高尾夏実です

 えー、高尾夏実です。
 あ、タイトルで既に名乗ってるよね。ごめんなさい。高尾和成の妹です。
 お兄ちゃん――高尾和成は秀徳高校バスケ部のスタメンなので、知ってる人は知っていると思うの。あたしの自慢のお兄ちゃん。昔あたしがプレゼントにあげたカチューシャも時々してくれるし、とても素敵なお兄ちゃんだと思う。
 あたしは私立の共学M中学に通っている。今、二年生。あたしもバスケやってるの。毎日とても楽しいよ。
 勉強は中の上。まぁ、数学と英語さえなければもっと上行くよ。でも、この二つは重要なんだ。それぐらいはあたしにも、わかる。だから、日々泣く泣く格闘してる。
 ピンポーン。
 誰か来たみたい。誰だろ。
 春菜ちゃんではないよね。お兄ちゃんも警戒してるようだし、何よりあたしが避けている。家の場所も知らないはずだし……多分。
「お母さん、あたし出る」
「お願い」
 料理をしていたお母さんが言う。あたしはその手伝いをしてたってわけ。あたしは、ぱたぱたと玄関に出る。
「どちら様ー」
 扉を開けると背の高い人物がいた。緑の髪に緑の目。緑間真太郎さんなのであった。
 学ラン姿の真太郎さん。お兄ちゃんの同級生。前述の春菜ちゃんの兄。手にはフルーツの盛り合わせ。まるで見舞い客みたい。お兄ちゃん、別に病気なんかしてないけど。
「こんにちは……なのだよ」
 お兄ちゃんも言ってたけど、どうして語尾に『なのだよ』つけるんだろ。似合ってるからいいけど。
 やだ……頬が火照ってきちゃった。だって、真太郎さんは美形なんだもん。春菜ちゃんと並んだら美形兄妹。うん。春菜ちゃん、いきなりキスなんてしなければいい友達として付き合えるんだけど。
 真太郎さんはじーっと見てる。柄にもなく照れてしまう。
「夏実」
 低い声が降る。何度聞いても素敵な声だなあ。
「和成はいるか?」
 真太郎さんはいつもはお兄ちゃんを『高尾』と呼ぶ。『和成』と呼んだのは、あたしも高尾だから混乱しないようにとの配慮だからだろうか。真太郎さんは気が利く人だから……。
「は……はい。今呼んできます」
 真太郎さんの前だとしどろもどろになってしまう。
「ちょっとあがっていいか」
「はい……あの……何の用ですか?」
「勉強教えてくれと言われたから来たのだよ――じゃ、これ。皆で食べてくれ」
 フルーツの入ったバスケットを渡してくれる。
「わざわざありがとうございます。これが今日のラッキーアイテムですか?」
 真太郎さんがラッキーアイテムに対して並々ならぬこだわりを見せているというのはお兄ちゃんから聞いて知ってる。
「違うのだよ。ラッキーアイテムはこっちだ」
 そう言うと、真太郎さんはクマさんのマスコットをポケットから出した。
 ――可愛い。あたしが欲しいくらい。
「これは和成にあげるのだよ。……今度、夏実にも何か買ってきてやる」
 あ、真太郎さんに気を遣わせちゃった。あたし、そんなもの欲しそうに見えたのかな。
「真ちゃん」
 お兄ちゃんが階段を降りてきた。
「約束守ってくれたんだね」
「当たり前なのだよ」
「うん。真ちゃんは約束守る男だとは知ってるけどさ――何だか来るまで落ち着かないのよ。本当に来るかなぁ。事故にでも遭ったら困るなぁ、って」
「――考え過ぎなのだよ。オレは人事を尽くしているから、大丈夫なのだよ」
 そう言いながらも真太郎さんはそれほどまでに待っていてくれていたお兄ちゃんに対してちょっと嬉しそうだった。うん。嬉しそう。気のせいかな。ううん。気のせいじゃないよね……。
「お兄ちゃん。真太郎さんがフルーツ持ってきてくれたの。後で皆で食べようよ。――真太郎さんも」
「あ、そのかご真ちゃんのかぁ。ラッキー。オレフルーツ大好き! 恩に着るぜ、真ちゃん」
「ああ、だが――オレもいいのか?」
「だって、真太郎さんが持ってきてくれたものじゃない」
「いや、オレは……」
「じゃあ、一段落したら食べようぜ、行こ、真ちゃん」
「わかったのだよ。オレも後でお相伴にあずかるのだよ」
「お相伴にあずかるって……いいんだよ。真ちゃん。遠慮しなくても。だって、真ちゃんのくれたお土産だし」
