高尾クンの中学時代の主将

 今日は高尾と二人で散歩なのだよ。デート……いやいや、違うのだよ。オレはぶんぶんと頭を横に振った。街はざわめいている。街中はいつもの日曜――オレ達の日曜は大抵バスケで埋まっていたのだが。今回、オレ達はただ、いつものチャリアカーではなく、自前の足で歩いて店をひやかしたりして歩いているだけで――。
「どうしたの? 真ちゃん」
 隣を歩いていた高尾が心配そうに訊く。だが、真相を知ればこいつは笑う! 絶対馬鹿にする!
「な……何でも……」
「あ、東堂サンだー!」
 ま、待て……! 人の話は最後まで訊くのだよ!
「お、高尾。久しぶりだな!」
「東堂サン、すっかり日に焼けましたねー」
「お前も少し逞しくなったよ」
「少しっすかぁー?」
 ま、待て。その東堂という男! そいつはオレのツレなのだよ!
「――そっちの男子は緑間君だね?」
「誰なのだよ」
「オレか? 東堂晃。中学時代はバスケ部で主将だった。こいつと同じ学年だ」
 190㎝はあろうかと思われる東堂は高尾の額をこつん、と叩いた。というか、こつんはやめるのだよ。高尾と同じ学年というが、東堂の方が年上に見える。
 ていうか――ん? 中学? バスケ? 高尾と同じ学年?
「もしかしてオレ達と試合したことありますか?」
「ああ。君はキセキの世代だろう? よく覚えてる。ぼろ負けしたからな」
 キセキの世代はヒールを担わされていることもある。よくある話だ。文句があるなら実力つけろ。
「そう怖い顔するな。それとも無愛想な方だったのか?」
「そんなこともないですが――」
 どっかへ失せろ!
「東堂さーん、コイツ、コミュ障なんですよ。気にしないでやってもらえませんかね」
 そうか――そんなにオレは怖い顔してたか。赤司辺りに言われそうだな。
「独占欲も大概にしておけ」――と。
 まぁ、取り敢えず、高尾の知り合い――というか、仲間みたいだし、ちょっと話してみるか。
「東堂さんはどこのポジションなんですか?」
「オレ、バスケは中学で辞めた。今、サッカーやってる」
「そうなんですか――」
 サッカーはバスケほど興味がない。
「東堂サンはサッカー部でもキャプテンなの?」
「オレはまだ一年だから主将なんてさせてもらえないな。オレより強いヤツなんてごろごろいるしな」
「連絡しなくて悪いね」
「いいさ。高尾も忙しいんだろ?」
 オレはイラッと来た。何だこの疎外感。高尾が絡んでなけりゃとっくに帰っているところなのだよ。
「――ちょっとオレの家に来ないか? 高尾。その……緑間君も」
「――わかったのだよ」
「東堂サン家久しぶりだな。お母さん元気?」
「お袋は元気だけが取り柄だからな」
 東堂晃という男は、そう嫌なヤツでもないことに気が付いた。高尾も懐いているようだ。
 高尾がスタメンの先輩やオレしか知らない笑顔で喋っている――。ちょっと妬いてしまう。
 ちょこっとだからな。高尾は行くつもりなんだろうから、仕方なくついてってやるのだよ。
「緑間君は高尾の友達?」
「いえ――」
「相棒っす」
 高尾が口を挟んだ。まぁ、オレは下僕、と言うところだったのだが、そう言うと叱られてしまうだろうか。
 東堂さんの母親は、話好きの良いおばさんという感じだった。東堂さんが、
「お袋、緑間君がいかに美形だからってそんなぼーっとすることないだろ」
 と言って笑っていた。この男はちょっと感じが高尾に似てる。大坪先輩を思わすところもある。
「あー、うんめぇ」
 高尾はオレンジジュースと羊羹を食しながら言う。意外に合う組み合わせなのだよ。
「東堂サン、サッカー部楽しい?」
「そうだな。楽しいといえば楽しいな。でも、辛いこともあるぞ」
「バスケと同じっすね。――それより、東堂サン、前より如才なくなってきたんじゃないすか?」
 オレは高尾と東堂の話を聞きながら黙々とお菓子を咀嚼していた。砂を食んでいるような気持ちだった。それなりに美味しかったけど。
「ん……オレ、眠い。寝る……」
「おい、高尾!」
「おやすみー」
 高尾は東堂さんの部屋の床にごろんと転がって目を閉じる。やがて寝息が聞こえてきた。おやすみ三秒。お前はのび太か。
「相変わらずだな、こいつは」
 東堂――こいつはオレの知らない高尾の顔を知っているのだ。東堂が片頬笑みをした。
「何か聞きたそうだな」
