悪夢のクリスマスパーティー

「えぐっ、えぐっ、えぐっ……」
 菊丸英二は大粒の涙を流していた。
「英二、ほら、涙拭いて」
 折り目のついたハンカチを取り出して渡したのは菊丸のダブルスの相棒の大石秀一郎。
「大石~」
「ほら、せっかく皆でこうやって集まってるんじゃないか。少しは楽しもうよ。英二の好きなアナゴもあるよ」
「アナゴ……」
 些か気を取り直した菊丸は大石のハンカチで鼻を拭いた。大石は、あ~、と言う顔をする。
「でもさ、手塚来ないし、おチビはあとべ~に取られちゃうしさ」
「仕方ないよ。人それぞれ事情と言うのがあるんだから」
 河村隆が笑顔で言った。――今日は十二月二十五日。青学の中等部テニス部のレギュラー陣は河村寿司に集まっていた。
「でも~……皆でクリスマスを祝いたかったな~……」
「手塚なら来るよ」
 不二が柔らかな微笑みではっきり言った。
「え、でも……」
 その時、河村寿司店の引き戸がガラガラと開いた。
「……遅くなった」
「手塚~♪」
 菊丸が手塚に抱き着いた。
「こっちに帰って来てたんだね?」
「ああ」
「ようこそ、手塚」
「さ、こっちこっち~。手塚は不二の隣だよ」
「どうも……」
「やぁ、昨日も会ったよね」
「――そうだな」
「えー、不二、手塚と会ってたんなら連絡ぐらいして欲しかったよ~」
「まぁ、それぞれ事情というものはあるよ」
 大石はさっきの河村の台詞を繰り返した。
「あー! もしかして不二とデートしてたの?!」
「デート……」
 手塚が絶句し、不二がふふっ、と笑っている。
「どこまで行ったんスか? お二人さん!」
 桃城武が割って入る。
「下らん……」
 海堂薫が呟く。
「スカしてねぇでおめぇも仲間に入れよ!」
「うぬぅ、何する!」
 桃城と海堂の二人がじゃれ合っている傍で乾貞治がもくもくと口を動かしている。
「ふむ……河村、この寿司のデータ、メモしてもいいか?」
「あー、それ企業秘密だから。うちの寿司が食べたかったら河村寿司まで来てください」
 河村がちゃっかり宣伝をする。
「へーい」
「おう」
 桃城と海堂は同時に返事をし、それに気づいてぐぬぬ顔で睨み合う。この二人、仲が良いのか悪いのかわからない。
「ちぃーす」
 ――今度は越前リョーマがやってきた。
「おチビ~♪ よく来たね。あとべ~とは喧嘩でもしたの?」
「……追んだされたっス」
 菊丸のはしゃぎぶりを横目で見ながらリョーマはぼそっとぼやく。
「はぁ? 何で」
「おめぇもこっちの方がいいって言ったんだろ?」
「その反対。青学のテニス部の部員達も集まってるって言ったら、そっち行けって。『手塚も不二も青学の方へ行ったんだから』って」
「へぇ~、あとべ~も妬くんだぁ」
「俺は……居たかったのに……友情の方大事にしろって……」
「お~。跡部もまともなこと言うじゃん」と、桃城。
「俺、ほんとに居たかったんスよ……跡部さんのパーティーに……」
「ふ~ん。跡部家のご馳走、旨そうだもんな。俺も行きてぇ。あ、でも、河村寿司も旨いぞ」
 桃城の言葉に河村は相好を崩し、海堂がフン、と鼻を鳴らした。
「跡部さんの傍にいたかったっス……」
「越前、気持ちはわかるが、跡部とは昨日会ったばかりだろう?」
「手塚……」
 目を開いた不二が「それは言ってはダメ」とばかり首を振った。
「つか、今日のおチビ何か変だよ?」
 菊丸が首を傾げる。乾がリョーマの背後に立つ。
「ふぅむ……微かだがアルコールの匂いがする。飲酒した確立80パーセント……」
「おチビ! お酒はいけないんだぞ!」
「そうだよ。バレたのがここでまだ良かったねぇ。今日は貸し切りでもあるし、もう飲まないと言うなら、学校側には内緒にしてやってもいいけどな」
「父さん!」
「待て! 跡部に電話してみる! ――おっ。おい、跡部! 越前に酒飲ませたのお前か?!」
 手塚はスマホで連絡する。その声には怒気も含まれていた。
「跡部は知らないそうだ。ただ、いつもより態度が変だったって……まさかとは疑っていたらしいんだが……」
「そうだね。いつものおチビ、こんなに素直じゃないもん……」
「いや、それには及ばん。跡部、あ――……」
 手塚の口の形が「あ」を形作ったまま硬直した。そして、やっと気を取り直したらしく、やがて、言った。
「――跡部がこちらに来るそうです」
「跡部さんが?!」
 リョーマの目が輝いた。
「あのな、越前、これは多分自分の不始末を詫びに来る為――」
「跡部さんが来る……河村寿司に来る……」
「――……って、聞いてないな……」
 菊丸もリョーマと一緒に踊っている。「こら、英二」と、大石に窘められながら。

「リョーマ!」
「跡部さん!」
 リョーマはいきなり跡部に口づけをした。桃城が青褪めた。
「……越前の酔いが醒めたらどうなるかな……」
「失態を思い起こしてベッドから起き上がれなくなる確率70パーセント……」
 乾は冷静にデータを披歴している。
「悪い! この通りだ!」
 跡部がリョーマの頭を下げさせた。そして――彼も一緒に頭を下げた。
「越前から目を離した俺が全面的に悪い! 今回は俺に非がある!」
「何で俺も頭下げるんですかぁ?」
 酔っているリョーマには事の重大さがわかっていないらしかった。
「越前……お前のやったことは退部に値する。――まぁ、今回はなかったことにするが……」
「悪い! 俺が退部してもよい! いや、高等部でテニス部に入部するのは諦める!」
 跡部が宣言する。
「いや……それは俺としても困る。ライバルにこんな形で去られたんじゃな……」
「手塚……!」
 跡部と手塚が握手を交わした。まるでナイスファイトの後のように。皆の目に幻の夕陽が見えた気がした。
 河村寿司の店長がうんうんと頷く。菊丸がその傍でぐすっと鼻を啜った。
 しかし、手塚は幻想に現を抜かすつもりはない。越前には酔いから醒めた後、充分反省させるつもりでいた。

後書き
ちょっと早いけどクリスマス当日の話です。『白い世界で君と』の続編です。
運動部は飲酒に対して厳しいところもあると思っていましたが青学も厳しいのかな? 運動部学生の飲酒については高校の先生をしていたパパンに聞いても正確なところはわからなかった……(これは中学の話ですが)。
それでは、ハッピーメリークリスマス!
2015.12.23

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