 と、お兄ちゃんが言った。ちょっとあたしと同じようなこと言ってる。それが兄妹ってものなのかな。
 真太郎さんはきちんと靴を揃えると、お兄ちゃんと二階へ向かう。
 階段を昇る真太郎さんの姿を見ながら思った。
 真太郎さん――。
 やっぱり、真太郎さんの背中は、大きいな――。
 しばらく見送った後、あたしは台所へ戻った。
「お母さん。真太郎さんから果物もらったよ」
「あらそう。私からも後でお礼言っておかなくてはね」
 お母さんは嬉しそうに果物を見つめる。これは木村さん家の品物だろうか。いつか言ってたもんね。お兄ちゃん、
「木村サンの家は果物屋なんだよ」
 って。
 そういえば、『木村青果店』とか、聞いたことがあるような気がする。
「メロンと梨とバナナがいいかしらねぇ。和成好きでしょ? でも、余っちゃうわねぇ。緑間さんも食べるんでしょ?」
「うん」
 あたしは頷いた。本当はあたしもお兄ちゃんの部屋で一緒に食べたいんだけど、お兄ちゃん達の邪魔しちゃ悪いよね。それに……思春期の女の子であるあたしには、お兄ちゃんの部屋は敷居が高いのだ。お兄ちゃんは、
「そんな、気にすんなよー」
 って言ってくれそうだけど。
「ジュース開けて。夏実」
 お母さんはグレープフルーツのジュースを買ってきていたのだ。
「後ででいいんじゃない?」
「そうねぇ。それじゃ、後にしましょ」
 お母さんはエプロンを翻しながら楽しそうに料理を作っている。今日は味噌汁にご飯、それと餃子とにしめと麻婆豆腐。
 鼻歌を歌いながら用意をしているお母さんを見てると、なんだかお母さんは専業主婦になってくる為に生まれてきたように思う。
「お母さん、あたしも他に手伝うことある?」
「そうねぇ……皿洗って拭いて」
「ほいきた」
 あっという間に一時間が経った。そろそろお兄ちゃん達を呼びに行こうかな。それとも――果物とジュース運ぶだけだったらあたしにもできるし。
 ――と思っていたらお兄ちゃんが真太郎さんと降りてきた。
「あー、いい匂い。腹減ったなぁ」
 お兄ちゃんがのんきな声を上げる。
「緑間さんも食べて行きますか? 夕食」
 お母さんが誘う。
「メシ食べて行きなよ、真ちゃん」
「――そうだな。では、お言葉に甘えさせてもらうのだよ」
「わーい」
 お兄ちゃんは嬉しそう。そういうお兄ちゃんを見ているあたしも嬉しい……はずなんだけど。
 何だろう。この胸苦しい想い。
 真太郎さんにとってはあたしは『高尾和成の妹』でしかないのよね。真太郎さんが好きなのは――多分お兄ちゃん。そしてお兄ちゃんも……。
 お兄ちゃんは元気な声でお母さんに訊いた。
「メロンあったよね、メロン」
「バナナも梨もぶどうもあるわよ」
「真ちゃんの分もわけて」
「わかってる。だって、初めからそのつもりだったから」
 お兄ちゃんと真太郎さんは、茶の間に入って学校のことやバスケのことを話す。今日は部活はお休みみたい。テスト期間中だからと言っていた。
 真太郎さんとあんなに親しく喋れるなんて……お兄ちゃんの……幸せ者……。
 あたしは茶の間の扉をすーっと開いてお兄ちゃんと真太郎さんの表情が見える位置に座った。
「お兄ちゃん、真太郎さんからラッキーアイテムもらった?」
「ええっ? 真ちゃんから?」
「夏実……」
 真太郎さんはポケットからお兄ちゃんに渡すクマさんのマスコットを取り出す。
「やるのだよ。いいか。オレのラッキーアイテムを探すついでに手に入れたのだからな。それに……お前には感謝しているし」
「わー、かっわええ。やるなー、おは朝! 真ちゃんもありがとう」
 そう言って、お兄ちゃんはふにゃりと笑う。真太郎さんは何と答えたらいいのかわからなそうに、お兄ちゃんから目を逸らす。
「あたしにも何か買ってきてくれるって」
「えー。なっちゃんにも? 何だよ。真ちゃんてば、なっちゃんに気があるならそう言えばいいのに」
 そうだね。あたしも真太郎さんに好きになってもらえればどんなに嬉しいか――。
「なーんてな。真ちゃんのハートは既にオレのものなのです」
