高尾の早退

「真ちゃーん。ノート見せてー」
「うるさいのだよ。……ほれ」
「わーい、ありがと……ごほっ、げほがほっ!」
「……高尾?」
 オレは大急ぎで高尾の背中をさすってやる。しばらくすると高尾の咳が治まる。
「どうした? 風邪か? 高尾」
「ああ、うん……ちょっと昨日からね」
「保健室へ行くのだよ。オレもついてってやるから」
「え? いいよ。保健室なんて……」
「風邪を治す為に人事を尽くすのだよ」
「――わかったよ」
 高尾、口調の割には嬉しそうだな。何かあったのか?
「へへ……」
「なんなのだよ、さっきから」
「真ちゃんがオレの心配してくれるなんて、嬉しいな♪」
「心配などして、いないのだよ」
 ちょっと声が裏返った。何なのだろう。一体……。
「ただ……お前の調子が悪いとオレも調子が狂うのだよ」
「ふふ……そっか」
「それに、お前がいなかったら、誰がリヤカー牽くのだよ」
「――リヤカーを牽く役割はオレですか……」
 リヤカーを牽く役は、一応じゃんけんで決めることになっている。だが、いつも高尾がじゃんけんで負ける。ふ……オレは勝つ為に人事を尽くしているからな。高尾なんぞに負けるはずはない!
 取り敢えず、高尾を説得して保健室に行く。
「まぁ……高尾君、熱があるわねぇ……今日は帰りなさい」
「ええ? でも、部活が……」
「部活と健康とどちらが大事なの! いいから帰りなさい! 病院に行くことも忘れずにね」
「……へーい」
 高尾が仕方なさそうに返事をした。
「というわけで、高尾ちゃんは早退しますが、真ちゃん、寂しくても我慢してね」
「別に寂しくなどないのだよ。清々するのだよ」
「真ちゃんつめたーい! じゃ、帰るね……」
 廊下を歩く高尾の後ろ姿に哀愁を感じるのは気のせいだろうか。そうなのだよ。清々するのだよ。あいつは煩いし。人のこと振り回すし。
 けれど――何となく胸に冷たい風が吹くのはどうしてだろうか。
 授業に戻ることにした。早退した高尾と違って、オレにはまだ授業が残っているのだ。
 しかし、何となく身が入らず、ぼんやりしている。
「おい、緑間。57Pを読め」
「え、ああ……」
 オレは教科書を読んだ。皆くすくす笑っている。なんだ? どうしたというのだ?
「緑間。それは物理だ。今は英語の時間だぞ」
 クラス中の人間がどっと笑った。
 オレとしたことが……古典的な間違いをしてしまったのだよ。それこそ、高尾がするような……。
 いや、高尾はそんなことしないな。あれでもしっかりしている方なんだ。
 やはり、どうも調子が狂う。高尾はちゃんと病院行ったかな――。

「緑間君、ちょっといいかな」
「何なのだよ」
「緑間君て、高尾君がいないとダメねぇ」
「煩いのだよ、ひな子。そんなことはないのだよ」
「どうしてぇ? 緑間君の数少ない友達でしょ?」
「あいつは友達ではないのだよ。――下僕なのだよ」
 途端にひな子は笑い出した。
「ちょっ、下僕って……! 高尾君もよく愛想尽かさないわねぇ。下僕扱いされて。だから緑間君友達いないのよ」
「友達などいなくても構わんが……高尾のことはオレにとっても謎なのだよ」
「まぁねぇ。明るくていい人だけど――何で緑間君と好き好んで一緒にいるんだか」
「あいつが纏わりつくからなのだよ」
「ひどーい。緑間君ひどーい。――でも、お似合いだと思うわよ。あなた達」
「気色悪いこと言うな、なのだよ」
 オレは、友達がいなくても構わない。
 だから、ひな子に声をかけられる前に思ったことは気のせいだ。
 あいつがいない学校は、寂しい、なんて――。
 高尾が纏わりついてくるのは本当だが、それが不思議と嫌じゃなかった自分に気付く。
 キーンコーンカーンコーン。
「――部活に行ってくるのだよ」
 そう言うオレの足も何となく重い。

