高尾への想い
「おめーら仲いいなぁ。思わず切りたくなるほどだぜ」
悪魔の笑顔を見せながら凄んでくるのは、三年の秀徳高校バスケ部スタメン、宮地先輩。
「あ、わかるぅ? オレ達の仲」
冗談じゃないのだよ。こいつが勝手に纏わりついているだけなのだよ。チームメイトでクラスメートの高尾和成が。
高尾はにやりと笑ってオレの肩を抱く。
「離すのだよ。高尾」
「なんでー? 確かにオレ達言われる程仲良くないよ。でも、オレはもっと仲良くしたいんだよ。真ちゃんと」
真ちゃん……オレには緑間真太郎という立派な名前があるのだよ。
でも……この間こいつが忌引きで休んだ時は少し……寂しかったのだよ。
まぁ、高尾には絶対に言ってやらないがな。
「離れるのだよー」
「いーやーだー」
「はははっ、ほーんと仲いいなぁ。……刺すぞ」
「えー? 宮地センパイ、妬いてんのー?」
「全く……酔っ払いより始末が悪いな」
そう言ったのは宮地先輩の同級生、木村先輩だ。
始末が悪い。本当に。
けれど……高尾に抱き着かれるたび、胸がどきどきするのは何故であろう。
こんなに纏わりつかれたのは初めてだから、気になるのか?
ああ、考えるのは止そう。とにかく、オレはこいつを引きはがすことに専念した。
高尾の周りには男女関係なく友達が集まっている。今も楽しそうに友達と話している。
誰にでもああなんだな……。
訳もなくムカついた。
(どうしてオレがあいつのことで苛々しなくてはならないのだよ……)
考えるのは止めようと思った。考えたら、面白くない結論に達しそうだったから。
だが、高尾はお構いなしに、
「よっ、しーんちゃん☆」
と星を飛ばす。
オレは無視して本に目を落とす。
「み・ど・り・ま・くん」
「うわぁっ!!」
今度は髪の長い女子が不意をついて現れた。うちの妹と対抗できるぐらい美少女かもしれない。
「な……何なのだよ、オマエ!」
声が裏返ったのだよ。
「私、朝倉ひな子。名前覚えても覚えなくてもいいから存在だけは認めてね」
「ひなちゃん」
「なぁに? 高尾君」
あいつら……もうそんなに仲良くなったのか。
…………。
腹が立つのだよ。むしゃくしゃするのだよ。
「ひなちゃん、もう真ちゃんと友達になったの?」
「うふ。これからなる予定」
勝手に予定を作るな。
「ひなちゃん、真ちゃんの彼女になるつもり?」
高尾のオレンジ色の目が細くなる。
「ううん。だって私、彼氏いるもの」
だろうな。無理もないのだよ。
――はっ、何でほっとするのだよ。
何でもない、何でもないのだからな。
「ふぅん。ひなちゃんだったら応援したげても良かったのに」
「そう言って一番安心したのは高尾君でしょ?」
「違いない」
高尾……。
心配しなくてもこんな軽い女相手にしないのだよ。オレのタイプはそう、年上でもっとしっかりしてて……。
――って、何で高尾から目を反らすのだよ。オレ。
「あのねぇ、今みんなで遊園地に行く相談してたんだ。真ちゃんも来ない?」
「何でオマエらと遊びに行かなくてはならないのだよ」
この学校に入ってまだ一週間なのだよ。見ず知らずに近い奴らと遊びに行って何が楽しい。
「あ、オレ、用事思い出した」
「オレも……」
「あれっ。みんなどうしたの? ねぇ……」
「高尾、オマエは変なところで鈍いのだよ」
「え? どういうことかわかるの? 真ちゃん」
オレは嫌われ者なのだよ……。どこか遠巻きにされてるのがわかるのだよ。
「キセキの世代だからって調子に乗りやがって」
そんな声だって聞こえてくるのだよ。でも、オレは気にしない。慣れてるから。
人事を尽くすこと。それがオレの道だ。笑いたければ笑うがいい。最後に笑うのはこのオレなのだよ。
因みに今日のおは朝のラッキーアイテムはピンクの下敷きだ。買う時に店員にじろじろ見つめられて戸惑ったのだよ。
「真ちゃん、いつも寂しそうだな」
「ほっとくのだよ」
「もっと人生楽しまなきゃソンじゃん。でないとオレも――寂しいからさ」
何故オマエが寂しいのだよ、高尾。
あんなに人と仲良くなれて、あんなに人気があって……。
オレは天才だって言われているけど、そして天与の才は確かにあるかもしれないけれど……人付き合いは苦手だ。
高尾に妬いてたのか? オレは。
それを認めると、ふぅっと心が軽くなった。
オレは独りでもいい。オレにはバスケしかないのだよ。
けれど――ふと目をやったら隣に誰かいる……そういうのに憧れていたこともある……かもしれない。
「真ちゃん」
高尾はオレの肩を抱く。この間のように。
「オレ、やっぱ遊園地行かなくていいわ。オマエと一緒にシュート練する」
どうしてなのだよ。こんな人嫌いなオレといて楽しいのか?