 マスコットにキスしながらお兄ちゃんは言った。あたしは、
「うん……そうだね」
 と、答えた。
「え? それで納得しちゃうの?『そんなわけないでしょ! 男同士なのに!』とか言わないの?」
 言えるわけ……ないでしょ。
「だって……お兄ちゃん、真太郎さんのこと好きでしょ?」
「うん」
「真太郎さんだって……お兄ちゃんのこと好きだよ。きっと」
「な……何を言うのだよ。夏実」
 いつもはあたしをどぎまぎさせる真太郎さんが、今は自分がどぎまぎしてる。
「そっか――まぁ、オレはまだ下僕の域を出ないんだけどさ。あはは」
 お兄ちゃんは無邪気に笑う。でも、お兄ちゃんほんとはわかっているはず。下僕だと思っている人にフルーツかごやラッキーアイテムのマスコットなど持ってきたりは――しない。
「そ……そうなのだよ。こいつは下僕なのだよ」
「あっは。ひっでーな。真ちゃん」
「最初に下僕だと言ったのはお前なのだよ……和成」
「あは。そうでした」
「いつもリアカー牽いてもらってるしな」
「うん。お兄ちゃん達のリアカー、有名だよね」
 お兄ちゃんはリアカーに真太郎さんを乗せてリアカーを繋いでいるチャリで牽く。この街の名物だ。
「あれは一応ジャンケン制なんだぜ。オレが真ちゃんにいつも負けてるから、真ちゃんがずっと乗っているだけで」
「オレはジャンケンに勝つ為にいろいろ人事を尽くしているからな。お前だって人事を尽くせば勝つことができるのだよ」
「真ちゃんの人事の尽くし方は変なの! オレ、ああいう努力するぐらいだったら、ずっとチャリ漕ぎでいいわ」
「では一生チャリ係だな」
「一生? 一生オレ真ちゃんを送る役なの? 大変だけど、ちょっと嬉しいかな……はは」
 真太郎さんの前にいるお兄ちゃんは……可愛いと思う。真太郎さんだってきっと、こんなお兄ちゃんが好きだよ。それに……こんな言い方は、自分の兄に対しておかしいけれど――お兄ちゃん、最近何だか色気が出てきたように思う。
 真太郎さんとお兄ちゃん。何となく似ていないようで似ていると思う。初めて会った時から。真太郎さんはとても遠い人だと思った。お兄ちゃんも近くにいるようで――遠い。
 あたしは真太郎さんとあまり深い付き合いはないけれど、真太郎さんの気持ちはよくわかる。あたしは――真太郎さんに妬いているのだろうか。それとも、お兄ちゃんに妬いているのだろうか。嫌だな。恋敵はお兄ちゃんなんて、普通じゃないよ。そんなの。お兄ちゃんに恋してるというんだったら、もっと普通じゃない。
 春菜ちゃんみたくきっぱり割り切れればいいのに。もっとも、春菜ちゃんの恋愛対象はあたしらしいから、気をつけなきゃいけないわけだけど。
 お兄ちゃんは――モテる。その中には可愛い子もいただろうに、なんで真太郎さん? それに、真太郎さんは何でお兄ちゃんを好きになったの?
 黒い髪? オレンジ色の瞳? それだったら、あたしも持ってる。
 お母さんがメロンと梨を切り分けて運んで来てくれた。卓上にはジュースとバナナとぶどうもある。
「あ、ごめん。お母さん。手伝わなくて」
「いいのよ。夏実」
「ありがと、おふくろ。あー、んめ」
 お兄ちゃんは美味しそうにマスクメロンを食べる。
「これ、絶対木村サンの店のだわ。鮮度が違うもん。でもパイナップルなくてよかったぁ」
「え? お兄ちゃんパイナップル嫌いだったっけ?」
「いや、木村サンに『パイナップルぶつけるぞ』と脅されてからトラウマになっちゃって」
 そして、お兄ちゃんは愉快そうに笑う。話題とは裏腹な心からの笑い。お兄ちゃんの笑顔が、大好き。
 ちょっと複雑な気持ちになりながら、あたしは真太郎さんとお兄ちゃんの仲をしばらく見守っていることにした。
 それから、ああ、神様。どうかあたしの前にも真太郎さんの様な素敵な人が現れますように――。

後書き
今回はいつもより長いです。高尾妹捏造。
真ちゃんに恋する夏実?
夏実ちゃんにもいい人が現われるといいね……☆
2014.9.6

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