跡部さんとスキー

 今、俺は跡部さんとスキーに来ている。
 俺はテニス漬けの毎日だったので、スキーなんて初めてに近かったんだけど、跡部さんが、
(リョーマにもスキーを教えてやる)
 って言ってくれたから。親父も母さんも賛成してくれた。俺、越前リョーマにとって跡部景吾さんはいい友達だと思い込んでいるらしい。
 俺は跡部さんが好きなのに――。
 このままスキーが出来ずに帰るのもシャクだからボーゲンぐらいは今日中にマスターしたいんだけど――。
 ザシャアアアアッ!
 ――跡部さんの滑り方は流石に上手い。プロ級なんじゃないかと素人の俺でも思う。
 俺は眩しいものでも見るようにすいすいと滑って行く跡部さんを見つめていた。
「あの人、かっこいい……」
 ゲレンデの女性が呟く。でしょう? 俺の跡部さんはかっこいいでしょう?
 俺の跡部さん……いつか皆の前でそう言いたいな。
 でも、油断は禁物。だって、ほら。
 ゴーグルを取った跡部さんに雌猫が群がっていく。
「お名前、何て言うんですかぁ?」
「何か、どっかで見たことあるような気がするんですけどぉ」
「どこの大学ですかぁ?」
 ぷっ。大学だって。その人はまだ中学三年生だよ。おばさん。
「俺は……」
 跡部さんが珍しく戸惑っている。でも、まだ助けてやんないんだもんね。
「リョーマ」
 ちっ。見つかったか。
 跡部さんはもう一度、「リョーマ」と呼んでくれた。それなのに、俺はちょっと不機嫌だった。
「何だよ、年上の女の人達に囲まれて鼻の下伸ばして」
「俺がそんな男に見えるか?」
 見えない。大体、跡部さんは女の人に不自由してない。
 でも、俺はにやりと笑みを浮かべただけに留めた。
「あ、そちらの方は弟?」
「越前リョーマ。友人だ」
 あらら。俺、跡部さんの弟に見えるんスね。ちょっぴり複雑。
 ていうか、跡部さんには俺の恋人って言って欲しかったんだけど、今の関係では過ぎた望みだよね。
「跡部さん。俺にスキー教えてくれるんじゃなかったの?」
「そうだった。すまね。つい興が乗っちまって」
「跡部?」
 雌猫の一人が首を傾げる。
「もしかして跡部財閥の?」
「そうだけど?」
 跡部さんが答える。
「えーっ?! 跡部財閥の御曹司?!」
「口きいちゃった!」
 きゃあきゃあと雌猫どもが騒ぐ。
「えー、でも、じゃあ、跡部さんていくつなの?」
「15。それから俺様はまだ中学生だ」
 跡部さんがぶっきらぼうに答える。
「えーっ?! 大人っぽーい!」
「中学生に見えなーい」
「だよねー」
 俺は雌猫どもの群れから跡部さんを連れ出した。
「サンキュー、リョーマ」
「別に。アンタの為にしたことじゃないし」
 ただ、雌猫に囲まれた跡部さんを見て面白くなかった、というのは子供っぽ過ぎる独占欲だろうか。
「よし。約束だ。いい子にはスキー教えてやる」
「別にいい子じゃないっスよ。それに――あんな雌猫ども、いつもだったら適当に相手してるでしょ? 何で今日は困ってたわけ?」
「あー……それはだな……雌猫と一緒にいるところをお前に見られたくなかったからだよ。結局お前に声かけたいという誘惑には勝てなかったけどな」
「どうして?」
「さぁな」
 でも――そうか。俺が跡部さんを気にしているように、跡部さんも俺のこと意識しているのかな。
 だったら、嬉しいな。
「跡部さん、見ててください!」
「おう」
 ――夕方までには俺はボーゲンをクリアできるようになった。

 その後、俺達が来たのはスキー場の近くのホテルのレストラン。スポーツした後なので夕飯はもりもり食べられた。
「よく食うな。おまえ」
「動いたもん」
「結構大食漢だな」
「跡部さんは思ったほど食べないね」
「あーん? んなことねぇよ」
 ――確かにそう言われると。優雅なテーブルマナーに惑わされるけど、跡部さんの食事もきっちり胃の中に納まっている。
「樺地さん、来れなくて残念だったね」
 樺地さん、というのは跡部さんの数少ない友人の一人だ。恋のライバルだけど跡部さんのことを大切にしてくれているみたいだから、俺も嫌いではない。話してみると結構いい人かもしれない。
「あいつにも予定というものがあるんだろ。だからってお前を招いたわけじゃねぇけど」
「俺は嬉しいよ。跡部さんに招待されたからね」
「――お前らの親は何て言ってた?」
「喜んでたよ。俺に新しい友達ができたと思って」
「思ってって……お前は俺のこと友達だと思ってくれてねぇのか?」
「さぁね」
 俺はアルカイックスマイルを浮かべた。
「――食えねぇヤツだ」
 跡部さんが、ちっ、と舌打ちをした。
「忍足さんや向日さんは?」
 俺は跡部さんの通う氷帝学園のテニス部員の名前をあげた。
「忍足は来たがってたけど、実家に帰ってるからな」
 名家の人間も大変だ。忍足さんは大阪だろうか。
「向日は旅行だ。確かハワイだって言ってたな」
「あそこ日本人多いっスもんね」
「後は……」
 跡部さんは氷帝の正レギュラー陣が今何してるのかを教えてくれた。お返しに俺も青学の皆のことを話した。
「不二先輩は弟に会えるんで嬉しそうだったよ」
「あいつ、意外に弟思いなんだな」
「裕太さんはどう思っているかわかんないんスけどね。照れ屋だって不二先輩は言ってたけど。でも、裕太さんは不二先輩を倒す気満々でいますよ」
「俺も応援するぜ。つか、いつか不二もお前も倒してやる」
「できるもんならね」
「ところで手塚はどうしてる?」
「手塚部長も実家っス。――会いたいっスか?」
「そうだな――」
 俺は面白くなかった。やっぱり跡部さんは手塚部長が気になるんだろうな……。
「そういや、お前のボーゲンなかなか様になってたぞ」
「そうっスか……」
 褒められて嬉しいはずなのに俺は何となく跡部さんの顔を見るのが気恥ずかしかった。

後書き
そろそろ季節外れの話かな。
でも、リョ跡書けて嬉しかったぁ。
私も小学生の頃はスキーしてました。授業の一環で。なかなか上達はしませんでしたけれどね(笑)。
2015.2.21

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