「オマエ……変わり者なのだよ」
「真ちゃんに言われたくねぇなぁ。ま、自覚はしてるけどさ」
高尾が笑った。その笑顔にどきっとした。
それからというもの、オレは高尾と行動を共にすることが多くなった。
高尾は相変わらずコミュニケーション能力抜群で、女にもモテてるようだけど。そして、オレはそのたびに砂を噛む思いをするのだけれど。
オレは高尾に妬いているか? いや違う。以前はそう思っていたけど。
オレは高尾の隣にいる人間全てに妬いているのだ。
高尾は顔も並以上だし、高尾に反感を持っていた人間ともいつの間にか親しくなっている。俗に言う「人たらし」の才能があった。
それに、何よりあのオレンジ色の目がオレを捉えていた。
キーンコーンカーンコーン。チャイムが鳴る。夕陽のさす教室でオレと高尾は二人で喋っていた。
高尾の隣にいていいのはオレだけだ。オレの隣にいていいのは高尾だけ。
きっと、この想いを打ち明けたら、高尾は呆れて去っていくだろう。
オレには高尾だけだが、高尾には友人がいっぱいいる。
だから今だけ。高尾がオレに飽きてオレという玩具を捨てて、次の対象に目が行くまでの間――。
オレは信じていいのだろうか。高尾がオレの隣にいてくれることを。
第一印象は最悪だったとしても。ちゃらいけれど。お調子者だけれど。
オレは、こいつのことが、好きなのかもしれない。男同士だから、多分恋愛には発展しないと思うけれど。
「高尾……」
「あのね、真ちゃん……」
高尾が言いにくそうにもぞもぞする。そして言った。
「やっぱいいわ」
「気になるのだよ。――話、聞いてやらんでもないのだよ」
「うん、あのさ――真ちゃんは敵にしたらすんげぇ憎たらしい奴だけど、味方にしたらものすごく心強いヤツだなって思ってた」
「それは何でなのだよ」
「やっぱり忘れてるんだ。オレ、ずっと考えてたんだぜ。真ちゃんのこと。オマエがオレのこと認識する前からずっと――」
ということは中学時代から? オレが帝光中に通っていた時からずっと考えてたってことか?
確かにオレはキセキの世代と呼ばれるグループの一人で、周りより多少目立っていたかもしれんが。
――オレはずっと孤独だったのだよ。黒子でさえ、オレのことは疎ましがってた。
オレの顔を覗き込んでいた高尾の目が優しい光を帯びているような気がした。
「真ちゃん。オレ、真ちゃんの隣にいたい。真ちゃんの――相棒に相応しい人間でありたい」
高尾……。
「でも、今はまだ、全然オマエにつっかう男でないことはわかってるよ」
「――本気か?」
「そう、マジ。超マジ」
口調は軽いが表情は真剣だ。
「ふ……」
「何笑ってんだ……緑間」
高尾は本当に本気の時はオレのことを『緑間』と呼ぶ。
「何でもない。――オレに追い付いて来い。高尾」
「ほら。こういう唯我独尊的なところも好きなんだよなぁ」
高尾が言う。
待っててやるから、早くオレに追い付いて来い。高尾。
オレの相棒が務まるのはきっとオマエしかいない。
「でも――オレが実力つけても、その前に真ちゃんに捨てられたら、意味ないけどね……」
高尾のオレンジ色の瞳が潤んだ。
傍から見たら一見変わっているけど仲の良いチームメイト。でも、その裏では互いに捨てられやしないか、とびくびくしていたというわけか? ――何てナンセンスな話なのだよ。オレは立ち上がって言った。
「高尾。部活に行こう」
いずれ別々の道を行くことになるとしても――後悔だけはしたくない。オレも精一杯努力しよう。秀徳バスケ部のエースである為に。
オレはスタメン確定だが、高尾もスタメンに選ばれるのは間違いない。でも、今の高尾ではオレには正直少々物足りない。ホークアイという特技はあるが。
だが、オマエの真剣さだけはわかっているのだよ。高尾。納得するまでオマエと共に戦い続ける。オレの相棒になりたいというのならずっとオマエに付き合ってやる。
そして――オマエが壁を超えた時、その時こそオマエはオレの本当の相棒になるのだよ。
後書き
高尾LOVE(私からはそうとしか見えない)な緑間です。
恋愛には発展しないと緑間は言っていますけど、恋愛に発展したって私的には超オッケー(笑)。
2014.4.11
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