嘘吐き

 緑間真太郎――世界で一番憎い男。
 でも、決して越えられない男。キセキの世代のNo.1シューター。
 何で、あんなヤツがいるんだよぉ。ちくしょう。
 取り敢えず、オレは緑間より練習することに決めた。
 あいつは俺のことを覚えていなかった。オレは高校であいつを負かす為にやっきになって練習してきたというのに――。
 相棒――そうだな。あいつの相棒とポジションは欲しい。役に立つだろうしね。
 ただ、緑間自身は憎い。
 だから、利用して利用して利用し倒して――その後捨てる。
 でも、オレに緑間の相棒としての価値があるとは思えない。少なくとも、今は。
 俺が緑間ほどの天才だったら、話は簡単だったろうな。
 あいつの3Pシュートは美しい。あの見事なシュートを見せられたら、誰だってころっとまいっちまうだろう。――オレも、その一人だ。
 人は何故、自分にないものを求めてしまうのだろう。
 緑間は――面白い。
 一緒にいて楽しいというのとはちょっと違う。そういう人間関係のテクニックだったらオレの方が長けている自信がある。
 でも、緑間は素で変なのだ。
 いつもラッキーアイテムは持ってるし、語尾は『なのだよ』だし、電波だし。
 でも、面白いというのと好き、ということは違う。
 あんなヤツが――どうしているんだろう。
 今日もまた、オレは本心を隠して緑間に近付く。
「高尾、ミーティングだ」
 オレは高尾和成というのだ。
 ――本心を隠して、オレは罠を張る。
「わかった。真ちゃん」

 今時のDKを演じるのはそんなに苦はない。ひたすら明るく考えず。そうすれば、相手は油断して寄ってくる。
 ほら、緑間だって――。
「ぼやぼやしてるのではないのだよ。高尾」
「あ……うん」
「さ、リアカー牽け」
「それ、じゃんけん制じゃ……」
「しても牽くのはお前だ。何せオレは――」
「いつも人事を尽くしてる、でしょう? 耳にタコができたよ」
 それでもま、オレが負けて、チャリアカーというけったいなものを走らす。
 これもトレーニングだしな。緑間はお汁粉すすってるけど。
 オレが裏切ったら、緑間何て言うだろうな。もうチャリアカーには乗れないな。……そう思うと、少し寂しい。
 けれど、日々育っていく憎悪。こいつを押し殺すのは並大抵ではない。オレは緑間に殺意すら抱いている。
 それを隠して「真ちゃん」などと甘ったるい声で寄り掛かる。
 緑間も悪い気はしないらしい。というか、今までの人生で、緑間が人に甘えられたことがないといったことはすぐにわかった。オレにも天与の才があるのだ。実力では敵わないかもしれないが、世渡りが上手いという才能が。
 緑間め――今に見てろ。
 ずたずたのぼろぼろにして、穴の開いた雑巾のように捨ててやる。
 それが、オレの復讐だ。
 しかし――ずたずたのぼろぼろにすると言っても、本当はどうしたらよいのかわからない。
 そのうちに、緑間もほんの少し、オレを頼るようになった。オレは複雑だった。
 わがまま唯我独尊、ツンデレ真ちゃん。
 それが、可愛いな――と思ったのはいつ頃からだろうか。
 オレは――緑間を嫌いなはずだろう? 憎んでいるはずだろう?
 オレは――緑間が好き、なんだろうか……。
 緑間真太郎。それがオレにとっては巨大な謎だった。オレはその周りを踊り狂っているに過ぎない。
 こいつを必ず守ってやる、と思う日もあれば、こいつ、殺してやる――と宮地サンばりに物騒なことを考えることもある。
「高尾君、ちょっといい?」
 ひなちゃんが言った。朝倉ひな子。このクラスの委員をしている。何となく気が合って、何となく一緒にいる。
 言っとくが彼女じゃない。ミス秀徳候補ナンバーワンと密かに騒がれている美少女だが、ひなちゃんは腐女子なのだ。
 腐女子の意味がわからないヤツは飛ばしてくれ。
「ちょっと……話があるんだけど」
 告白ではないことはわかっている。そりゃ、告白だったらちょっとは嬉しいかもしれないけれど。ひなちゃんが興味を持っているのは変形して歪められた情熱それ自体なのだ。だから――オレに近付いたのかもしれない。
 利用されている感はあるが、そんなに嫌じゃない。彼女が空気を読んでさりげなくいてくれるからだろうか。
 ……緑間にとって、オレがそうであるように。いや、これは希望なんだが。
 喫茶店に案内されて、オレはクリームソーダを頼む。コーラフロートも好きなんだけど、やっぱりクリームソーダだろうな。
 ここは男のオレがおごらなくてはいけないんだろうな。ま、金に困ってるわけじゃねぇけど。それに、ひなちゃんみたいな美少女とデートできて、ラッキーてなもんだ。
「ねぇ、高尾君、緑間君のこと、どう思ってる?」
 ひなちゃんは早速切り出した。
「相棒」
 オレは簡潔に答えた。間違ってはいない、よね――まだ。
「嘘吐き」
 ひなちゃんは毒づいた。
「あなたが緑間君をどう思っているかなんて、見てればわかるわよ」
 オレはギクリとした。
 ひなちゃんは鋭い。学校の成績はトップクラス。偏差値だけなら緑間とタメ張れるであろう。
 バレた……オレが真ちゃん、いや、緑間を憎んでいることを。
 ひなちゃんは続けた。
「そうよ。わかっているわ。高尾君が緑間君を愛していることを」
「はぁ?」
 何であんな変人眼鏡をオレが愛さなきゃいけないわけ? あ、言うの忘れてたけど、真ちゃんは分厚い眼鏡をしている。しかし、なかなかの美形だ。
「オレは――オレの中学のバスケ部はあいつにずたぼろに負けた。試合だから仕方ないとは言っても……。それからオレは緑間を倒す為に努力してきた。高校ではチームメイトだけどな。オレには緑間を愛する理由なんてないはずだろ?」
「でも――そうとしか思えない」
「ひなちゃん! 緑間はオレが最も憎んでいる相手だ!」
 オレは気が動転して、つい、言ってはならないことを言ってしまった。俺の心の深奥の秘密を。
 ひなちゃんは……微笑んでいた。
「やっぱり……私の睨んだ通りだったわ」
「あ、う、でも……オレは真ちゃんを憎んでて……というか、ひなちゃん、話聞いてた?」
「聞いてたわよ。高尾君、気付いてなかったんだ」
「オレは――緑間なんか愛していない。むしろ、大嫌いだ」
「そうねぇ……」
 ひなちゃんはオレと同じクリームソーダを頼んでいた。ストローをくるくると掻き回す。
「愛と憎しみは表裏一体ってよく言うじゃない」
「う……それはまぁ……」
「それにね。心底嫌な相手と居残り練習するなんて、普通はしないじゃない?」

