声が聴こえる。でも、その声も段々と遠のいて――幸村は気を失った。

 病室の中に幸村はいた。
「幸村……」
「幸村部長……」
「赤也も来てくれたんだ……」
 切原赤也。立海大のエースと呼ばれている。英語が壊滅的に苦手な後輩で、幸村も彼の勉強を見てやったことがある。
「皆来てるっスよ。俺がじゃんけんで勝ったんで入れてもらっているだけで」
「そうか……苦労かける」
「んなこと言ってる場合じゃないじゃないっスか――早く病気治してくださいね」
「病気……なのか? 俺は……」
「赤也! このたわけが!」
 真田が切原に向かって怒鳴る。切原がしゅんとなって、真田に謝る。
「すいません。真田副武将――じゃなかった、副部長」
 真田副武将――武士の魂を持つ、真っ直ぐな真田にはぴったりの仇名だ。因みに幸村は『魔王』と呼ばれているが否定はしない。
 それに、真田はこの一年で随分大人っぽくなった。――老けたと言うべきか。副部長である心労からか。まさか自分のせいではあるまいな――と、幸村は考える。
「幸村。今は親御さんが医師から話を聞いているところだ。切原、ちょっと幸村と二人きりにさせてくれるか?」
「――わかったっス」
 切原が名残惜しそうに幸村達に目を遣り、それからパタンと扉を閉めた。
「災難だったな」
「え? いや、俺は――」
「辛かったな。幸村」
「いや、俺は――お前達に苦労をかけた方が、辛い――」
 幸村の言葉を聞いた真田の目から一筋の涙がこぼれる。
「俺の体は――そんなに悪いのかい?」
 確か、切原も病気だと言っていた。
「何の病気かはまだわからない。それでも、お前が少しでも苦痛を感じるのが、俺は辛い」
「――真田……」
「できるものなら代わってやりたい……」
 真田が滂沱の涙を流す。
 幸村は胸を打たれた。自分が真田の立場だったらこんな風に言えるだろうか。友の為に涙を流せるだろうか。
 ただ、幸村が考えたのは、倒れたのが真田でなくて良かったということだけで――。
「大丈夫。俺は今まで元気にやってきた。――今度のも大したことはないよ」
「幸村……俺もそう信じたい」
 コンコンコン。扉にノックの音が鳴った。――ここの病院の医者だ。
 この病院は建物は古いが、設備は整っているし医師の腕も水準より上だと評判だ。そのすぐ後には幸村の両親がくっついている。
「真田君。悪いが幸村君に話があるので」
「――わかりました」
 涙を拭いながら、真田は出て行った。
「いい友達を持ったね」
 医者のおじさんが言った。
「はい……」
「真田君のお父さんと私はポン友でね――真田君のことは昔からよく知っている。正直でいい子だよ。先程真田君に胸ぐら掴まれてね、こう訊かれたんだ。『先生、幸村は大したことないんですよね、そうですよね』って」
「真田らしいや」
 でも、何となく心が温まる思いで一杯だった。医者には気の毒だが。フフ……と、幸村は笑った。
「けれどね――この際はっきり言おう。君の体はあまり良くはないみたいだ。君は原因不明の難病にかかっている疑いがある。――検査をしてみなければわからないが。杞憂であればいいがな」
「ああ……」
 幸村は呟いた。だから、真田は泣いたのか――。
「この話は真田君達には今のところ伏せてある」
「そうですか……」
「君も部長としての責務があるから大変だったろうが――」
 そんなことは何でもなかった。赤也の心配そうな目。真田の涙。そんなのを見る方が辛かった。
「辛いのは、真田の方かもしれません」
 真田はいつも幸村を庇っていた。小さい頃からそうだった。最終的に相手を泣かせるのは幸村の方だったが。
 済まない。真田。皆――。
 俺は、病気を治すよ。だから、真田ももう泣かないで。
 俺達はいつも一緒だよ。だって、二人で真田幸村なんだから――。
「立海のテニス部の子供達はね、部長は幸村君しかいないとさ。真田君もそう言っていたよ。それまでは真田君が部長代理として」
 真田、済まない。苦労かける。
 けれど、嬉しいものだ。皆に、友として、部長として待たれていると言うのは――。
 今でこそ中性的な美人と女生徒から人気を博している幸村だが、小さい頃は近所の悪ガキ共に女男といじめられていた。そんな連中もすぐに幸村に心酔するようになっていったのだが。その裏には真田の功績が大きい。真田は幸村を守る為にいつも自分自身を鍛えていた。真田がいたから幸村は頑張れたのだ。諦めずに戦うことも出来たのだった。
 医者の指示通り、電気の消えた部屋で幸村はゆっくり休むことにした。この体のだるさも夢であることを信じたかった。それが現実であったとしても。

後書き
2018年3月のweb拍手お礼画面過去ログです。
真幸も好きですね。
幸村、頑張れ!
2018.4.2

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