嫉妬が愛に変わる時
緑間真太郎。
それが、オレのライバルの名前だった。
いや、ライバルと思っていたのは、オレの一方的な思いで――。
緑間はきっとオレなんかアウト・オブ・眼中だっただろう。あの時までは。
インターハイ東京都予選決勝リーグで秀徳が誠凛に負けた時――エースである緑間はどこかへ行ってしまっていた。
「あれ? 緑間は?」
宮地サンが訊く。
「さぁ……」
「オレ、探してきまっす」
「頼むぜ、ホークアイ」
ホークアイは、オレの特技のひとつだ。試合の俯瞰図が手に取るようにわかるのだ。そして、日常生活でもオレはそれを活用している。
「えーと、確かこの辺……あ」
真ちゃん――緑間が雨に打たれていた。一人で。
何か考え込んでいるようだった。
オレ達に何も言わないで……。オレら、そんなに頼りねぇか?
その時、オレは真ちゃんを抱き締めてやりたい衝動に駆られた。
抱き締めたい? あの緑間を?
でも――あの鍛え上げられた長身の体を抱き締めて、
「真ちゃん。オレがいるから――」
と囁いてやりたかった。
その時、オレは、自分がどれだけ緑間しか見ていなかったかを自覚した。
雨に濡れそぼっている緑間が愛しかった。
真ちゃん。オレがいるよ。オレがいるから――。
中学で負けた時から、オレは緑間にだけは負けたくないと思っていた。緑間しかいなかった。いつも、いつでも――。
敵視したのも、愛したのも。
オレは緑間の才能に嫉妬していた。天与の才があればオレだって――。そう思っていた。
けれど――緑間はいつも一人だったんだな。周りに監督やオレ達チームメイトがいても。
同情はしない。緑間は同情を嫌う。
ただ、傍にいてやりたかった。
緑間に声をかけると、ヤツは振り向く。
「高尾か……」
わっ、すげぇ濡れてんじゃん。
オレが傘を差し出すと、緑間が黙ってオレの傘に入った。自然な流れで少し話もする。
「どうする? これから」
「――帰るのだよ。決まってるだろう?」
オレはホークアイでセンパイ達の様子を見る。センパイ達も緑間を探している。
「雨、ひどくなる一方だよ。どっかの店に寄ってく? ついでにメシでも……どう?」
大坪サンが辺りを見回している。ごめんな。大坪サン。真ちゃんはオレが送るから。
オレは、心の中でセンパイ達に手を合わせた。
緑間は素直に話相手になってくれた。……いや、結構素直なヤツなのかもしれない。真ちゃんは。オレが今まで気付かなかっただけで。オレはいろいろ企む方だから。
「黒子の次の対戦相手は青峰なのだよ」
「はぁ?」
次の誠凛の対戦相手は桐皇学園だ。青峰はオレも知ってる。キセキの世代を知らねーヤツはいねぇよ。バスケやってて。
でも、緑間は言った。黒子の対戦相手は青峰だと。
他の連中は眼中にナシかよ……。
つくづく、こいつにはキセキの世代と黒子のことしか頭にねぇんだな。
その十分の一でもいいから、オレのことを見てくれたら……。
オレのこと、見てくれよ。真ちゃん。
オレは、もうお前のこと、相棒だって思っているからさ。
みんなでわいわい騒ぐのもいいけど――緑間と差し向かいで酒飲むのもいいなぁ。勿論、大人になってからだけど。
「あ、あのね、真ちゃん。センパイ達もう帰っちゃったから」
「そうか……」
緑間が利き手である左手で眼鏡のブリッジを直す。左手の指には爪を保護する為のテーピングが。
こいつは人事を尽くしていると思う。変な奴だけど、おは朝占いなんかを本気で信じている男だけど――。そんなところが可愛い……。
それに、いつでも一生懸命だ。
「真ちゃん!」
「なっ、どうしたのだよ、高尾! 急に大声出して!」
「勝とうな、今度は!」
「――当たり前なのだよ」
そう言った緑間の目は、少し優しくなっていたのは気のせいかな。
だって、いつもキツイ目してるもん、真ちゃんて。美人だからそれも似合うけど。
オレが勝たせてやる! オレが真ちゃんを勝たせてやる、だから――。
心の底からオレを相棒と認めてくれると嬉しいな。
「一人では――勝てる試合も勝てないものなのだな」
「はぁ? 何当たり前なこと言ってんだよ」
だけど、真ちゃんはいつも一人で戦ってたんだ。
「真ちゃん……」
傘を持つ手が少ししびれてきた。真ちゃんが傘をひょいと取り上げた。
「あれ……え?」
「こういう時は、背の高い方が持つのだよ」
「あ――ありがと」
なんだ。いいとこあんじゃん。
「えへへ……」
「何だよ。高尾。気味が悪い」
「だって、真ちゃんの優しいところ、オレしか知らないだろ?」
「そんなことはないのだよ」
「何? 他にも真ちゃんのいいとこ知ってるヤツ、いるの?」
「う……」
「いねーだろー。わーい、真ちゃんのデレ見ーっけ」
「どうしていないと決めつける」
「だって、真ちゃん友達いないだろー」
だって、こんな我儘な男にねぇ……。天才だし、顔もいいからモテるけど。でも、真ちゃん絶対自覚なしだろーなー。ま、オレも教えてやんないけど。これ以上ライバルが増えてたまるか!
「友達などいなくたって生きていけるだろ」
「そうかねぇ、いればいろいろと役に立つよ?」
「お前みたいにか」
「……真ちゃん……」
もしかして、真ちゃんはオレのこと、役に立つヤツと認めてくれているんだろうか。友達だって、認めてくれているんだろうか。
でも、オレは――。
「オレは、本当に真ちゃんの相棒になりたいのだよ」
緑間の口調がうつった。
「本当の相棒か……。だったら、もっと努力するのだよ」
無碍に断ることをせず、緑間は言った。努力すれば、真ちゃんは認めてくれる。オレのこと、嫌いってわけでもないんだろうし。
「わかってますって。エース様」
「オレも――がんばるから」
「おう。一緒にがんばろうな」
オレは、ふふっと笑った。そして、緑間に寄り掛かった。
「真ちゃん。傘小さいから――しばらくこのままでいい?」
「――仕方ないのだよ」
真ちゃんは嫌がらなかった。オレはちらっと緑間の顔を盗み見る。いつもポーカーフェイスの男だから表情は読めなかったけど、何となく口元が緩んでいるのは気のせいかな。気のせいじゃなかったらいいな。
真ちゃんを愛しく思う気持ちがまた強くなった。できればいつまでも、コイツと一緒にいたい。
――この日、オレの緑間に対する嫉妬が愛に変わった。
後書き
こうして、彼らはラブラブになっていくのでしょうね。
これと同じような話書いたような気もするんだけど……黒バス小説の部屋の『雨はあがる』だったかな。
読んでくださった方、ありがとうございます。
2014.8.11
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