「――高尾のチームメイトだったのだろう? 何故バスケを辞めた。サッカーの方が向いていたのか?」
「そうだな。ひとつには、バスケの才能がなかった、というのもあるかな。確かにオレにはサッカーの方が向いている」
「――やはり、オレ達のせいか?」
 この男にとってもオレ達は悪役なのか?
「バスケを辞めたのは、オレ達に試合に負けたせいか?」
「……中学時代の試合で、お前らに負けた後、オレと高尾を除くスタメン全員がバスケ部を辞めたんだ」
「それは――……」
「オレも高尾とは別の高校に入ってサッカーに転向した。高尾は裏切られたと思ったかもしれんな」
「そうだな――」
 オレは渋い顔をしていたことだろう。オレはずっと高尾に恨まれていた。憎まれていたと言ってもいいだろう。
 オレ達が高尾から仲間を奪った。そう考えていたのではあるまいか。
 それもムリはないと思う。人懐っこい顔の裏に人一倍寂しがり屋の魂を持つこの高尾は――。
 今はオレ達には心を許しているようだが、いずれ捨てられるんじゃないか、と、いつも心の中では思っていたのではないだろうか。いつも、いつも――。
「東堂さん、あなたは高尾を見捨てたんですね。初対面の人にこう言うのはマナー違反だとわかってはいるけれど」
「ああ――だな。オレは、高尾を見捨てた」
 不意に――。
 この男も高尾を裏切ったのは本心からではないことに気付いた。だから、今も高尾はこの男に懐いている。
「高尾な、オレのこと、中学時代はキャプテンて呼んでたんだ――」
 もう、高尾は二度とこの男をキャプテンと呼ぶことはしないだろう。それが、この男にとっても寂しいものであったに違いない。
 高尾和成――。高尾と仲良くなるのは簡単だ。だけど、心の奥底には誰も触れられない場所がある。触れられるのはほんの一握りの者しかいない。いや、その一握りの者だって――。
 オレは、少しはお前に近付けるか? 例え、バスケの時だけであったとしても――。
 バスケを辞めたら、オレはお前と袂を分かつことになるのか? オレだってバスケは辞めないが。
 高尾は安心したように眠っている。昔の夢でも見ているのだろうか――。東堂が愛おしそうに高尾の艶やかな黒髪を撫でている。
 オレは、今は東堂が憎らしい。
 サッカーに転向して、高尾を裏切りつつも、高尾の中にすんなり入ってしまうこいつが。サッカーをしたいのならしたいので構わない。だが、高尾。お前はこの男を許すのか?
 サッカーが悪いと言ってるんじゃない。でも高尾。それじゃあんまりだろう。お前にはオレがいると言うのに……バスケを捨てたこいつを再び受け入れるなんて。――ああ、考えの趣旨がこんぐらがっているのだよ……。
「食いつきそうな目をしてるな」
 東堂が言った。
「君――高尾が好きか?」
 何と答えればいいのだろう。愛してる、か? いやいや、東堂は初対面の人間なのだよ。そんなこと聞いても面食らうばかりであろう。
「相棒としては――好きなのだよ」
「それは良かった。こいつには、バスケしかないからな。良かったな。高尾。憧れていた緑間真太郎に認められて」
 東堂が言った。
「こいつは、ずっとお前しか見てなかった。密かに憧れていたと思う」
「――憧れていた? 嘘なのだよ。中学時代、こいつはずっとオレのことを敵視していたんだろ?」
「オレには憧れているように見えたぞ。君に対する敵意の裏で。こいつのことはオレにもよくわからないからな。滅多に本心見せないし。だが、緑間君、高尾の、君に対する執着は本物だったぞ」
 東堂と言う男と話というほどの話ではないが、引き続き高尾のことやバスケのことについて――それぐらいしか共通の話題がないから――語り合った後、オレは高尾を背負って帰って行った。後ろから、真ちゃん……と微かに高尾の声が聞こえたような気がした。
 今はまだ、オレは高尾の中にいる。多分、東堂ほどこいつのことなど知ってはいないのだが。

後書き
web拍手五月のお礼画面の文章です。
オリジナルキャラの東堂もなかなか気に入っています。真ちゃんはあまり気に入ってはいないようだけど。
でも、自分で書いといて言うのも何だけど、何故東堂がサッカー部に入ったことが裏切りになったり見捨てたことになったりするんだろう……。
2016.6.2

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