D気持ち

 真田が感じた桃色の視線の正体は桃城の視線だった――。

「立海の真田な、あいつ絶対女いねぇぜ」
「はぁ……」
 越前リョーマにはどうでもいいことだった。リョーマには跡部がいる。憎からず思っている女の子もいる。どちらともまだキスさえしたことないが。
「で? 俺に何させるつもりですか? 桃先輩」
「お、察しがはえぇじゃねぇか。んじゃ、早速真田を誘惑して来い」
「やです」
「おーや。海原祭の女装写真ばらまくけどいいんだな」
「……鬼」
 ともあれ、リョーマは了承したのであった。

「俺は何をすればいいんですか。先輩」
 リョーマは諦めムードで訊いた。これでは乾汁を飲まされた方がましだ。
「んー、まずはラブレターだな」
「桃ちゃん先輩、一年の教室で何やってんスかぁ~?」
 堀尾が言った。いつもうるさいヤツだな、と思っていたがこういう時は役に立つ……かもしれない。
「ああ。勉強見てやってたんだ」
「あっそ」
 おいおい、そこで諦めんのかよ。
 まぁ、学校で勉強しててそれを疑う者はいない。
 しかしねぇ……察しが悪過ぎるよ。だからお前は堀尾なんだ――リョーマがぶちぶちと心の中で文句を垂れた。
「真田は古風な人間だから縦書きの便箋でいいんじゃね?」
「はぁ……」
「ちょっと書いてみろよ。越前」
 リョーマは適当に書き殴った。
「見せてみろよ。おっ、帰国子女の癖に俺より字上手いじゃねぇか」
「そっすか?」
 リョーマは気のない返事をした。自分も決して字が綺麗な訳ではなかったが。
 多分それほど桃城の字が汚いということなのだろう。
(桃先輩いかにも体育会系って感じだもんな……勉強は苦手そうだよな)
 桃城に失礼な言葉である。――が、リョーマにはリョーマの言い分がある。
 桃先輩も人を騙す算段する時間があるなら自分の心配した方がいいだろうに――。 
「あ、後、女の子らしさを出す為にハートマークをつけといて」
「はーい」
 リョーマは気のない返事をしてぶきっちょなハートマークを文末に書いた。
「よし、こんなもんか? 行くぞ、越前」
「はーい」
「あ、部活出ねぇの? 越前」
 堀尾だ。
「俺、部活出ます」
 逃げるなら今がチャンス!
 堀尾の方に駆けて行くリョーマ。――と。
「逃がさないぞ越前~」
 と桃先輩に本気で肩を掴まれた。
「痛い痛い。……わかりました。行きますよ」
「よし!」
「越前どこ行くの?」
「立海大だ」
「へぇ~、そんなところまでスパイに行くの。すげぇじゃん」
 堀尾が目を輝かせているのを後目にリョーマは桃城の後について行った。大体部活に逃げても桃城も同じテニス部なのだ。
「俺もがんばんなくっちゃだな」
 堀尾がこっそり言ったのを聞いて、今だけは堀尾が眩しいとリョーマは思った。

「確認しときますけど、手紙置いてくるだけっスよね!」
 リョーマの言葉に桃城が黙った。
「……何か企んでるんですか?」
「うん。職員室」
「何させようっていうんですか」
「ちょっとね。あ、竜崎先生。頼んでいた件お願いします」
 竜崎スミレが相好を崩した。
「おうおう。若い子にメイクするのは久しぶりだねぇ。腕が鳴るよ」
「まさか、先輩……」
「おう。越前、女装して真田に迫って来い」
「やはし……!」
「逃げても無駄だぞー。海原祭の写真があるからな」
「どうでもいいです。とにかく逃げます」
「――写真見た変な輩から狙われても知らないぞー」
「アンタが一番変な輩です! 桃城先輩!」
「でも、女装した越前ほんとに可愛いからなぁ……写真公開したらどんな目に合っても知らねーな、知らねーよ」
「何してるんだい? ごちゃごちゃと。しかしボウズに女装してでも立海大をスパイしたいと言う殊勝な心がけがあったなんてねぇ……」
 リョーマはふかぁい溜息を吐いた。桃城先輩の言うことも効いたが、何よりテニス部顧問の竜崎先生に敵う者などいない。
「今日だけですからね」
 竜崎スミレのメイクアップ術はプロ顔負けだった。リョーマは自分に応用すればいいのに、と思った。
 こうなったらとっとと終わらせて帰ろう。

 立海大学付属中学――。
「あ、真田くーん」
「部活終わったら一緒に帰ろうよー」
 真田は女子から声をかけられている。
「何だ。真田さんモテんじゃないですか。こんなラブレターなんて即ゴミ箱行きですね」
「いいや。越前、ああいうタイプほどムッツリなんだ。この手紙を見て妄想たくましくしたりしてな」
 それはアンタもでしょ、とリョーマは心の中で桃城にツッコんだ。
 真田はさっきの女子達をもう相手にしていない。
「早速玄関に行くぞ。ラブレターを置くんだ」
「たったそれだけのことなら別に女装じゃなくても良かったんじゃないかと思うけど。このかっこに何か意味でも?」
「そうだなー……俺のシュミってヤツだな」
 ――桃城には気をつけようとリョーマは誓った。真田に直接手紙を渡すという条件は真田の下駄箱にラブレターを置くだけというものに変えてもらったが。それだけならやってもいいとリョーマも妥協した。
 ラブレター(?)を靴箱に置いて帰ろうとするリョーマに声が飛んだ。
「誰だ貴様!」
 越前はつい振り向いた。声の主は真田だった。
「ご、ごめんなさーーーーーーい!!!!!!!!」
 リョーマは走って逃げた。確か海原祭の時もこうやって真田から逃げたっけ。――顔を見られていないといいが。
 桃城もリョーマの後について帰って行った。

 後日、真田が出したCDは『D気持ち』。所謂ラブソングだ。相手はリョーマのことと思われた。
「おい、越前、このバックコーラス、お前の声に似てんぞ。いや、お前そのもの?!」
 声変わりのしていないリョーマは可愛いアルトの声なのだ。
「勘弁してくださいっスよ……」
 いろいろ思い出したリョーマは死にたい気持ちでいっぱいだった。

後書き
この小説は真田のキャラソンの『D気持ち』から着想を得ました。
桃城が変態チックだけど、私は彼のこと本当は健全だと思います。

2016.5.2

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