絶対、眼鏡です

「高尾、話があるのだよ」
 緑間真太郎が、高尾和成に声をかけた。
「え? なになに、真ちゃん」
「実はコンタクトレンズに変えようと思っているのだが……」
「へぇー、意外! 真ちゃんは生粋の眼鏡っ子だとばかり思ってたよ」
「何なのだよ、生粋の眼鏡っ子って……」
 緑間は優秀なバスケット選手で勿論運動神経は抜群なのだが目が悪い。
「眼鏡は仕方なくかけているだけなのだよ……」
「でも、眼鏡かけてない真ちゃんなんて真ちゃんじゃないじゃん。急にどうしたの?」
「レンズが割れたら目に刺さるんじゃないかと思ったのだよ……」
「んー、でも、オレは……」
「何だ? 不服か?」
「だって、おは朝のラッキーアイテムが眼鏡の時も何度かあったじゃん」
「そうだな。……ところで、『眼鏡かけてない真ちゃんなんて真ちゃんじゃない』とはどういう意味だ、高尾」
「んー、オレ、眼鏡男子だから」
「嘘つけ。眼鏡をかけているのを見たことがないぞ」
「だって、目良いんだもん。オレ。両方とも2,0」
「目だけはいいんだな」
「目だけはって、どういう意味だよ、真ちゃん……」
 高尾が河豚みたいに膨れる。
「それに、オレにはホークアイがあるしさ」
 ――そして、その日二人は学校の後、家に帰った。

 翌日、高尾が緑間をチャリアカーで迎えに来た。
「し、真ちゃん?」
 思わず、と言った態で高尾の声が裏返った。
「ん? そんなに変か?」
「眼鏡じゃない~」
 高尾は心底残念そうだ。
「もしかしてコンタクトレンズ? なしてまた……」
「わからんのか? 高尾。今日のラッキーアイテムはソフトコンタクトレンズなのだよ」
「あー、そっか。オレ、今日はおは朝見逃したから……」
 でも、高尾は時間通りには来た。
「身に着けていれば更に吉と出ていたのだよ」
「へぇー……でも、眼鏡かけてない真ちゃんて、何か違和感あるな……」
「そうか?」 
「……うーん、そうだなぁ……美形なのは変わらないけど、そのう……」
 高尾はお茶を濁す。
「お前は眼鏡をかけたオレと、コンタクトレンズのオレと、どっちを好きなのだよ」
「うーん、どっちもそれぞれに魅力あるし……あ、やっぱり眼鏡! 絶対、眼鏡だよ!」
「お前……それは……元ネタは『ローマの休日』か?」
「さっすが真ちゃん!」
「お前と遊んでいる暇はないのだよ。じゃんけんするのだよ」
「――わかった」
 高尾は緑間の顔を見て、はーっと盛大に溜息を吐いた。そんなに眼鏡の方がいいか? そう言えば、高尾は『眼鏡男子』というTシャツを着ていたことがある……。
「明日は眼鏡に戻すのだよ」
「ほんと? 真ちゃん」
「ああ、だから早くじゃんけんするのだよ」
 じゃんけんでは高尾が負けた。この辺はいつも通りだ。――そして、日常が始まる。

「ただいまですわ」
 緑間の妹、春菜が家に帰って来た。緑間は居間でくつろいでいた。
「何だ。春菜」
「あら、お兄様。誰だかわかりませんでしたわ」
「ソフトレンズなのだよ。ラッキーアイテムだからな」
「お兄様、眼鏡ではない方がいいのではありませんこと?」
 珍しい。春菜が褒めてくれるなんて。
「私もコンタクトレンズに変えようかしら」
 ――なんて言っている妹を緑間は少し揶揄いたくなった。
「そう言えば、夏実が『眼鏡をかけた人が好き』と言っていたぞ」
 嘘である。夏実がそんなこと言ったことは緑間だって聞いたことがない。高尾は眼鏡男子だそうだが。因みに夏実とは高尾の妹である。
「……生涯眼鏡は変えませんわ」
 春菜は夏実にぞっこんなのだ。
「勉強して来ますわ」
 春菜が二階へと上がる。
「あら、春菜は?」
「部屋へでも行ったのだろう」
 緑間は母の問いに答えた。
「声がしたと思ったんだけど、やっぱり帰って来てたのね」
 緑間の母は台所へと向かった。

「おはよー、真ちゃん」
「おはようなのだよ」
 ――そしてまた、いつもの朝が始まる。
「今日はおは朝観たよ。今日のラッキーアイテムは眼鏡だってね」
「ああ」
 高尾がじっと見つめる。
「どうしたのだよ。高尾」
「やっぱり真ちゃんは眼鏡と下睫毛だよねー」
「下睫毛?」
「あれ? 言われない? バサバサの下睫毛がセクシーだって」
「――言われないのだよ」
「そっかぁ。オレはそう思うんだけどね」
 そう言えば、緑間って下睫毛長いよなー、と、言われたことは、ある。
「真ちゃんが眼鏡に戻って良かったぁ」
「お前はそんなにオレの眼鏡姿が好きか」
「うん。真ちゃんのおかげで眼鏡の魅力に目覚めたし」
「だったら、お前も眼鏡にするのだよ。伊達眼鏡というのもあるし」
「考えたことはあるんだけど、どうやらオレには似合わないみたい」
「――そうか」
 確かに、高尾はそのままの高尾で良い。緑間もごり押しはしなかった。
「さ、行こうぜ。真ちゃん」
 ――じゃんけんで負けた高尾がチャリを漕ぐ。緑間は風を感じながら、やっぱり眼鏡の方がしっくり来るなと思いながら本を読んでいた。

 部活で体育館に行くと、先輩の宮地清志が既に練習していた。柔らかな金髪の男である。『轢くぞ』など、物騒なことを言っている男ではあるが、実は面倒見が良くて優しい男である。
「お、今日は眼鏡に戻したんだな、緑間」
「ええ」
「コンタクトレンズのお前も素敵だと女子連が騒いでたけど――お前にはやっぱり眼鏡だな」
「……高尾にも言われました」
 緑間が答えた。宮地は緑間に向かって笑顔を見せた後、また練習に戻って行った。

後書き
2017年3月のweb拍手のお礼画面文です。
高尾ちゃんは緑間のおかげで眼鏡に目覚めたと信じています。
眼鏡って、いいですね。
2017.4.2

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