 ガコッ!
「あ……」
「緑間がシュートを外した、だと……?」
「ちぇー、レア画像だったのに! 撮っておけばよかった」
「うーむ……」
 宮地先輩と木村先輩がろくでもない相談をしている。
「因みにその画像はどう使うつもりだったのですか」
「高尾に見せる!」
 宮地先輩と木村先輩が親指を立てて無駄に爽やかな笑顔を見せる。訊くんじゃなかったのだよ……!
「もしそんなことをしたら、オレは金輪際先輩達と口ききませんよ」
「いや、冗談だから、冗談」
「オレは半分本気でいたけどなー」
「おい、お前ら、真面目にやれ」
 大坪先輩が木村先輩と宮地先輩を諭す。大坪先輩はキャプテンで、秀徳高校バスケ部の良心だ。
「そうだぞ。インターハイ予選ももうすぐなんだからな」
 中谷監督も口を挟む。
「おい、緑間」
「はい」
「もっと真剣にやれ。わがままを許しているとはいえ、やる気のない部員はうちにはいらん」
「――はい」
 おは朝占いでは今日の蟹座は11位だった。しかし、ラッキーアイテムのイルカのマグネットで運気の補整もしているはずだ。
 因みに高尾の星座、蠍座は12位だったのだよ。どちらにせよ低空飛行だ。
 そして、マグネットを取り出すと、あることに気が付いた。
「これはシャチなのだよ!」
「おい、煩いぞ、緑間」
 と、大坪先輩。
「でも――オレの運気がイルカのマグネットのつもりがシャチで――」
「何をわけのわからないことを言っているんだ」
「イルカとシャチでは全然違うのだよ!」
「お前まで調子が悪くなったんじゃないだろうな」
「う……」
 まぁ、そう思われても仕方がないか。今日は入学以来初めてシュートを外したし。
「緑間、お前はもう帰れ」
「し、しかし……」
「後はオレ達がやっておくから。――にしても、お前、高尾がいないと本当使い物にならないな」
「ぐっ……悪かったですね」」
 先輩達に見送られてオレは体育館を出て行った。
 高尾がいないとオレはダメなのか――! あんなヤツに頼らなければならないなんて、く、屈辱なのだよ……!
 ……メールぐらいはしてやるか。
『高尾。人事を尽くして風邪を早く治すのだよ。お前のおかげで今日、先輩達に笑われた』
 返信が来た。
『えー、なんでなんで?』
『お前がいないとオレは使い物にならないんだと。今日はシュートも外した』
『ブッハwwwwwww何それ、超見てみたい! wwwww画像とかないの?wwwwwww』
 まぁ、シュートを外したことのないオレの実力を知っているから言うのであろうが……。
 ――高尾、お前もか。
「ブルータス、お前もか」と言ったカエサルの気持ちが十分の一ぐらいわかったような気がした。
『ないのだよ!』
 そして、オレはケータイの電源を切った。高尾がどんなに返信を送って来ようと知ったことか! オレは本気で怒っているのだよ!
 ああ、でも――高尾が「真ちゃん」と呼んでくれない部活や教室など無くなった方がいいと思うのは、何でなんだろうな。
 今、オレはお前に対して怒っているが、気が治まったらお前のことをオレの数少ない友達だと認めてやっても良いのだよ。
 だから、早く無駄に元気ないつもの高尾に戻るのだよ。
 オレは考えを変えてケータイをつけた。やはり高尾からメールがあった。
 タイトルは、『ごめん、真ちゃん』。
 絵文字付きのメールだ。ふ……やはりお前はオレに気を遣ってくれているのだな。
『病院へは行ったのか?』
 オレが高尾へメールを送ると、
『行った。今帰るとこ』
 と、高尾にしては少々素っ気ない文字だけのメールが返って来た。……高尾はやはり体調が悪いのだな。
『風邪の菌などに負けず、早く学校に来い』
 オレの好きな曲が鳴る。
『んあー、がんばる。ありがと、真ちゃん』
 真ちゃん……か。
 最初はとても嫌だったあだ名が、いつの間にか愛しくなっている。――高尾限定でだが。高尾以外にオレをそんな呼び方するヤツがいたら許さないのだよ。
 ……なんか変なのだよ、今のオレ。
 今日は歩いて帰るか。

後書き
キミのいない日別ver.
やっぱり緑間の隣には高尾がいないとね!
だからもっと体調には気をつけるんだゾ、高尾クン。
2014.6.17

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