 がこっ!
「くそっ!」
 3Pシュートが入らない。どうすれば緑間みたいになれるんだ。まぁ、オレはオレのスキルを磨いていくしかないわけだが。ホークアイという武器もあるわけだし。
 そうだ――オレは、緑間になりたかった。
「高尾――お前、オレのこと本当は嫌いじゃないのか?」
「え?」
 虚を突かれてオレは動きを止めた。
「――ひなちゃんが喋ったの?」
「何のことだ?」
 緑間の返答にオレは思った――語るに落ちるとはこのことだ。
「まぁ、無理もないな。オレはお前に無体なことばかりしてきたのだよ。でも、嫌われてもオレは人事を尽くすのみだしな」
「な……何で急にそんなことを?」
「わからない。多分、オレが――お前のことをそんなに嫌いではなくなったからなのだよ。でも、お前には何故か嫌われているような気がしてきたのだよ。きっと不安だったんだな」
 嫌いではない――もしかして、緑間はオレに心を開いている? だから、嫌いじゃないか、と?
 じゃあ、オレも正直に話そう。
「確かに、オレはアンタを嫌いだった。つーか、憎んでた。でも……ひなちゃんに指摘されて、オレもわからなくなってきた」
「――ひな子は何と言ったのだよ」
「……オレが、お前を愛してるんじゃないかと」
 オレの台詞は『馬鹿馬鹿しい』と一蹴されてもおかしくなかったのに、真ちゃんはそうしなかった。
「それで、お前は何と言ったのだよ」
「オレ? 勿論反論したさ。でも、何となくそのことが頭から離れなくてね――ははっ。真ちゃん。オレ、どう思っていたか、わかる? お前のこと。いつかお前を捨てて、嘲笑おうとしてたんだよ。最低だよ。最低だよなぁ……」
 オレの瞳から涙が一滴。緑間は答えた。
「お前なんぞに裏切られて、泣くようなオレじゃない。でも、その日一日は――やはりお前を恨むだろうな」
「一日だけ?」
「人を恨むのは人事を尽くしているとは言わない。だけど、お前に裏切られた日には――人事を尽くせないことを自分に許すのだよ」
「真ちゃん!」
 オレは自分より頭ひとつ背の高いエース様を抱き締めた。
「真ちゃん。マジでごめん! 超ごめん!」
 後から後から涙が出てきた。緑間がどう思ったのか知らない。ただ、オレの頭をくしゃっと撫でた。
 こいつ――何でこんな時にデレるんだ?
 でも、オレもそれどころではなかった。その日、オレ達は別々に帰った。緑間が先に帰っていたのか、いつの間にかいなくなっていた。オレはいつもより軽いチャリアカーを漕いで帰って行った。

 翌日――。
 あー、みっともないとこ見せちまった。よりによってあの緑間に。しかも、いつか緑間を捨ててやろうと画策していたことまで打ち明けて――。
 緑間に愛想尽かしされても仕様がねぇな。――は、はは、舌先がしょっぱいや。
 一応、チャリアカーで緑間ん家に行ってみる。
「緑間……」
「おはようなのだよ」
 緑間にはいつもと変わったところがない。オレは緑間に何て言えばいいんだろう。許しでも乞うのか? だとしたら、あまりにも一途に緑間を憎んでいたオレが可哀想だ。
 じゃんけんして、オレが負けて、緑間は何事もなかったのかのように、リアカーに座った。
 緑間――お前、何考えてんだよ。
「真ちゃん……オレのこと、嫌いになったんじゃないの?」
「ふん――嫌な相手と登校すると思ったか、馬鹿め」
 ひなちゃんと同じようなことを言う。緑間。アンタ――優しいよ。お人良しだよ。
 緑間……ううん、真ちゃん。オレ――アンタに尽くすよ。ずっと。縁の続く限り。愛なのかどうかはわからないけれど。

後書き
黒高尾ちゃんの話。
でも、悪者になり切れないところが高尾ちゃんだなぁ。
次回は『ドキッ! 緑間クンのズ○ネタは高尾ちゃんへの調教プレイ?』です。お楽しみに!(大ウソ)
2014.10.30

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